第96話 ▼闘技大会-ラックvs.-

 闘技場中央ステージ左サイド――


「小国の御当地イベントかと思ってたけど、結構盛り上がるもんなんだねー」


 そんな言葉を誰にでもなく一人口にする。

 一段とその激しさをます戦闘の中、闘技大会の出場者達をラックは一人倒した参加者の背に腰を降ろしながらのほほんと観察していた。


 出場者の面々は実に多彩で個性豊か。

 鍛え上げられた肉体を誇る筋骨隆々な男達は勿論の事、その中には女性の姿や一見すると男か女か分からない個性的で中性的な者、果ては老人の姿まで散見される。

『地域活性化の為に盛り上がるイベントを皆んなでやろうよ!』的なこじんまりとした御当地イベントを想像していたラックだったが、この闘技大会は実に面白いメンツが揃っていた。そんな個性溢れる出場者達をのほほんと眺め、我関せずを決め込んでいたラックの背後に巨大な気配が黒い影を落とす。


「おい、小僧」


 突然、頭上から声が降って来た。

 その声にラックは振り返って自身の頭上を見上げてみる。

 およそ3メートル弱はあるだろうか。鋼のような肉体にして堂々たるその風態。軽く進撃し始めそうな巨大な男がラックの背後に立っていた。


 エントリーナンバー45番。トーマス・スケアカード。

 剛勇なる猛将。規格外な巨体を持つ彼は優勝経験のある剣闘士である。


「小僧だなんて酷いなぁ」


 自身を見下ろして来る顰めっ面をしたスケアカードに対し、ラックは笑顔を崩さず切り返す。


「ここはお前のようなチビなガキが遊びに来る所じゃない。怪我をしたくなかったら俺の目の前から今すぐ消えろ」

「うわぁー身体もでかい上に態度まででかいんだなぁ。しかも初対面で人の事をチビでガキ呼ばわりするなんて。そんなんじゃ嫌われちゃうよ、おっさん」


 尚も笑顔を崩さずそう返したラックに対し、スケアカードはフンと鼻を鳴らした。


「生意気な小僧がヘラヘラしおって。どうやら少々痛い目をみねば分からんようだな」


 言ってスケアカードはその巨体に似合う巨大な剣を手に構える。


「フンッ!」


 スケアカードは巨大な剣を豪快に振り下ろした。

 その勢いは凄まじく、衝撃は堅い地面をも砕く程。

 付近で熱い死闘を繰り広げていた他の出場者数名が巻き上がった衝撃波に呑まれて吹っ飛んでいった。だがしかし、その中にラックの姿はなかった。


「豪快だなぁ。まるでサイクロプスみたいだ」


 スケアカードの一撃をひらりと交わしたラックは地面へとめり込んだ巨大な剣をコンコンと叩く。ラックは破壊力抜群のその攻撃に純粋に感心し素直な感想を述べたつもりだった。しかし、ラックのその言葉と行為をスケアカードは自身に対する侮辱と捉える。


「このガキがっ!!」


 スケアカードは今一度巨大な剣を振り上げた。

 だが、それはまたしてもラックにひらりと交わされてしまう。

 頭に血が上り始めたスケアカードは怒涛の勢いで連続して斬撃を繰り出した。

 けれども、何度斬撃を繰り出そうともその一発たりともラックには全くかすりもしない。


「くっ……ちょこまかとっ」

「でっかいわりには結構なスピードがあるね。その点で言えばまるでワーウルフみたいだな」


 自身へと向かって放たれ続ける凄まじい突きを目の当たりにして、ラックは素直な感想を口にする。


「生意気なクソチビがっ!!」


 スケアカードは渾身の一撃を振るった。

 その刃先は完全にラックを捉えていた……筈だったのだが。


(居ない……っ!?)


 しかし、その先にラックの姿はない。


「がさつな性格してそうだけど、意外と狙い自体はかなり正確だよね」


 すぐ近くから声がした。


「あんたのような図体のデカい奴は的が大きくて狙い易いんだよね」


 いつの間にかラックはスケアカードの背後を取っていた。

 一体いつの間にそこに?そう思ったが、スケアカードはすぐさま生意気にも背後を取ったラックを振り払おうと堅く拳を握り締める。


「おっと、それはやめておいた方がいいよ」


 だが、それはラックによって制止された。


「今の俺の位置からならあんたが俺を振り払う前に確実に急所を仕留められる。おかしな事は考えない方が懸命だと思うよ」

「くっ……」


 ラックの手にはしっかりと短剣が握られており、その矛先は急所である喉元へと向けられていた。まだあどけなさの残る笑顔とは裏腹に男の構えにはまるで隙がない。ハッタリではない。もし指の一本でも動かしでもすれば、この男は確実に自身の喉を狙って来る。


「貴様……っ卑怯だぞっ」


 スケアカードは苦虫を噛み潰したような顔で言った。

 しかし、そんなスケアカードの言葉に対しラックはきょとんとして首を傾げる。


「卑怯?一体何が卑怯な訳?遊びじゃないって言った自分の言葉を忘れたの?」

「……っ」


 両者は膠着状態となった。

 どう出るべきか。スケアカードは必死に突破口を探そうとした。

 そんな中、笑顔のまま黙していたラックが静かに口火を切る。


「確かにあんたの攻撃は威力もあるしスピードもある。けど、接近戦に置いてはいえば、はっきり言ってその長い剣は向かないと思うよ」

「なに?」

「まあ、俺が師匠達に叩き込まれたのは対人用の戦闘じゃなかったけど……それでも、接近戦に置いては大剣なんかよりもよっぽどこっちの方が使い勝手がいい――特にあんたのような“人間を狩る”時にはね」


 思わず耳を疑った。この男は今なんと言った?

 “人間を狩る”――?


「とはいえ、今はこんなに大勢の観客に見られてるしあんまり派手にはやりたくない。何より今日ハルが見てるからね。ハルに嫌われるのは嫌だから今日はこのくらいで勘弁してあげるよ」

「このっ言わせておけばぬけぬけと……っ」

「一般的には死ぬよりも無様を晒してでも生きてた方がいいんでしょ?」

「黙れこのガキがっ!!」


 その言動に完全に頭に血が上ったスケアカードはラック制止を顧みず、自身の腕を大きく振るった。


「この俺様をコケにしおってっ!もはやタダでは済まさんぞ!!」


 しかし、やはりそこにラックの姿はなかった。

 どこへ行った?とスケアカードは視線を巡らせその姿を探す。


「こっちだよ」


 またしてもすぐ近くから声が響いた。そちらに視線を向ければスケアカードから僅かに距離を取ったラックが涼しい顔をこちらに向けていた。


「言ったでしょ?今日はあんまり派手にはやりたくないって」


 ラックの姿を捉えたスケアカードは自身の剣を掴み取り、それを豪快に振り上げ襲い掛かる。


「この大会は殺しはNGなんでしょ?自分の命が惜しいならほんと大人しくしててよね」


 そう口にしたラックは再び手にした短刀をスケアカードのその喉元へと向ける。


「じゃないとほんとに――あんたがタダじゃ済まないよ?」


 スケアカードへと向けられたラックの顔。その表情は無論、笑顔。しかし、称えられたその笑みには深い闇が濃く暗い影を落としていた。


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