第71話 反撃

 呼吸は荒く、肩で息をする。

 ジェーナイトの炎が目の前へと迫った瞬間、レイズが私の身体を引き寄せた。そしてそのまま、私とレイズはジェーナイトから距離を取り隣の部屋へと移動した。


「も、もうダメかと思った……」


 私は冷たい床に両手をつき、ぜーはーと乱れた呼吸をなんとかかんとか整える。レイズがあのまま、私ごと身を引いてくれなければ本当にやられていたところだった。

 傷付いた身体を引きずり、同じように呼吸を整えるレイズ。背を向けた彼の表情は見えないが、相当な無理をしているように思えた。そんなレイズがくるりとこちらを振り返る。


「バカかっお前はっ!!」


 レイズはキッと目を吊り上げ、物凄い剣幕で私を怒鳴りつけた。


「何やってんだっ!?死ぬ気なのかっ!?」

「だ、だって……っ」

「そもそもあんな銃があいつに効く訳がねぇだろうがっ!!」

「そ、そんな事言われても……っ」

「だいたい無謀過ぎるだよ!!ちょっとは後先考えて行動しろよこの阿保がっ!!」


 そこからレイズのお説教タイムが始まった。


 ……て。あれ?ちょっと待って。なんかおかしくない?

 なんで庇った筈なのに私が怒られてるの?


「そもそも戦えもしないくせになんであいつの前に出た!?」


 ねぇ、ちょっとあの、レイズさん?


「どうかしてるだろっちゃんと考えて行動しろよ!!」


 ねぇ、ちょっと……


「だいたいあの時、なんで一人で逃げなかったんだ!?俺を置いてさっさと逃げれば良かっただろうが!!」


 ……ちょっと。


「というかそもそも、なんでお前までこんな所までついて来るんだよっ!!?」


 ……ちょっとは。


「そもそもこれはお前らには関係ない事だろうが!!なんで首を突っ込もうとするんだ!?」


 人の話しをっ――――聞けってっ!!


『関係ない』その一言に、私の中の何かがキレた。


「――関係……なくなんてないでしょっ!!」


 こっちは捕まるわ殺されそうになるわで散々な目に遭ってるっていうのに関係ないって!?こんなの誰がどう考えたって――――関係大有りだろうがっ!!!!


「そもそもあれは一体なんなの!?どうしてあの大佐にフレイが使えてる訳!?」

「そんな事俺がしる……っ」

「あれはレイズの物なんでしょ!?おかしいじゃんかっ!?」

「それは……っ」


 一度開いた口はもはや止まらなかった。今までの不満を全てぶちまけるかのように私の口はあれよあれよと勝手に言葉を吐き出していく。


「だいたい、広範囲であんなごっつい鎧を動かせて、それプラス、フレイも使えるなんてどう考えたっておかしいじゃん!?一体何なのあのおっさん!?チートにも程があるでしょっ反則過ぎるでしょっ!!??」


 だいたい私だってこんな危ない所まで好きでついて来た訳じゃない。

 というか、好きでこの世界に来た訳じゃない。

 突然放り込まれて訳が分からないまま、ただただいつも巻き込まれて死に掛けて……というか、そんな死亡フラグが絶えず立つ原因だってそもそも私以外にある訳で。

 もしもこの世界に神様とかがいるのだとしたら神様は一体何を考えてんの!?

 よくある魔王を倒して世界を救う屈強な勇者様とかをご希望なら人選ミスも甚だしいわっ!!本当にもう、どいつもこいつもこの世界の人間はマジで……


「私の花の大学生活を一体なんだと思ってる訳っっ!!??」

「一体何のはな……」


 何の話だと尋ねようとしたレイズを遮り、私はビシッとレイズを指差す。

 引き攣った顔のレイズの肩がビクリと跳ね上がった。


「いいから早く、あんな奴なんかぶっ飛ばして、あいつらからフレイを取り返してっっ!!」

「だから今やろうと必死に……」

「嘘だ」

「なっ……」


 私の言葉にレイズは言葉を詰まらせた。

 レイズからは明らかな動揺が見てとれ、圧倒的な力を前に敵わないという諦めがどこかにあって。それが闘志を鈍らせていて。足を引っ張っているように私には見えたから。


「……レイズにとってフレイは大切なお父さんの形見じゃなかったの?」


 私はそう静かに告げる。


「それなのになに?普段はあんな自信たっぷりにフレイを振り回してるくせに、自分よりフレイを上手く扱える人間が現れた途端、はいどうぞってそれを簡単に渡しちゃう訳?」


 しかし、一度は引いたかに思えた感情は再び徐々に湧き上がって。


「フレイはレイズの物だって、確かにそう言ったじゃんか。それなのになんなの。一体、いつまでそうやって――いじけてるつもりなのっ!!!?」



 ***



「………」


 私とレイズの間に沈黙が流れる。

 生まれてこのかた、誰かに対してこんな風に怒鳴った事など一度もなかった。けれども、一度開いた口は止まらず、吐いた言葉は支離滅裂。全てを吐き切ってしまった気がした。


 フレイの事も大佐の事も今この現状も。これはレイズ自身の問題だってそんな事は勿論、重々分かってる。

 けれども例え、それが自分の事ではないとはいえ、こんな現実に負ける事が。大罪人のレッテルを貼られ、俯くレイズのその姿を見る事が。

 なんだかとても――悔しかったから。


「よく言った、ハル」


 いつの間にかアレンが傍にいた。アレンはレイズの元へとゆっくりと歩み寄る。


「またしけた面してんな。ロイが見たら泣くぞ?」

「…………」


 そんなアレンの言動にいつもなら喰ってかかる筈のレイズだが今は深く俯いたまま。


「前にも言っただろ?力だとか属性だとか血筋だなんて、そんな物は関係無いって」


 アレンは俯いたままのレイズを見据え、そして力強くこう続ける。

「奪われたなら奪い返せばいい」と。


「今更迷う必要なんてないだろ。お前はもう軍人でもなければ、この国の人間でもない。俺について来た時点でお前は俺達と同じ――」


「海賊なんだからな」


 アレンは言った。

 いつものように自信満々に。いつものようにドヤ顔で。

 それはとても真っ直ぐで、そしてとても力強く。それはなんとも、実に彼らしい言葉だった。



 ***



「……あの白い盾、もう一度出せるか?」

「え?」


 視線を落としていたレイズがゆっくりとその顔を上げた。

 その表情は先程とはまるで別人のようで。その目は真っ直ぐに私を見詰め、真剣に問い掛けて来る。彼の持つ碧い瞳に再び光が宿ったように見えた。


「いや、あの、えっと……っ」


 その真っ直ぐなレイズの問いに先程まで偉そうな事を言っていた私だったが、思わず面喰らってしまう。


「さっきのはその、実は自分でもどうやって出したのか正直あんまりよく分かってないというかなんていうか……」

「ああ、問題無い」

「……て、えぇ!?」


 しかし、しどろもどろに答えた私を遮って何故かアレンがそれに頷く。

 思わずすっとんきょうな声を出した私に対し、アレンはそれを手渡した。


「これはホープ・ブルー……」


 アレンから手渡されたホープ・ブルー。その中心には白く揺れる光が宿っている。


「さっきの盾と同じ、ホープ・ブルーはまだその光を失っていない」


 そう言ってアレンはいつものように自信満々に笑う。


「だから大丈夫。必ず出来る」


 なんという無茶振り。なんという無責任極まりないその言葉。

 けれどもそれは何故だかとても心強く、萎えた心を奮い立たせた。

 手の中にあるホープ・ブルーをグッと握り締める。

 アレンのその言葉を、私は信じた。



 ***



 揺らめく炎に照らされて黒い影が朧げに踊る。

 かつて、“世界を焼き尽くす”と例えられし業火は絢爛たる玉座を燃やし、その威厳は灰と化す。

 玉座を彩る炎華はかくも美しく。全てを飲み込み、焼き尽くすようで。

 謳われた英雄さえも凌駕するその力に、得も言われぬ悦びを覚え、その身は歓喜に打ち震える。


 ようやく手に入れた強大な力。『劫火の剣・フレイ』

 なんと素晴らしき力。

 あれ程、切望した。あれ程、焦がれた力が今まさにこの手の中にある。


「自分の力にうっとりって感じか?」


 不意に声が降りかかった。

 視線を向ければ、そこには目障りな男がにやけづらで立っていた。


「生きていたか。しぶとい奴だ」

「生憎、アンタにくれてやれる程、安いもんは持ち合わせていないんでね」


 冷ややかな視線を向けるジェーナイトに対し、アレンは肩を竦めてみせる。


「偉大なる英雄気取りの大佐殿。もうそろそろやめにしないか?アンタの下手な目論見なんてどうせ今回もハズレておじゃんだよ。ここらでそろそろ幕引きにしたらどうだ?」

「減らず口を。負け犬の遠吠えにしか聞こえんよ」


 言ったアレンをジェーナイトは一笑した。


「確かにうちのは負け犬だな」


 嘲笑うジェーナイトにそう言って。


「だが、うちのはなにぶん気性が荒くてな。そいつのもんに手を出そうものなら出した腕ごと噛みちぎられるぞ」


 アレンは笑った。


「海賊風情がっほざけッ!!」


 ジェーナイトは大きくフレイを振り払った。

 放たれた炎は宙を割いて、生み出された熱刃が一直線にアレンへと迫る。

 いつもなら戦闘になればすぐに逃げ出し後方へと下がるアレン。

 しかし、アレンはその場を動かなかった。

 迫り来る刃に晒されながも余裕の表情でそれを待ち構える。


 お願い、もう一度。もう一度出てっ。


 私はアレンの前へと飛び出した。

 宙を切り裂き、凄まじい熱気を孕んだ赤い刃が目前へと迫って来る。

 グッと両足に力を込めて、手の中あるホープ・ブルーを前へと翳す。


 魔法だとか呪文だとか詠唱だとか。

 そんな言葉を並べられて、いくら説明されたって。そんなもの、はっきり言って解らない。――だけど。

 そんな事、この際もう関係ない。

 自分を信じて。ホープ・ブルーを信じて。

 怖気付く自身を振り払い、祈りと期待とを大いに込めて。

 私は大声で呪文とも呼べないそれを叫ぶ。


「盾ぇええっっ!!!!」


 瞬間。ホープ・ブルーに宿った光が強く溢れ出した。

 私の思いに応えるようにホープ・ブルーは再びその白い盾を出現させた。

 白い光を帯びて輝く盾は熱刃をせき止め、炎は周囲へと散開する。


「たかだか、防ぐだけの盾が何になるっ!!」


 ジェーナイトは再びフレイを振りかぶり、先程と同じやや低めに剣を構えた。

 轟々と燃える炎が剣を取り巻き、赤く強い光を発する。続く第二波を放とうとした。その瞬間――


「うぉらぁあっ!!」


 ジェーナイトの背後へと回り込んでいたレイズが一気にその間合いへと飛び込んだ。


「何っ!?」


 地面を蹴って一気にその距離を詰める。レイズはフレイへと手を伸ばした。

 あと少し。あとほんの少し。その距離僅か数センチ。

 指先が僅かにフレイに触れた。レイズのその手は――


「小癪なツ!!」


 咄嗟に身を翻したジェーナイト。

 伸ばした腕は僅かに届かず。


「虫ケラどもがッ消え失せろッ!!」


 今度は盾を出す暇さえなかった。視界が一瞬にして赤に染まる。

 燃えがる炎は熱風を孕み全方周囲を襲う。ジェーナイト自身を中心にしてその業火は辺り一面を薙ぎ払った。



 ***



 業火の海に沈んだ玉座の間。全方周囲を薙ぎ払った炎が消えた。

 そこに残ったのは、無残にも焼き払われ床に転がった残骸だけ。

 もはや立っている者は誰1人としていなかった。

 静寂が辺りを支配する。その中心では赤黒く大きな影が揺れた。


「無様だな、ローゼル。かつての劫火の英雄とは大違いだ」


 ジェーナイトは嘲笑った。

 その言葉に私と同様、床へと伏したレイズからは何の反応もない。


「所詮、この剣はお前のような海賊風情に扱える代物ではないという事だ」


 勝ち誇ったようなその言葉。

 アレンが囮を買って出たフレイ奪還作戦もその圧倒的な力を前に最後は無残にも打ち砕かれた。

 全身が痛く酷く重く。指先を動かす事すら酷く困難に思える程で。もはや立ち上がる力さえ微塵も残ってはいない。疲労と消耗で意識が朦朧とし、冷んやりと冷たい床に落ちていきそうになる。


 このまま、こんなところで終わるのか……


 暗い闇に飲まれるように、意識が途切れてしまいそうになった。


「……海賊風情、か」


 全ての音が遠退いていく中、その言葉が耳に届く。

 床へと倒れたアレンがゆっくりとその口を開いた。


「俺はお堅い軍人なんかよりよっぽどそっちの方が向いてると思うんだがな」


 まあそれはそれとして。


「帝国軍の大佐様だかなんだか知らないがな、アンタが見下す海賊風情にだって誇りはある。そうだろ?」


「レイズ」とアレンは床へと伏したレイズへと呼びかける。


「お前がどう思ってるかは知らないがな、いい加減――」


「顔を上げろ」



 ***



「いい加減、顔を上げろ」


 アレンはレイズへとそう呼び掛けた。

 その声に僅かに残った力を使って、私はアレンの方へと視線を向ける。


「古の伝承も時を経て形を変え、今やありがちな伝説へと書き換えられた」


 床へと倒れたまま、アレンは淡々と言葉を続ける。


「その伝説が一体何を持って持ち主と、その者を“正しき者”と見なすのか。はっきり言って俺にはさっぱり解らない。……だが一つ、はっきりと言える事があるとすならば、その剣は結局、酷く曖昧で不明瞭なそんな基準の上でその持ち主を選んでるって事だ」


 つまり、それは。言ってしまえば。


「つまりは結局、このおっさんがフレイを持つのに相応しい理由なんて、結局のところどこにもねぇんだよ」


 床へと無様に倒れたまま、アレンははっきりとそう言い切った。

 そして、更にこう続ける。


「けどもし、そんな不確かな基準の上でも、お前よりこのおっさんの方がフレイを持つのに相応しいってんなら――」


 もし、フレイがこんな奴を持ち主だと選ぶのならば――


「笑っちまうけどな」


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