番外編1 シベリアのウドン粉料理5

「適正価格、だいじかも。その人の技術や、技能に敬意を払う気持ちがあれば、滅茶苦茶な給与体系や、使い捨てみたいな働き方をさせたりしないはずだもの」

「そうなんですけど、その適正っていうのが、判断する人によって違ってくると、問題が起るんですよね」

「確かにね。理想と現実の乖離がはなはだしいのが、図書館業界ってこと」

「残念ながら」


 貝原沙羅は、ため息をついた。


「私は、公務員として勤務してて、そこからの出向なので、安定はしてるんです。こんなこと、現場では申しわけなくて言えないんですけど、就職活動の時は図書館にはエントリーしなかったんです。司書の資格はとってたんです。でも、募集してる所がほとんどなくて。それで、役所勤務をしながら、ボランティアで本のことに関われたらくらいに思ってて。そうしたら運よく図書館部署に配属されて、司書の資格を持ってたんで、かなりしっかり関わらせてもらえることになって」

「そうだったんだ」

「はい、そうだったんです」

「図書館の司書の正規雇用って、ほんとに少ないよね」

「もう、どこを見ても、数えるほどなんですよぉ」


 胸に溜めていたことを話して解放できたからか、貝原沙羅の口調が以前に戻った。

 学生時代は、むずがゆいようなじれったいような気がしていたが、くつろいだ気分が伝わってきて、今はそれも悪くなかった。


「同じ職場で同じ職種で同じように働いているのに、受け取れるものが違うのって、何かにつけて気をつかうよね、お互いに」

「そう、そうなんです、お互いに、なんです」


 彼女は、肩をすくめて、グラスに注がれたレモン風味の水を口に含んだ。


「それでですね、先輩、きいてください」


 それから彼女は、堰を切ったように話し出した。


 図書館の運営方法や司書の勤務形態が問題になっているのは、webニュース等で目にして知っていた。

 同じ所で働くのに業務形態が違うというのでは、それはスムーズにはいかないだろう。

 よほど有能な采配をふるえる上司がいない限り。


 もちろん、公立図書館で雇用条件がきっちりしていて、市区町村の直接雇用であれば、正規、常勤、非常勤、パートタイム、アルバイト、多様な働き方はむしろ働く側からも望まれる場合もあるだろう。

 けれど、そこに指定管理会社や業務委託会社などが入ると、身動きがとれなくなりがちなのだ。


 システムとして整備され調えられていればいいのかもしれないが、それでも、何かをするのに直接雇用先にではなく会社にきいて会社から雇用先にいってもどってを繰り返すというのは、とうてい合理的とは言いがたい。

 時間の無駄だ。

 さらに、現場責任者の権限が請負会社によってまちまちだと、それも混乱を招く。

 現場の細かなそうした問題の積み重なりが、ストレスを呼ぶ。


 単純なことを複雑にすることで、やる気を削ぐようにしているようにしか思えない。

 そうするのは、責任の所在の曖昧さのためだというのが透けてみえるのも腹立たしい。


「あ、すみません、こんな話、愚痴ですね、先輩、息抜きに来たのに」

「そんなことない。こんなにたくさん話したのって、初めてだよね」


 むしろ、うれしかった。

 後輩の意外な面をみたような気がして。

 ふわふわと、楽しいことだけを摘まんでやっているのかと思っていたら、そうでもなく、思いの外熱心に取り組んでいるのがわかって。








 

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