第64話 トーシンの石斬り娘(2)

「ナーダさん、いかがでしたか?」


 ゼフィリア領の島屋敷。

 夕食後の大浴場。


 わたしは修練場と同じ面積の大きな浴槽に浸かり、わさわさした髪の毛を後頭部でまとめ上げました。


『味には驚いたわ。今まで食べた中であれが一番よ。あれこそ至高、そう断言出来るほどにね。包みを開けた時は、何の冗談かと思ったけど』

「うっ、す、すみません……」


 わたしの左肩の辺りに浮かぶ、通信用の音飛び石。ナーダさんの声が少し反響しているので、あちらもお風呂中なのかもしれません。


 話題はヌイちゃんがナーダさんに渡したものについて。


 わたしがトーシンのヤカさまにお願いしたことはみっつ。ひとつ目は葛のような植物探し、ふたつ目がこの干物作り。


 シオノーおばあさんもそうでしたが、この世界の人は食材を加工することにまだ慣れていないのです。干物の見た目に忌避感を覚えても仕方ありません。もうちょっと詳しく説明しておくんでした……。


『作れるかと言われたら作れるけど、アーティナで根付きはしないでしょうね。残念だわ……』

「やはり干す工程でしょうか」

『ええ』


 わたしたちこの世界の人間に保存食は必要ありません。本来天候に左右されるはずの漁が筋肉によって強行され、常に安定した漁獲量が得られるからです。


 それに、この世界の人はすんごい食べるのです。生魚ボリボリ星人だった頃は獲ってすぐ食べるのが基本。食糧を保管、保存する場所を用意しないのが当たり前。


 保管するにあたり必要な陸の面積を逆算すると、ゼフィリアでは到底踏み切れなかったのですね。主食は無理でも調味料を保存するだけなら少ない面積で済むのでは、というのが当初からのわたしの方針なのです。


「初めて食べた時はうちも驚いたわあ。魚の味がぎゅーっと詰まっとってなあ。お母ちゃんなんかあれがないともう生きていけん体になってもうて」


 わたしの左隣。ヌイちゃんが緩みきった表情でお湯に浸かっています。湯船に入る時は体の紋様は落とすのだそうで、今はまっさら白いお肌。


 魚は干すことにより、うまあじ成分の濃度が増加します。頭の中の記憶では保存食として作られていたものでしたが、流通技術などの進歩によりその需要は嗜好品へと変わって行ったようです。


 トーシンの人はお酒好きと聞いたのでオススメしてみたのですが、気に入ってくれたようで安心しました。あの人たちならば陸の面積と上手に折り合いを付け、お酒のおつまみとして普及させてくれるでしょう。


 洗い場ではイーリアレがテーゼちゃんのストレッチを手伝っています。ディラさんシシーさんが言うには、テーゼちゃんは肉の扱いが雑らしく、変な癖が付く前にきちんと手入れをしなければならないとのこと。


「しかし、廃れさせるにはちょっと勿体ないですね。そうそう、アーティナの人は海老の方が好きかもしれません」

『海老? あ、ちょっと待って』


 わたしが別の案を出すと、音飛び石からナーダさんの声が遠ざかり、


『行かせてください、殿下! これは学問なのです!』

『ルーデ、朝まで我慢できないの!? どうしてもと言うなら男に頼みなさい!』


 どうやら辛抱たまらんなお姉さんたちが夜の海に出ようとしてしまったようです。


 わたしは左腕にぱしゃりとお湯をかけ、浴槽の縁に頭を預けました。


 視界に広がるのは満天の星空。ゼフィリアは風込め石で雨を防げるため、大浴場に天井を設けなかったのです。つまりは超大きな露天風呂。ナノ先生の思い付きはとてもすてきです。


 騒ぎが沈静化したのか、再びナーダさんの声が近くなり、


『ごめんなさい、もう大丈夫よ。干したきのこの方だけど、あの成分はあの種類のものからしか抽出出来ないのかしら?』

「分かりません。それこそ男性に調べてもらう他ないと思います」


 トーシンにお願いしたみっつ目のもの、それは椎茸探し。やはりトーシンにはあったのです。


 椎茸はうまあじ成分が大量に含まれている食べ物で、味の基盤になり得る食材。味の幅を広げるには、素材を増やす他ありません。そのための依頼でした。


『出汁も見事だったわ。深みのある味という感覚が初めて分かったような気がするの。物凄い長い間、舌の上に余韻が残るのよ。でも、悔しいわ。あれと組み合わせて何かを作れと言われても、何も思い付かないの。私達アーティナの人間はトーシンほど食への適正が無いのかもしれないわ……』


 音飛び石から聞こえる、めずらしく弱気なナーダさんの発言。


「技術としてそれを認める目を養うことは重要ですが、喧嘩と同じように、お料理の腕で自尊心が満たされるようになっては困ると思うのです。お食事はあくまで習慣、そこに上も下もありません」

『難しいわね。羨ましいものは羨ましいと思ってしまうもの』

「風土や生活によってその様式は変わるものです。一度馴染めば時間と共に洗練されていくものであると、私は考えます」

『逆に、いい加減なものになる可能性は?』


 ナーダさんが言っているのは、わたしたち人間という生き物に付きまとう非常に厄介な問題。その名も「めんどくさい」問題。


 しなくて済むものならばしない方がいい。根付かせるならばこの世界の人間にとってインスタントでなければ意味が無いのです。


「難しいですね……」

「メイちゃん、眉間にしわ寄ってんで」


 ヌイちゃんにつんと眉間をつつかれ、わたしは預けていた頭を起こしました。ヌイちゃんは額に張り付いていた前髪を上げ、ふわっと笑って、


「メイちゃん、うちのお父ちゃんに言うたこと忘れてんで? ナーダ姉様もあれや、もっと肩の力抜いた方がええわ。食事は習慣、せやったら手の届く範囲でやってくのが一番ええねん。アーティナの生活はどないやった? 楽しいこと思い出して、もの掴むんはそれからや」

『楽しかった思い出、そうね……』


 大浴場を包む、ほんの少しの静寂。


『浜辺を歩くのが好きだったの……』


 緑色の石から聞こえる、ナーダさんの呟くような言葉。


『お母様が忙しい人だから、小さい頃、私の面倒を見てくれたのはお父様だった。私はよく砂浜に散歩に行こうとせがんで、お父様と一緒に出掛けたの。昼は眠いはずなのに、お父様は嫌な顔ひとつせず、私と一緒に歩いてくれたわ。お父様は石に彫る紋様を考えるのが好きで、貝殻を拾って参考にしてた。自然に勝る作家はいないと言って、笑ってたわ……』


 それはナーダさんのとてもすてきな思い出。ですが、わたしはちょっと気になったことがあり、


「あの、ナーダさんのお父様も泥まみれだったのでしょうか?」

『いいえ、お父様は大講堂で寝ていたの。木や花は好きだったけど、土の上では寝ない人だった』

「なるほど……」


 そのお返事にほっとしました。ナーダさんのきれいな思い出に文字通り泥を塗るようなことにならなくてよかったです。ぐっじょぶ、ぐっじょぶですナーダさんのお父さま。


『貝はおいしいわよね。骨無しだから、味を知ったのは最近だけど。殻をそのまま器にして食べるの、私気に入ってるのよ』


 確かに、大きなホタテのような貝にどでんとバターを乗せて殻ごと焼き、醤を一滴垂らせば色々タイヘンなことになります。


 わたしは溢れそうになったヨダレを我慢しながら、


「酸味のある果汁を少し絞ると最の高ですよね!」

『それはまだ試してないわね』

「ナーダさん、貝も魚と同じで、干すととてもおいしくなるのです。そのままでも充分おいしいですが、炙ると更にいい感じになりますよ」

『ありがとう、メイ。明日早速試してみることにするわ。あ、ちょっと待って』


 明るくなったナーダさんの声に安心し、ヌイちゃんとわたしは二人揃って夜空を見上げました。


 雲ひとつない星空の下。

 夜風が運ぶ、潮の香り。


 洗い場ではイーリアレに教えられ、テーゼちゃんがマッサージの練習を始めています。


 音飛び石の向こう、ナーダさんが叫ぶような声で、


『ルーデ! だから明日になさいと言ってるかしら!?』







「むほーっ! トーシンの女子と喧嘩ば出来るなんち! アガっとー!」

「よかったですね、テーゼちゃん」


 翌朝、ゼフィリアの領の島屋敷。

 その裏庭こと修練場。


 白い石畳の上、テーゼちゃんが朝からテンション爆上げ状態ではしゃいでいます。


 そのお相手を探し島屋敷を振り返ると、ヌイちゃんがふわりと着物をなびかせ、縁側から石畳に舞い降りました。比喩でも何でもなく、確かに宙を踏んだのです。


 ヌイちゃんはわたしの視線に気付いたのか、はんなりと笑い、それから右手に纏った風込め石をくるりと回し、


「トーシンの風踏みや」


 おそらく、わたしやお母さまの風に似た技なのでしょう。ゼフィリアは意匠だけでなく石作りの技術もトーシンに近いのかもしれません。


 わたしがふむふむしていると、ヌイちゃんはその場ではらりと着物を脱いでしまいました。ヌイちゃんは八歳とは思えないほど色っぽい流し目で、


「着物に埃が付いてまうやろ」


 ヌイちゃんの白い肌に気込め石で描かれたトーシンの紋様。肩からお腹にかけて描かれているのは木の枝と木の葉。背中には小さな鳥の羽。腕には雲と刃物。


 頭の中の記憶にもヘナタトゥーといった人の体に紋様を描く文化があったように思いますが、この世界の人がそういうものを体に施すと、より野生的に見えるから不思議です。


 ヌイちゃんは黒紡ぎを風に包み宙に固定。裸足で石畳を踏み、テーゼちゃんに向かい、


「ほなやろか」


 見極め役のわたしは石畳に正座し、お二人の喧嘩を見学です。


 テーゼちゃんは陽岩で、ヌイちゃんは無手で。小さな雲がぽつんぽつんと浮かぶ青空を飛び回って喧嘩しています。


 しかし、講義棟前広場で見学していた時も思ったのですが、この世界の人は何故こんなにお空を飛びたがるのでしょうか。イマイチよく分かりません。ていうか見上げ過ぎてちょっと首が痛くなってきました。


 結果は三本先取。ヌイちゃんの全勝。


 石畳に着地し、お二人はわたしのもとに帰還。テーゼちゃんはわたしの時と違い、ぐったりうなだれ、


「うう、負けてしもうたばい……」

「島ん外の人との喧嘩は色んな気付きがあって、ほんま勉強になりますわ」


 固定していた風を解き、ヌイちゃんは黒紡ぎに袖を通しました。こちらこそ勉強になります。


 わたしがお二人の石の使い方に感心していると、


「フッ、気付きのある勉強とな?」

「フェ、フェンツァイさん?! こんにちわ!」

「フッ、こんにちわ。そう、アイサツは大事」


 突如背後に現れたフェンツァイさん。筋肉。「何故こちらに?!」とわたしが驚き立ち上がると、


「フッ、尋常ならざるかわゆさ大噴火の気配に急ぎ駆けつけた次第」


 なるほど、ヌイちゃんとテーゼちゃんの空中戦を見かけたのでしょう。確かに、あんな高さでバチバチしてたら目立つのも当然です。


 フェンツァイさんはいつもの落ち着いた眼差しをヌイちゃんテーゼちゃんに向け、


「ほう、クルキナファソとトーシンの組み合わせとはめずらしい。しかも、こんなにきゃわゆい女の子とは……」


 それから、ハァハァじりじりお二人に近寄り、


「私はタイロンのフェンツァイ。勉強したければ、そう、私などとどうだろうか。気付きを得るにはやはり新たな刺激が必要。是非、是非とも親密になりたいものだ」

「そらまあ、タイロンさんがどーも。あんじょうよろしゅう」

「なんね、このお脳が沸いとるお姉様は?」

「ンンッ!?」


 超よそ行き笑顔を貼り付けたヌイちゃんとド正直に嫌がるテーゼちゃんのアイサツに、体を仰け反らせて情熱するフェンツァイさん。鼻血。


 すぐさま仰け反り状態から復帰したフェンツァイさんに、テーゼちゃんは胡乱な眼差しを向け、


「んー、微妙ばい。こんお姉様ばかなり強かと。そいじゃダメばい。ボクがダメんなれんと。ボクはメイちゃんみたいな超弱い娘にボコボコにされて見下されて足蹴にされてゴミクズみたいに弄ばれた挙句冷たい雨ん中捨てられてたかと」

「テ、テーゼちん、それもうちょっと詳しく……!」

「慣れ慣れしかお姉様ばい……」


 テーゼちゃんの意識の高いダメな子の主張に、フェンツァイさんが超絶喰い付きました。わたしとヌイちゃんはそんなお二人からススッと距離を取って、


「ご、ごめんなさい、ヌイちゃん。フェンツァイさんはちょっと、色々アレな方でして」

「やあ、うちは気にしとらんよ。そういうんは、ほら、個人の自由やしなあ」

「え、あ、そうですか」


 ヌイちゃんはだぼだぼの袂で口元を隠し、


「うちに関わらんかったら、何でもええねん」

「うぅわ、淡麗辛口」


 ヌイちゃんのスーパードライな態度に、わたしはちょっと不安になりました。


 フェンツァイさんは序列第三位タイロンの、ヌイちゃんは序列第四位トーシンの島主候補なのです。つまり島主になったら色々と連絡を取り合う関係になる訳で、これでタイロンとトーシンの仲が微妙なことになったらいけません。


 わたしは何とかフォローしようとして、むにゃむにゃ考え、


「あ、そうです! フェンツァイさんはとってもすてきな物語を書かれる方なのですよ!」

「フッ、私がすてきとな?」

「いえ、書の方だけです」

「フッ、もう一声……」


 欲望まみれな勘違いを全力でスルーし、わたしはフェンツァイさんの執筆した物語をいくつか紹介しました。すると、テーゼちゃんは赤紫色の瞳をきらきらさせて、


「ふおー! あれば書いたんフェンツァイお姉様だったと!? ボクも大好きばい!」

「フッ、もっと言って」


 やはり、ひきこもりで本の虫だったテーゼちゃんもフェンツァイさんの読者だったのです。本人はともかく、執筆された作品はどれも素晴らしいと思うので、これからもその存在をどんどんアピールしていきたいと思います。


「アッツアツでぬっちょんぬっちょんな新作も超よかったばい!」

「え、そっちも!?」


 髪だけでなくお脳までおピンクなテーゼちゃんの発言に、わたしは驚愕。同い年なのにもうそういうのに興味があるなんて、わたしも少し背伸びした方がいいのでしょうか……。


「フェンツァイお姉様。ボク、男同士のはあんま好かんち。女同士の方がよかばい。そういうんもっとなかと?」


 んんっ、何かテーゼちゃんがわたしに向かって精神的にズンズン来ているような気がするのですが、大丈夫なんでしょうかこれ。


 フェンツァイさんはいい感じに仕上がりつつあるテーゼちゃんに、感無量と言ったお顔で、


「何たる上昇志向、何たる欲しがりやさんよ。クルキナファソにこんな才媛がいたとは、私大興奮。確かに、タイロンの作品は大団円が多く、ダメダメ希望なテーゼちんにはやや物足りないかも知れん。山あり超深い谷ありで終息絶頂必至な物語はアーティナのものに多い。しかもその嗜好は情熱的でべらぼうな方角に偏っているので、望みのものが見付かるだろう。しっとりした雰囲気に浸るならディーヴァラーナの作品が長時間楽しめ、夜も安心」


 テーゼちゃんの好みを聞き、作者と作品を丁寧に紹介するフェンツァイさん。こういうところは素直に尊敬できるお姉様なのです。


「フェンツァイお姉様! ディーヴァラーナのしっとりはいい感じになるまでの溜めば足らんち思うばい! もっとガッツン堕とされんとドッカンいかんばい! 絶望ばい! 絶望がボクを高めると!」

「ぐふぅッ!?」


 テーゼちゃんのキマりきった発言にフェツァイさんは倒れこむように鼻血。すんでのところで踏み止まり、気込め石で飛び散った情熱を分解し、


「危ないところであった。流石メイちゃんの友人、攻めた挑戦者よ。突然だが、私は孤独が恋しくなった。今日はこれで失礼させていただこう。あ、テーゼちん、これオススメね」


 フェンツァイさんは作品一覧をしたためた気込め石をテーゼちゃんに渡し、清々しい笑顔でお辞儀。それからシュパッと姿を消しました。筋肉。


「よかお姉様ばい。あとでホロデンシュタック領ば本探しにいかんと……」


 テーゼちゃんはフェンツァイさんの消えた空をうっとりしたお顔で仰ぎ、それからくるり振り返って、


「メイちゃん、次はメイちゃんと喧嘩したかと」

「ごめんなさい、テーゼちゃん。今日は講義の準備をせねばならないのです」

「うーん、仕方なかばい。メイちゃんばどんな研究しとうと?」


 そういえば、テーゼちゃんはわたしの研究内容を知らないのでした。わたしが説明をすると、テーゼちゃんはがっかりしたようなお顔になり、


「生活用の石作り? そんなん、出来る人がやればよかち」

「ううっ……。やっぱりそう思いますか……」


 わたしがショックを受けていると、ヌイちゃんがだぼだぼの袂をふりふりさせ、


「テーゼちゃん、そら違うわ。メイちゃんが歩いとるんは回り道に見える近道や」

「何ね?」


 首を傾げるテーゼちゃんを前に、ヌイちゃんはその場にちょこんと正座しました。わたしとテーゼちゃんが倣って腰を下ろすと、


「人が死ねば技術は廃れる。出来る人がおらんくなったら、出来ん人がそうなるしかない。うちらはみんな順番待ちの列に並んどるようなもんや、いつかはその先頭に立たなあかんねん。そん時になっても困らんよう、メイちゃんはみんなに呼びかけとんねや」

「ヌイちゃんの言うこつば、難しか。ボクは目の前のことしか興味ばいかんけん」

「難しいことやあらへんよ。テーゼちゃん、砂込め石欲しい言う人がおったらあげるやろ?」

「人によるばい」


 スパッと言い切るテーゼちゃんに、ヌイちゃんは袂をふりふりさせ、


「そん人が自分の身を自分で賄えるようになったら、ほら、テーゼちゃんの手が空くやんか。そしたらその分テーゼちゃんは自分のやりたいことに専念出来る」


 その丁寧な説き方に、テーゼちゃんは黙り込んでしまいました。頭のいい子なのです。多分、得心がいったのでしょう。


 テーゼちゃんは俯き、とても小さな声で、


「人の意識、その向きば変えるの、本当に難しかよ……」

「せやねえ、普通なら空飛ぶ技考えんのが当たり前やしなあ」

「普通……?」


 話の流れ的に何故そこで空を飛ぶ方法が出てくるのか、ちょっとよく分かりません。そこで、わたしは兼ねてからの疑問をヌイちゃんに尋ねてみることにしました。


「あの、ヌイちゃん? わたしはお母さまから空を飛ぶ石の作り方を人に教えてはいけない、と言われたことがあるのです。それなのに、何故みなさん空を飛ぼうとするのでしょう?」


 わたしの質問に、ヌイちゃんテーゼちゃんはお顔を見合わせ、


「なるほど、メイちゃんは知らんのやね。ゼフィリアはんの生き方は正しいわ。ゼフィリアにおった時、喧嘩に混ぜてもらはったんにゃけど、そりゃあ徹底しとるもんやった」

「ゼフィリアが、徹底……?」


 納得したようなヌイちゃんの様子に、更によく分からなくなったわたしは首を傾げます。


「ゼフィリアはそれでええ。それもひとつの在り方や。せやけど、うちらトーシンの女にゃ斬らにゃならんもんがあるんえ。それが最優先や」

「斬らなければならないもの……」

「そう、これでな」


 わたしが、「斬る」という不穏な言葉に眉をひそめていると、ヌイちゃんが両手を胸の前に揃え、ゆっくりと開き始めました。その手の間に生まれたのは頭の中の記憶にある、日本刀に近い形状の細長い刃物。


 薄緑色にきらめく、光の刃。


 おそらくは性質代入法。風込め石で作る風にはがね石の構成式を組み込んだのだと思います。気体として存在する鉱物。本来の自然からは生まれ得ない、石作りならではの超自然的現象。


 テーゼちゃんがその光の刀を見て、ほう、と感心したように、


「トーシンの無刃。初めて見たばい」


 はがね石はこの世界の人類の肉体に干渉できる唯一の石。なので、ヌイちゃんの作った刀は斬ろうと思えば人を斬ることが出来るものだと思います。


 ですがわたし個人の感想としては、これは必要のないもの。人同士の戦争の無いこの世界で、何故人を傷付ける石を作る必要があるのか。何故そんなものが最優先になってしまうのか。全く理解できないもの。


 小さな雲が浮かぶ青空の下。

 修練場に吹くアルカディメイアの海風。


「うちらが斬らにゃならんもの。そう……」


 ヌイちゃんはその漆黒の瞳に覚悟の光を宿しながら、


「翔屍体や」


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