第119話 兵士たちは街を守る
「すぐ敵は来るぞぉ!」「装甲兵たち、配置につけ!」「魔法士隊、迎撃用意だ!」
城壁の前では数々の怒号が飛んでいた。見れば、彼方に見える森林から、異形の群れが湧き出ている。遠見魔法で観察しただけでも、百は超える魔物の群れ。ぞろぞろと現れるそれらに対して、壁の外で布陣する兵士団の隊長たちが指揮を執っている。
全部隊、構えええぇぇ、と若干、
「話には聞いてたが、こいつが例の迎撃魔法陣か。ただの兵士でも、これだけ集まれば、極大魔法をぶっ放せるって理屈らしいな」
「そうです。ルーイッド様が大結界消失後の備えとして、訓練させていたものです。流石、ルーイッド様です」
「…………」
ふと漏らした感想で、隣にいたサユイカが色めき立って、肯定し始めたのを見て、クラダイゴは
「んで、真ん中にいる奴が、……あ? マッサルじゃねーか。あいつは魔力の細かい扱いが苦手だったんじゃないか? できるのか?」
「問題ないですね。親衛隊員は魔力をひたすら大量に流せばいいだけですので、着火できれば、あとは魔法陣のほうで上手くやってくれる仕組みです」
「なるほどな」
説明されている間に、陣形から出現した魔力砲が放たれて、接近していた魔物の群れを、まとめて消し炭にしていたようだった。まだ数十体は生き延びているが、あの程度の残党など、今の兵士団の脅威となることはない。
「つまり、俺たちは魔力を装填する係ってわけか。脳筋連中でも問題ねぇ設計なのは、実に便利なことだ」
「はい。でも、同じ脳筋でもクラダイゴさんは、絶対にやっちゃダメですからね。ルーイッド様から強化施術を受けてませんから」
「――誰が脳筋だ」
クラダイゴは年下の隊長の頭を軽く
大結界の一部が消失したことで、北側にあった街や都市は、新しい防衛体制を築きあげたが、あまり日が経っていなかった。そのため、上手く運用できているかの視察で、クラダイゴとサユイカの二人が、はるばる王都から来ていたのだった。
本来は隊長格であるサユイカ一人で行う仕事である。だが、兵士団の重鎮たちと話すということで、顔が利くクラダイゴも随伴している。
とはいえ、これで実戦の様子も見終えたことになり、残りは軽い聞き取りを行うくらいだった。しばらくは移動の日が続いたこともあり、やっと終われる、とサユイカが大きく胸を反らして背伸びをする。
「とりあえず、問題なく機能していて安心しました。あとは偉い人たちの要望を聞き流して、ここでの視察は終わりでいいでしょう」
「聞き流すとかは言うな、気持ちは分かるがな。……連中としては、あの魔人みたいな敵が現れたときに備えて、派遣する親衛隊員をもっと増やせ、ぐらいは言ってくるだろう」
「これ以上の派遣は無理ですから当然、お断りしますよ。大結界の破損の影響を受けた街は、レイガルランだけじゃありませんし、それに親衛隊は、ただでさえ人手不足ですから」
「まぁ、人員補充は坊主がいねぇと、どうにもならねぇからな。そこらへんは全然考えてねぇよな、あの坊主。便利屋のごとく、仕事を渡される身にも立ってほしいもんだ」
「ルーイッド様の無茶振りは、私たちへの信頼の証なので、文句は禁止です。あと、坊主呼びも失礼なので禁止です。……それにしても今、ルーイッド様たちは、どのようにしているのでしょうか」
レイガルランの先で広がる森の更なる奥で、高く
いくら倒しても湧き続ける魔物の群れ、まともな動植物も育たず、おまけに中央山脈のせいで、一度行けば帰ってくるのも簡単ではない。魔王出現前は栄えていた街々も、無情にも全てが滅びている。自分たちが旅をした時も、休息や補給で苦労させられたのを思い出す。だが……
「……あんま心配してやるな。あいつらなら、きっと大丈夫だろ」
ただの一介の剣士でしかなかった自分でさえ、なんとか生きて帰れたのだ。勇者と賢者の揃った、あいつらが無事でないわけがない。
絶対とは言えなくても自信を持って、クラダイゴには言い切れる。簡単にはくたばらない。あいつらは必ずやり遂げて戻ってこれる、と。
「……………………」
「聞いてんのか?」
反応が無さすぎて、クラダイゴは重く口を閉ざした。年下の隊長は小声でブツブツと呟くのみで、周りのことが目にも耳にも入ってきていない。こんな近くにいて無視する奴いるか? とイラつきを通り越して、呆れ果てるしかなかった。
「この視察が終われば、あの仕事はあの子に任せて……、あの案件はあの子に……、あとは全部………よし、これなら空けることができますね!」
「おい、何で一瞬、こっち見た?」
クラダイゴは内心、舌打ちをした。
「なにを空ける気だ? 自分の仕事を部下に押し付けて、坊主たちのところに行こうとするのは無しだからな?」
「いえいえ、隊長の私のほうが上司ですし、命令すれば皆さん、きちんと聞いてくれますよ」
「おい? それで一番割りを食うのは、この俺だろうが。そんなに行きたいなら止めねぇが、代わりに俺から一発は殴られてくれ」
「では、冗談ということにしておきます。副隊長に本気で殴られれば、私、確実に死んじゃう自信がありますので」
んなわけないだろと思うが、サユイカは負けましたと両手を上げて、降参のポーズをとる。クラダイゴも仕方ないので、殴るのはやめておいた。ただし、そもそも自分の口で、人が足りてない、と言っておきながら抜け駆けしようとしたので、軽く小突くするぐらいはしておいた。
「しかし、ルーイッド様たちへ、一度は援軍を送ったほうがいいと思ってるのは事実です。せめて物資の補給ぐらいは、どうにかしたいところなのですが」
「難しいな。隊員の命を散らせる可能性のほうが断然、高けぇだろうな。大量の荷物を抱えて、あのどでかい山脈は越えられねえよ」
「そういう話は聞いていましたが」
「他にも大陸の北側には、いくつか危険地帯がある。坊主たちが、どこで戦ってるかは知らんが、少なくとも、魔王の本拠地が安全地帯なわけねぇだろうよ」
(……実際、厳しいんだよなぁ)
かつて炎の勇者たちと旅をした身だからこそ、クラダイゴは、魔王の影響下にある大地の恐ろしさを知っている。炎の勇者と魔王の決戦は、その中でも特別、危険な地帯で行われていたので尚更だった。
ネツゲレロウス火山群。元々、旅人の間でも行かないほうが良いとされていた難所だが、魔王出現によって、ある種の要塞へと変貌を遂げていた。
(あの頃からは、だいぶ時が経っている。同じ場所を魔王が居城にしているとは限らない。だが……)
クラダイゴには、やはり同じ地で、あの灼熱の中で、魔王との戦いが繰り広げられるような気がしていた。
「あの、ちなみに、その危険地帯を越えるのと、クラダイゴさんが新兵に
「はあ?」
こいつはいったい何を言いたいんだ? あまりにも意味が分からない、突拍子もない質問を投げ掛けられたせいで、クラダイゴは気の抜けた声で、返事をしてしまっていた。
「よくよく考えてみれば、クラダイゴさんの非情で鬼のような訓練を、くぐり抜けてきた私たちなら、多少の難所くらい余裕で越えられると判断したのですが」
「バカか。確かに可能性は無くもねえが、やめといたほうが利口だぞ」
「いえ、そこをなんとか。あの特訓って、いっつも極悪すぎて、何人か死人が出るんじゃないかって噂されてたんですよ。あの
「おまえなぁ、さっきから人を鬼とか極悪とか言い過ぎだろ。ただの風評被害じゃねえか。 そもそも誰も死んでねえだろ」
「いえ、死人の出る出ないは関係ありません。これは親衛隊員、共通の認識です。不眠不休の地獄で、徹底して鍛え上げられた私たちにとって、鬼も悪魔もクラダイゴさんも大して差はありませんから」
(おいおいおい、マジかよ、おい……)
流石に、乾いた笑いが出た。なるほど、これは少しイメージ回復に努めたほうがいいかもしれない、とクラダイゴは思案する。それはそれとして、堪忍袋の緒はきっちり切れていた。
「そこまで懇願するなら、あの死地でも生き残れるように鍛え直してやってもいいぞ。だが、今度は
「やっぱり出ましたね、鬼宣言――痛い!」
余計な一言に対して、容赦ない手刀で返事をした。頭が割れそうだと座り込んだサユイカに、軟弱すぎるとクラダイゴは一笑する。
「今から多少、体を鍛えあげたところで、そう簡単には強くならねえよ。そもそもの話、勇者や賢者の集団に、ただの兵士が付いていけるとでも思っているのか?」
「純粋な剣技なら、ルーイッド様やバリエラ様に勝てる自信はあります」
「なるほど、それなら……って、当たり前だろが! あの二人の得意分野は補助だ。せめて、レイラくらい倒せるって大口叩けるようになってからにしろ」
「うぅ……」
なんとも言えない顔で、下唇を噛む彼女にクラダイゴは、ほくそ笑む。本物の勇者を引き合いに出されては、しつこい彼女も口を閉じる他ないようだった。
「でも、クラダイゴさん、ルーイッド様に剣術を教えてましたよね?」
「あれは最低限の技術だけだ。あの短期間に一流の剣士に育て上げるなんて、できるわけねえだろ」
「えっ、でも、ルーイッド様、わりと戦う気満々だったんですが……」
「なんだよなぁ……」
そもそも教わりに来た本人も、身を守るためでなく、前に出て戦うために学ぶ気満々であった。一応、剣の才能は無いと釘を刺したうえで訓練させ、万が一の保険としてエルジャーの剣まで与えてやったのだが、それが変な自信を助長させていないかと不安だった。
「あくまで、あの坊主の真価は、仲間を強化していく力だ。前で戦うことには、そもそも向いてねえ」
「ルーイッド様を否定するんですか!? 失礼なので禁止です!」
「じゃあ、なんて言えば納得するんだよ、てめえはよ!?」
それから後も二人の隊員の不毛なやりとりは続いた。視察任務は問題なく終了したが、クラダイゴは今後、
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