第119話 兵士たちは街を守る

 あかに染まっていない魔領外の青空の下、広い森林をのぞみながら、巨大な城壁に囲まれた都市が存在する。かつて、灰色の魔人との激戦の舞台になったレイガルラン。その戦いの爪痕は今でも色濃く残っており、壊された大地や森林は未だ元に戻っていない。


「すぐ敵は来るぞぉ!」「装甲兵たち、配置につけ!」「魔法士隊、迎撃用意だ!」


 城壁の前では数々の怒号が飛んでいた。見れば、彼方に見える森林から、異形の群れが湧き出ている。遠見魔法で観察しただけでも、百は超える魔物の群れ。ぞろぞろと現れるそれらに対して、壁の外で布陣する兵士団の隊長たちが指揮を執っている。


 全部隊、構えええぇぇ、と若干、間延まのびした号令が発された。陣形を組み終えた青制服の各員が、それぞれの剣や杖を掲げ出す。その陣形はよく見ると、魔法陣のように複雑な紋様もんようを描いていて、中心に白制服の兵士を立たせることで完成していた。


「話には聞いてたが、こいつが例の迎撃魔法陣か。ただの兵士でも、これだけ集まれば、極大魔法をぶっ放せるって理屈らしいな」


「そうです。ルーイッド様が大結界消失後の備えとして、訓練させていたものです。流石、ルーイッド様です」


「…………」


 ふと漏らした感想で、隣にいたサユイカが色めき立って、肯定し始めたのを見て、クラダイゴは溜息ためいきをついた。親衛隊の構成員たちは、創設者でもあるルーイッドに拾われている奴ばかりだからか、やたらと彼を尊敬ないし崇拝している奴が少なくない。だが、別にそうでもない人間クラダイゴからすると、過剰な持ち上げすぎにしか思えず辟易へきえきとする。


「んで、真ん中にいる奴が、……あ? マッサルじゃねーか。あいつは魔力の細かい扱いが苦手だったんじゃないか? できるのか?」


「問題ないですね。親衛隊員は魔力をひたすら大量に流せばいいだけですので、着火できれば、あとは魔法陣のほうで上手くやってくれる仕組みです」


「なるほどな」


 説明されている間に、陣形から出現した魔力砲が放たれて、接近していた魔物の群れを、まとめて消し炭にしていたようだった。まだ数十体は生き延びているが、あの程度の残党など、今の兵士団の脅威となることはない。


「つまり、俺たちは魔力を装填する係ってわけか。脳筋連中でも問題ねぇ設計なのは、実に便利なことだ」


「はい。でも、同じ脳筋でもクラダイゴさんは、絶対にやっちゃダメですからね。ルーイッド様から強化施術を受けてませんから」


「――誰が脳筋だ」


 クラダイゴは年下の隊長の頭を軽くはたき、隊長であるサユイカは、けらけらと笑った。


 大結界の一部が消失したことで、北側にあった街や都市は、新しい防衛体制を築きあげたが、あまり日が経っていなかった。そのため、上手く運用できているかの視察で、クラダイゴとサユイカの二人が、はるばる王都から来ていたのだった。


 本来は隊長格であるサユイカ一人で行う仕事である。だが、兵士団の重鎮たちと話すということで、顔が利くクラダイゴも随伴している。


 とはいえ、これで実戦の様子も見終えたことになり、残りは軽い聞き取りを行うくらいだった。しばらくは移動の日が続いたこともあり、やっと終われる、とサユイカが大きく胸を反らして背伸びをする。


「とりあえず、問題なく機能していて安心しました。あとは偉い人たちの要望を聞き流して、ここでの視察は終わりでいいでしょう」


「聞き流すとかは言うな、気持ちは分かるがな。……連中としては、あの魔人みたいな敵が現れたときに備えて、派遣する親衛隊員をもっと増やせ、ぐらいは言ってくるだろう」


「これ以上の派遣は無理ですから当然、お断りしますよ。大結界の破損の影響を受けた街は、レイガルランだけじゃありませんし、それに親衛隊は、ただでさえ人手不足ですから」


「まぁ、人員補充は坊主がいねぇと、どうにもならねぇからな。そこらへんは全然考えてねぇよな、あの坊主。便利屋のごとく、仕事を渡される身にも立ってほしいもんだ」


「ルーイッド様の無茶振りは、私たちへの信頼の証なので、文句は禁止です。あと、坊主呼びも失礼なので禁止です。……それにしても今、ルーイッド様たちは、どのようにしているのでしょうか」


 レイガルランの先で広がる森の更なる奥で、高く屹立きつりつする大山脈の姿を若い隊長は、じっと見ているようだった。それを越えた先に広がる過酷な世界のことを思い出し、クラダイゴは一瞬だけ顔を険しくさせる。


 いくら倒しても湧き続ける魔物の群れ、まともな動植物も育たず、おまけに中央山脈のせいで、一度行けば帰ってくるのも簡単ではない。魔王出現前は栄えていた街々も、無情にも全てが滅びている。自分たちが旅をした時も、休息や補給で苦労させられたのを思い出す。だが……


「……あんま心配してやるな。あいつらなら、きっと大丈夫だろ」


 ただの一介の剣士でしかなかった自分でさえ、なんとか生きて帰れたのだ。勇者と賢者の揃った、あいつらが無事でないわけがない。


 絶対とは言えなくても自信を持って、クラダイゴには言い切れる。簡単にはくたばらない。あいつらは必ずやり遂げて戻ってこれる、と。


「……………………」


「聞いてんのか?」


 反応が無さすぎて、クラダイゴは重く口を閉ざした。年下の隊長は小声でブツブツと呟くのみで、周りのことが目にも耳にも入ってきていない。こんな近くにいて無視する奴いるか? とイラつきを通り越して、呆れ果てるしかなかった。


「この視察が終われば、あの仕事はあの子に任せて……、あの案件はあの子に……、あとは全部………よし、これなら空けることができますね!」


「おい、何で一瞬、こっち見た?」


 クラダイゴは内心、舌打ちをした。


「なにを空ける気だ? 自分の仕事を部下に押し付けて、坊主たちのところに行こうとするのは無しだからな?」


「いえいえ、隊長の私のほうが上司ですし、命令すれば皆さん、きちんと聞いてくれますよ」


「おい? それで一番割りを食うのは、この俺だろうが。そんなに行きたいなら止めねぇが、代わりに俺から一発は殴られてくれ」


「では、冗談ということにしておきます。副隊長に本気で殴られれば、私、確実に死んじゃう自信がありますので」


 んなわけないだろと思うが、サユイカは負けましたと両手を上げて、降参のポーズをとる。クラダイゴも仕方ないので、殴るのはやめておいた。ただし、そもそも自分の口で、人が足りてない、と言っておきながら抜け駆けしようとしたので、軽く小突くするぐらいはしておいた。


「しかし、ルーイッド様たちへ、一度は援軍を送ったほうがいいと思ってるのは事実です。せめて物資の補給ぐらいは、どうにかしたいところなのですが」


「難しいな。隊員の命を散らせる可能性のほうが断然、高けぇだろうな。大量の荷物を抱えて、あのどでかい山脈は越えられねえよ」


「そういう話は聞いていましたが」


「他にも大陸の北側には、いくつか危険地帯がある。坊主たちが、どこで戦ってるかは知らんが、少なくとも、魔王の本拠地が安全地帯なわけねぇだろうよ」


(……実際、厳しいんだよなぁ)


 かつて炎の勇者たちと旅をした身だからこそ、クラダイゴは、魔王の影響下にある大地の恐ろしさを知っている。炎の勇者と魔王の決戦は、その中でも特別、危険な地帯で行われていたので尚更だった。


 ネツゲレロウス火山群。元々、旅人の間でも行かないほうが良いとされていた難所だが、魔王出現によって、ある種の要塞へと変貌を遂げていた。


(あの頃からは、だいぶ時が経っている。同じ場所を魔王が居城にしているとは限らない。だが……)


 クラダイゴには、やはり同じ地で、あの灼熱の中で、魔王との戦いが繰り広げられるような気がしていた。


「あの、ちなみに、その危険地帯を越えるのと、クラダイゴさんが新兵にいている特訓。どっちのほうが厳しいですか?」


「はあ?」


 こいつはいったい何を言いたいんだ? あまりにも意味が分からない、突拍子もない質問を投げ掛けられたせいで、クラダイゴは気の抜けた声で、返事をしてしまっていた。


「よくよく考えてみれば、クラダイゴさんの非情で鬼のような訓練を、くぐり抜けてきた私たちなら、多少の難所くらい余裕で越えられると判断したのですが」


「バカか。確かに可能性は無くもねえが、やめといたほうが利口だぞ」


「いえ、そこをなんとか。あの特訓って、いっつも極悪すぎて、何人か死人が出るんじゃないかって噂されてたんですよ。あのつらい修練の日々を乗り越えてきた私たちなら……っ!」


「おまえなぁ、さっきから人を鬼とか極悪とか言い過ぎだろ。ただの風評被害じゃねえか。 そもそも誰も死んでねえだろ」


「いえ、死人の出る出ないは関係ありません。これは親衛隊員、共通の認識です。不眠不休の地獄で、徹底して鍛え上げられた私たちにとって、鬼も悪魔もクラダイゴさんも大して差はありませんから」


(おいおいおい、マジかよ、おい……)


 流石に、乾いた笑いが出た。なるほど、これは少しイメージ回復に努めたほうがいいかもしれない、とクラダイゴは思案する。それはそれとして、堪忍袋の緒はきっちり切れていた。


「そこまで懇願するなら、あの死地でも生き残れるように鍛え直してやってもいいぞ。だが、今度は血反吐ちへどだけで済むと思うなよ。本気で死を覚悟するんだな」


「やっぱり出ましたね、鬼宣言――痛い!」


 余計な一言に対して、容赦ない手刀で返事をした。頭が割れそうだと座り込んだサユイカに、軟弱すぎるとクラダイゴは一笑する。


「今から多少、体を鍛えあげたところで、そう簡単には強くならねえよ。そもそもの話、勇者や賢者の集団に、ただの兵士が付いていけるとでも思っているのか?」


「純粋な剣技なら、ルーイッド様やバリエラ様に勝てる自信はあります」


「なるほど、それなら……って、当たり前だろが! あの二人の得意分野は補助だ。せめて、レイラくらい倒せるって大口叩けるようになってからにしろ」


「うぅ……」


 なんとも言えない顔で、下唇を噛む彼女にクラダイゴは、ほくそ笑む。本物の勇者を引き合いに出されては、しつこい彼女も口を閉じる他ないようだった。


「でも、クラダイゴさん、ルーイッド様に剣術を教えてましたよね?」


「あれは最低限の技術だけだ。あの短期間に一流の剣士に育て上げるなんて、できるわけねえだろ」


「えっ、でも、ルーイッド様、わりと戦う気満々だったんですが……」


「なんだよなぁ……」


 そもそも教わりに来た本人も、身を守るためでなく、前に出て戦うために学ぶ気満々であった。一応、剣の才能は無いと釘を刺したうえで訓練させ、万が一の保険としてエルジャーの剣まで与えてやったのだが、それが変な自信を助長させていないかと不安だった。


「あくまで、あの坊主の真価は、仲間を強化していく力だ。前で戦うことには、そもそも向いてねえ」


「ルーイッド様を否定するんですか!? 失礼なので禁止です!」


「じゃあ、なんて言えば納得するんだよ、てめえはよ!?」


 それから後も二人の隊員の不毛なやりとりは続いた。視察任務は問題なく終了したが、クラダイゴは今後、こいつバカ隊長の仕事だけには同行しないと誓うのであった。

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