第49話『窓ぎわのトッちゃん・1』
須之内写真館・49
『窓ぎわのトッちゃん・1』
直美は久しぶりに店番をしていた。
玄蔵祖父ちゃんと両親は町内会の温泉旅行に行っている。卒業シーズンも終わり、正直お茶を引いている状態だ。
――今日は、お客さんは無いだろうなあ――
ぼんやり思いながら、朝日の差し込むカウンターで、パソコンで遊んでいた。
「須之内直美」で検索してみた。二十件ほど出てくる。
先日の『護衛艦テロ事件』に関してのことが半分以上。あとは、学生時代に取った写真コンテストの入賞に関するカビの生えたような記録。受賞したときは天下をとったような気になり、何度も無機質な文章を読み返し、コピーして、友人達に一斉送信したことなどを懐かしく思い出した。もう今さら読み返す気にもならない。
思いついて3月5日で検索してみた。
パソコンとは偉いモノで、こんな気まぐれでも、ちゃんと答を出してくれる。
歴史上3月5日に起こったことが、歴史の資料集のようにズラーっと出てくる。今年の残りが301日であることが最初に出てきた。まず月日のたつのは早いモノだと、年寄りのようなことを思う。
「あ、ここ、いつもお祖父ちゃんが座ってるんだ」
なんだか年寄りが伝染りそうな気がしてスツールを替える。どこかでお祖父ちゃんがクシャミをしたような気がした。
スツールを替えて目に飛び込んできたのは、今日が『窓ぎわのトットちゃん』が発売された日であることだ。
「へえ、今日だったんだ」
直美は、いわさきちひろの挿絵と共にタマネギ頭の黒柳徹子を思い出した。一度だけ講演会を聞きに行ったことがある。『トットちゃん』にまつわる話が多かったが、講演後、黒柳徹子の舌を噛みそうな早口が伝染したのに閉口した。
で『窓ぎわのトットちゃん』で検索してみた。
間違えて『窓ぎわのトッっちゃん』と打ってしまった。
面白そうなので、そのままクリックした。
――『窓ぎわのトットっちゃん』ではありませんか――
とパソコンが生真面目に注意してくれる。
でも『窓ぎわのトッっちゃん』で、一件ヒットした。これも面白いのでクリック。
――明治公園霞岳広場に居ます――
とだけ、書いてあった。
東からの日差しが直美の好奇心を刺激した。
直美は、店を閉めると、愛車ナオに乗り、駅でナオを折りたたんで千駄ヶ谷の駅を目指した。
千駄ヶ谷で、ナオを30秒で組み立てると、明治公園霞岳広場を目指した。
電車の中では『トッちゃん』とは、オッサンのことだろうと思っていたが、ナオで走っているうちに、これは女の人であろうと思うようになった。根拠はない。ただの勘である。
でも、大当たりだった。
広場のベンチには何人かの人たちが座っていたが、一人の女性と目が会った。ナオをゆっくり寄せて聞くことにした。
その人は遠目には若く見えたが、近寄ると母とあまり変わらないだろうなあと思った。若作りしても分かってしまう。写真家のサガだろう。
「ひょっとして『窓ぎわのトッっちゃん』さんですか?」
「ハ、ハイ!」
トッちゃんは感に打たれたように頷いた……。
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