第9話【古写真の復元・2】

須之内写真館・9

【古写真の復元・2】        



 それは、旧日本軍の軍人が、人の首を切った瞬間を捉えた写真だった……。


「なに、この写真!?」


 おぞけを隠せない声で、直子は叫んでしまった。


「ごめんなさい。ちょっと注釈して見せるべきだったな」

「その注釈、今から聞かせてもらえる?」

「うん……それ、お客さんが見せてくれたってか、お客さん同士で話してるところを見ちゃって。で、今の直子さんみたく驚いたんです」

「なんで、こんなグロな写真……」

「それ、お客さんのひい婆ちゃんのものなんです。その首を切り落としている後ろ姿が旦那さんだそうで……」

「え……」

「で、そのお客さんにとってはひい祖父ちゃんにあたる人は戦後戦犯で死刑になったんだって」

「そりゃ、なるわね……」

「でも、ひい婆ちゃんは、それは旦那さんじゃないって。それを証明したいために、ずっと持ち続けていて、あと病院で一週間ほどの命なんです」


 杏奈は、この古写真を鮮明に復元して、お婆ちゃんに「ひい祖父ちゃんは無実だったよ」と伝えてあげられたらと、スマホに取り込んできたのだ。

 直子は、自分の手には負えないので、お祖父ちゃんに頼んだ。


「う~ん……この写真じゃ、なんとも言えないな」


 プロジェクターに大写しにした写真をみて、お祖父ちゃんは唸った。


「傷みがひどいわね」

「そりゃ、七十年以上昔の写真だからな。原版があれば、復元もできるんだが……」

「原版なら、これです」

 杏奈は、手札サイズのセピア色になった写真を取りだした。

「よし、復元してみよう。二日ほどくれるかい?」

「はい、できるだけ早くお願いします」

「そうね、ひい婆ちゃんに、いい答を言えるといいんだけど」

「わしの勘だが、これは、そのひい祖父ちゃんじゃないと思う」

「どうして、お祖父ちゃん?」

「写真の裏の字だよ。昭和十五年五月十五日……筆跡がな。それと写真全体からくる違和感だ……」


 直子のお祖父ちゃんは、一日半かかりっきりで、写真を修復した。洗浄やら、薬品処理やら、直子はデジタルではできない職人芸に舌をまいた。


「さあて、これからだ……」

 祖父ちゃんは、ほとんど徹夜だったが、いきいきと作業に没頭した。

「どう、お祖父ちゃん?」

「この写真は矛盾が多い」

「え、どんなとこ?」


 直子は鮮明になった写真を凝視したが、切られた首が血圧で吹き飛ぶところが鮮明すぎて、カラーでなくてよかったと思うばかりだった。


「日本軍の軍服は、昭和十三年に更新されとる。むろん更新直後なら新旧の軍服が混在しとるが、十五年なら、完全に十三年式になっている」

 直子には、祖父ちゃんが見せてくれた新旧の軍服の違いは言われなければ素人には分からないものであった。

「パソコンに取り込んで、デジタル処理してみる」

 直子は、直子のやり方でやってみた。後ろで見ていたお祖父ちゃんは、もう一つのパソコンでなにやらやっている。

「むつかしいことは出来んがな。友だち二人に鑑定を依頼した」

「お祖父ちゃん、この後ろに並んでいる兵隊、ちょっと違和感……」

 直子はデジタルで拡大した。

「これは……日本の軍服じゃない」


 やがて、祖父ちゃんの友だちからも答が返ってきた。


「やっぱりな」

「どうなの?」

「この筆跡は九十パーセント日本人の筆跡じゃない……そして、もう一つは、軍刀の使い方。姿勢から、剣道や居合い切りなどではない、力任せの切り方であることが分かるそうだ」


「あのひい婆ちゃん、喜んでいたそうです」


 杏奈が報告に来た。ひい婆ちゃんは、その数時間後に亡くなった。


 お祖父ちゃんと、その友だちは、その結果を新聞社に送った。S新聞だけが取り上げてくれたが、七十五年も昔の写真にまつわるエピソードに、関心を示す読者は少なかった……。


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