Eonian Gait

「S」

第一章 14歳の春、僕は君と走り出した――。

プロローグ 『誰がための物語』

「――うん、今回もよくできているよ」



 物静かな部屋で開かれた口から出た言葉は、案の定のもので、トントンという原稿を整える音が鳴り響く。



「――ありがとうございます」



 その言葉に対し、少し微笑みを浮かべながらお礼を口にするのだが、目の前にいる青年の顔を覗くと、考え込む姿があった。


「それにしても……いや、本当によくできている」


「そうですか?」


 再び開かれた口から零れた言葉は、先と同じものだったのだが、逆に違和感を覚える。


「ああ、何とも言い難い。一体、この面白さがどこからきているのか知りたいものだね」


 それはただの興味本位の質問で、自分でも答えがすぐに出たのだが、口にするのは何故かしらの詰まりがあった。


「たぶん、それは……彼女のおかげですかね」


 視線の先にある一枚の絵。

 それは彼女という逸材を指し示すには十分なもので、答えだった。


「ん?……あ~、君の相方だね。素性不明の謎のイラストレーター。女性だとは知ってたけど、まさか君と同い年だったとはね」


 何だか浸り気味に答えると、ふと年齢で思い出したのか、話題の矛先が転換される。


「そういえば、最近学校行ってる?」


「……行くだけ無駄ですよ」


 半目になり、気持ちが堕落するのを感じる。

 それはたぶん、今までにいろいろなことがありすぎたから。


「学生たるもの、本文は勉強でしょう?行かなきゃダメだよ」


「……」


「アイデア収集の一環だと思って、ね?」


 変な笑みを向けられ、仕方ないという意識と一理あるという共感により、いい機会なのかもしれないと思う。


「わかりました……というか、行けなかったのはほとんど、忙しかったせいですけどね」


「あははー……」


 そこに皮肉を混ぜれば、視線を逸らされるのだが、悪い気分ではなかった。


「……ま、いいですけど」



「それじゃ、ちゃんと学校行くんだよ?」


 玄関へと向かい、青年が靴を履き終えると、帰り際にもまた声を掛けられる。

 それは念押しのようなものだったので、現状への愚痴のように答えてあげた。


「また忙しくならないといいですけどね」


「それに関しては何も言えないんで、じゃ!」


 逃げるように飛び出していく青年。

 その勢いに気を取られ、


「……はい、お疲れさまでした」


 閉まる玄関に遅いあいさつだった。



 誰もいない、一人だけ取り残された、そんな静寂の部屋。

 ここは家ではなく、仕事場。



 ――だから、



「帰るか……」


 自分も帰ろうと、玄関を後にした。



 外へと出て、マンションという仕事場の駐輪場へ行き、自転車を手に、夜と化した空のもと、星を眺めながら帰る。それがいつもの日常だった。


 ただそこに映るのは、いくつもの星ではなく、いくつもの思い出。たった一人の彼女と描いた夢物語。


 帰路という短い道のりの中、遠い記憶のように、今までの思い出が流れるように、蘇る。


 だから、思い出すように浸るんだ。



 あの2年前の出来事を――。


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