クエスト 7:『真相』

 ――闘技場:《殺し合ム》。



「……」


 控室により待機し、何かを祈るように瞑想しているマサ。


 ふとした瞬間、空に打ち上げられるらいの音、観客席で賑わう歓声が暗がりの部屋に射し込んだ。



『――さぁ、やって参りました!《剣士の国:ミーン》最強ギルド《Creator's》・団長:《テイル》VSギルドランキング8位、ギルド《救世屋メサイヤ》・プレイヤーランキング2位・団長:《マサ》、2nd対人戦デュエルの始まりだ――――っ!』



「「「「「うおおおおおぉぉぉぉ!」」」」」


 何気に司会実況と観客がいることに微笑してしまうマサ。


 どこで情報が漏れたのやら。男の真剣勝負、ほんと見せ物じゃないというのに。


「……さぁて、行くか!」


 時刻は試合開始の午後4時を示し、覚悟を決めて立ち上がり、舞台へと足を運ぶ。

 一歩一歩踏み締めるように進んでいく廊下は、会場の光によって明るさを増していく。


 光が身を包んでいくそんな中で、思う事があるとすれば、今までを共にしてきたギルドメンバーとの思い出。


 数々の苦楽を共にしてきた最高の仲間たち。それを今取り戻しに行く。


 負けられない勝負の舞台へと踏み込んだ瞬間、熱狂とも言える歓声が辺りをより一層騒がしく掻き立てる。

 辺りを見渡せば、総勢1万人にも及ぶプレイヤーがこの勝負に注目していた。

 さらには、ネットを通し、一部のサイトでは配信されるほどのものと化している。



 ――ほんと、どういうことだよ……。



「どうしてこうなったんだか……」


 呆れ気味にも漏らすマサ。


 けれど口にしたことは、わかり切っていることだった。



 何故ならそれは、俺が――、



「――それはお前が弱かったからだ」



 一瞬の浸り。


 そんな中で意識に呼びかけるように影から一つの声がする。

 どこから聞こえたものなのか、わからないようで視線は自然と前へと向けている。


 そこには誰もいないはずなのに、向けた視線。

 翻弄するように、静かな時がこの場を包み込む。広がる静寂。



 ――だが、



 ひっそりと小さな風が頬を撫でる。

 一つの線を帯びるように、視線を向けた先に集まっていく。

 徐々に形を露にしていき、足元から一人の人物が姿を見せる。


「よぉ、マサ」


「……」


 悪戯っぽく、それでいて余裕の笑みを浮かべている目先の青年。

 それが強者の特権なのだから何も言えず、眉を上げてしまう。


「おいおい冷てぇな。反応無しかよ」


「……そうだな、悪い」


「……?」


 青年に疑問符を浮かべられ、微笑するマサ。

 脳裏にはこの1か月を共にしてきた奴の背中が過ぎっている。



 ――まるで、あいつみたいだな。



 目先の相手に対する静かな反応。

 それが似てきたせいなのか、そっくりすぎて笑ってしまった。



 全く、どちらが余裕ぶっているのか――。



「ところで、俺の相手は《剣士の国:ミーン》最強ギルド《Creator's》・団長:《テイル》と聞いていたんだが……何であんたがいる?」


 突如として飛び入りで現れた、紅い鎧に身を包んだ青年。

 マサと同様の兜無の鎧に、淡い紺色の髪をふわりと靡かせている。



 彼の名は――《HERO(ヒロ)》。



 プレイヤーランキング4位にして、ギルドランキングも4位の《Battler's》に所属する副団長。



 ――そして、



「あー、それな。上が急な用事が入ってダメになったらしい。あいつも会社員だからなー。こればっかりは仕方ないってことで、俺が呼び出された」


「最強ギルド《Creator's》と連盟を組んでいる《Battler's》の副団長がわざわざ?他にも人材はいただろうに」


「確かに、《Creator's》から他の奴を選択することもできた。相手への敬意と賭けているもの的にやめることは不可能なデュエルだしな。団長クラスの奴が代わりに相手をするっていうのが筋なんだが、それで候補に《テイル》の右腕兼内の団長である《バトラー》が挙がったんだが、そっちも都合で来れずでな。それじゃあ左腕の《ハーミット》は、ということになり、けれどもあの人自由気ままでな。行方が分からず……で、消去法で俺に回って来たってわけよ」


「Oh……」


「ま、手加減はしないから安心しろ」


「それは良かった。本気で来てもらわないと意味ないし、すぐ終わっちまったら興醒めだしな」


「言ったなー?」


「ああ、言ったよ?」


 喧嘩腰の挑発。だが二人とも微笑している。

 そんな中でヒロは、今大会の進行役に声を掛ける。


「実況司会!」


『は、はいっ?』


「タイトル変更だ」


『わ、わかりました』


 先ほどの会話を聞いていたのか、すぐさまタイトルが変更される。

 そのことに辺りはざわつき、気を取り直すようにしてタイトルコールする。



『それでは改めまして!《剣士の国:ミーン》最強ギルド《Creator's》の団長:《テイル》に代わり、連盟ギルド《Battler's》副団長HERO《ヒロ》VSギルド《救世屋メサイヤ》団長:《マサ》、2nd対人戦デュエルの始まりだ――――っ!』



「「「「「うおおおおおぉぉぉぉ!」」」」」


 相変わらずの熱狂。

 結局、戦う相手が代わろうとも、凄い奴に変わりはないと理解するマサ。


 睨み合い、微笑する二人。

 両者剣を抜き、デュエル開始までの3カウントが始まる。



 ――2、1、GO!



 そして、運命の戦いが幕を開けた――。



      ※



 ――同時刻、カフェテリア《grow》。



 闘技場近くにて設置されているここは、酒場同様のシステムがあり、女子に人気のオブジェクト。

 だが、そんな中で繰り広げられる二人の会話は、重苦しいものだった。


「記憶が無い、ねぇ……」


「……」



 イフの前にいる青年――《Blue《ブルー》-no《ノ》》。



 出会ってから数分、イフは記憶がなくなってからのことを話した。

 そこからわかったのは、目の前の彼がやはり《製作者ゲームマスター》の一人だということ。

 そして、メンバーで写っていた写真の一人でもあり、リアルでも男だということ。



 まぁ、この世界では性別をボイス機能と同様にリアルと変更できないため、あまり驚きでもないのだが――、



「知ってた」


「……っ!」


 今発言された言葉には、一番驚きを隠せなかった。


「『どうして』、みたいな顔してるな」


「……」


 未だに何を口にしていいのか、わからず沈黙するイフ。


 これが本当の自分だとでもいうように、弱く脆くて、現状の心境は複雑だった。

 そんなイフを見かねてか、ただそれを晴らそうと、ブルーノは一つの折り畳まれた紙を指し出す。


「……?」


「……」


 疑問符を浮かべるイフ。


 ブルーノへと視線を向ければ、何も言わずにカップへと口をつけている。黙然の合図。


 自然と手は紙へと触れて、何を恐れる必要があるのかと唾を呑み込めば、表示されるアイテムのテキストに目を疑った。


 そこにあったのは短い文体。ずっと探していた欠片の鍵。

 未来へ向けた過去の自分の言葉だった。



『とりあえず、おめでとう!たぶん俺のことだから相当な茨の道だったはずだ。作った側としてもそれは良くわかるし、体験する身としては大変だっただろうけど、よく頑張ったな俺!だが、まだ安心してはいけない。これはまだ序章に過ぎないのだから。これでまた、理想に近づけたことだろう。何分、他人行儀で自分勝手な俺だが、これを読んでいるのも結局は自分。はた迷惑だとは思うが、これからも頑張ってくれ。それではまたどこかで。目指せ、理想の頂!』



「なんだよ、これ……」


 手紙を読み終わり、一息入れるイフ。


 気づいたことがあるとすれば、口調により今と立場が逆という事実だった。

 それはまるで、こうなることがわかっていたかのような労い。とてもおかしな話。


 だからなのか、不思議と笑みが零れてしまう。


「だろ?俺も思った」


「そうなのか?」


「ああ。……結局、お前はお前なんだよ。何にも変わらない」


「……」


 浸り気味にも静かに呟くブルーノ。


 イフは再度、手紙へと視線を戻す。

 その最後の文章には、今まで見つからなかったメモのパスワードIDが記載されていた。


「長かったな……」


 これを探し、手に入れるまでにかかった時間。

 たった一つのものを探すのに、3年と1か月もの時を費やすなんて、思いもしなかった。


 全く、先が思いやられるというか、無駄に凝っているというか……。


「あー、まぁそれは自業自得だな」


「……?」


「だってお前、《創造主の権限》っての発動してるだろ」


「ああ」



 ――《創造主の権限》。



 それはこの世界ゲームの製作者に与えられている禁じ手。


 製作者だからという理由で、自分たちで作ったゲームをプレイできないというのはあまりにも残念。

 そのためこのゲームでは、平等を期すために《創造主の権限》というタブースキルが存在する。


 内容としては、身バレしないよう、システムによるステータスの保護を通常よりも強力な状態で発動し、他人に見られても問題がないように自動的に隠してくれたり、さらには、このゲーム特有の《ユニークモード》による作成時に働く枷や条件を一回り厳しく発動したりしてくれるという、いわゆる一種の縛りプレイのようなもの。よく言えば特権、悪く言えばチート。


 この権限により、製作者はこのゲームを監視できる上に、違反が起きればすぐに駆け付けられるセキュリティ的な存在でもある。



 ――のだが、



「そいつのせいで、お前の情報が一切こっちに渡って来ないから、お前を探すのに時間が掛かったんだよ」


「……?」


「そいつは他人に情報をばらさないためのスキルだが、その程度のスキルなら他に存在している。それとの違いとしては、《創造主の権限》はゲーム内システムのセキュリティ自体にも影響を及ぼすほどのもので、システムの主導権を一部握るわけだから、システム自体から関与されないんだ。自分がセキュリティになるみたいなもんだな。ようするに規模違う」


「なる、ほど?」


「……」


「ん?でも、おかしいぞ」


「何がだ」


「このスキルを解除したところで、俺の情報はどの道そうそう入ってこないんじゃないか?それに、解除してない俺をどうやって見つけたんだよ」


「あー、それはな……」


 カップを手に取り、舌を湿らせるブルーノ。


 静かな時が流れ、無音の空気にイフはゴクリと唾を呑み込む。強い真剣味。


 目をギラリと光らせ、ブルーノは口を開く。


「俺がこのゲームのセキュリティ管理やプログラムを担当してるからなんだよ」


「まじか……」


「ああ。本業はプログラマーなんだけどな。……他にもプロデューサーやらディレクターやら……」


「お、おう?」



 ――あれ?雲行きが怪しくなってきたぞ?



「いろいろとー、押し付けられたもんだよ……」


「た、大変でしたねー……」



 ――うん、きっと気のせいだ。ブルーノの後ろに負のオーラが見えるのは、それが誰に向いているかなんて……考えないでおこう。



 記憶が戻ったときの恐怖が少し怖さを増したイフだった。


「ゔ、ゔん。とにもかくにも、俺がお前を見つけることができたのは、お前に押し付けられた……じゃない、あいつに任されたセキュリティ文門総監督っていう地位のおかげかな。そいつのおかげで、システム内に表示されない秘密裡に存在するランク外の非表示アカウントを発見できた」


「なんか、すまん……」


「んまぁ気にすんな。悪いのは全部あいつだ」


「なぁ……」


「何だ?」


「このゲームって、四人でつくったんだよな?」


「ああ……まぁ、正確には違うけどな」


「さっき総監督って言ってたけど、それってどういう……」


「単純な話だよ。四人でこんな凝った大掛かりなゲーム、作れると思うか?」


「いや……」


「だろ?だから、俺の伝手(つて)を使って、スポンサーをあらゆる企業に依頼した」


「それって……」


 イフの脳内にふと、このゲームのパッケージイラストが思い出だされるように瞬時に蘇り、思考を働かせる。


 表面にあるゲームソフトのパッケージのデザイン。裏面に並ぶ大手ゲーム会社の名前の数々。

 そこにあったのはどれも、他のゲーム会社のソフトと何ら遜色がなかった。


 大手企業が作ったのなら当たり前のことだろう。

 だが真実として、作ったのは4人の天才。

 でも彼らの名前はそこには載せられていない。



 ということは――、



「じゃあ、あのパッケージにあった企業って全部……っ!」


「ああ、ただの飾りだな」


「あれ全部大手のゲーム会社だろ!?知らない人がいないほどの!?どうやって……」


「んー?ああ、それも簡単。俺たちが作ったゲームの利益を八割渡すからその顔を立ててくれないかっていうだけの話」


「……」


「プラス、俺たちの素性はばらさないで売ってくれって言っただけ。売ってもらう代わりに、条件として売れなかった場合、弁償はするっていう……」


「よく引き受けてくれたな……売れなかった時の事を考えなかったのか?」


「ああ」


「すげぇ自信だな……」


「自信じゃねぇよ。売れるっていう確信があったから申し出たに決まってんだろ?じゃなきゃあんな大博打するかよ」


「おお……」


「ま、伝手も無く申し出たのだとしたら、ガキの戯言として扱われて聞く耳すら持ってもらえなかっただろうけどな」


「普通そうだろ……というか、お前の伝手が凄すぎて怖い」


「いや、まぁでも企画の時点で売れない自信はなかったけどな」


「何故に」


「天才が四人も集まって売れないのだとしたら、逆にこの世界の感性を疑うな」


「おい、そこまで言うか」


「もっと問い詰めれば、天才っていうのにも語弊が生まれてくる」


「どういうことだ?」


「実際、四人とは言っているが、その中で飛び抜けていたのは……お前だ」


「……」


「企画の時点で売れない自信は無かったって言っただろ?」


「ああ」


「あの企画はな、お前が8歳の頃に考えてものらしい。本人が言ってた」


「嘘だろ……」


「ほんと」


「……」


「俺と他の二人が加わったのは、それから2年が過ぎた頃の話。シナリオ、原画、音響、プログラム。その四つを一人でこなすと何年掛かるかと考えたあいつが、俺たちに声を掛けたのさ。偶然か必然か、俺たちはお隣さんでご近所さんだったしな」


「え……」


「ん?知らなかったか?」


「知るかよそんなこと初耳だよどういうことだよ!」


「あー、前あいつ言ってたな――『大切なものは、いつもすぐ傍にある。それを見つけられないのは、当人の力不足か、それが当たり前になっているから。そういうものは失って初めて気づくんだ。その大切さと共にな』って。ドヤ顔で」


「うぜぇ……」


「だろ。痛々しいなお前」


「いや俺じゃねぇし」


「ま、それも含めてあいつの良いところだったけどな」


「……」


「今も大して変わんねぇけど」


「……でも、それが良いんだろ?」


「まぁな。……そんなこんなで、俺らが高1の頃、お前で言えば中2の頃にこのゲームは完成した。シナリオは主にお前、プログラムは俺で、残り二人が原画と音響だな。あでも、あいつはその四つのどれでもこなしてて、足りない部分を俺らが埋めたってだけだけどな。そんで、あとの残りの仕事は全部を主に俺に押し付けて……あいつは消えた」


「……」


「これがお前の知らない大まかな真相。どうだ?」


「いや、どうだと言われても……わかったのは俺が凄かったぐらいしか」


「凄いな。凄すぎる」


「……」


「までも、それもお前であってお前じゃない。他の三人だってそうさ。あいつに比べりゃ霞んじまう。原画はあらゆるイラスト投稿サイトのランカーってだけで、音響は絶対音感と全ての楽器をマスターして軽く賞を取れるぐらい。俺は三歳からパソコンに触れて、FBIの父とCIAの母親に世界的ハッカーとして育てられたってだけで……」


「こっわ何お前ら!?全然霞むどころか輝きすぎて世界が消えるわ!」


「だから言っただろ。あいつと比べりゃ霞んじまうって」


「それ逆(そっち)の意味かよ!」


「それ以外に何があるって言うんだよ」



 ――何だこれ!?全く持ってこんな奴らをどう束ねたんだよ俺は!?



「え、てことはつまり、まとめると……」


 イフはふと、システムに内装されている会話履歴を見ながら、順を追ってこの現状を再確認する。


「結局、俺を見つけるのに時間が掛かったのは、俺が《創造主の権限》を発動していたからで、そいつがシステム内で表示されない非表示アカウントだったため、良くも悪くも見つけることができたと」


「そうだ」


「そんで、このゲーム制作は四人作業だったが、主に俺一人で作った代物で、パッケージに並んでいる大手企業の名前は飾り」


「ああ」


「四人の才能は優れていて、全員ご近所さん」


「そうだな」


「……で、俺以外の三人って全員年上っと」


「何で知ってる」


「いやだって、さっきの会話で『俺らが高1の頃、お前で言えば中2の頃にこのゲームは完成した』ってあるからさ。てことは俺ら、先輩後輩ってことになる」


「なるほど」


「……ってところかなぁ。あ、そういえばさ」


「何だ」


「俺ご近所さんなのに、一回もみんなと鉢合わせてないんだけど……これってどういうことなんだ?」


「ああ、それはな。あらかじめ、お前の行動パターンは把握してたから、態々そうならないように試行錯誤してたってわけ」


「リアルで会ってれば、もっと早くこの問題は解決できたのでは?」


「だってお前、俺らと会うこと避けてただろ」


「……」


「だから、気を使ったんだよ。リアルで会うよりも、ゲーム内の方が気が楽でいいだろ」


「……なるほど」


 会話にも一区切りがつき、そっと会話履歴を閉じるイフ。

 するとブルーノは「さてと……」と言葉を漏らして立ち上がる。


 そのことにイフが疑問符を浮かべれば、ブルーノに「行くぞ」と首で合図される。

 わからないまま立ち上がれば、ブルーノの視線の矛先により納得がいった。


「さっさと行くぞ?お前の友達だろ?」


「ふふ……」


「……?」


 微笑するイフ。そのことに疑問符を浮かべるブルーノ。

 先ほどとは立場が逆転している。


 そのためイフも、納得をいかせるようにブルーノの間違いを訂正する。


「今のあいつは、ダチじゃなく弟子」


「ふっ」


 イフの言葉にブルーノは噴き出し、そして互いに微笑する。

 一歩一歩、目標のいる闘技場へと足を勧めながら、


「くだらんな」


「うっせ」


 ブルーノからの鋭いツッコミに不思議な懐かしさを覚えながら、少し眉を顰めたイフだった。


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