34

 次の日、起きた時には、太陽が真上にあった。


 廊下を静かに歩く足音や、戸が少しだけ開き覗かれていることに気付いてはいたが、尋常ではない睡魔から逃れられず……。昨日、チヌと交わした約束を思い出し、慌てて飛び起きた。


「チヌ、例のものは?」


 身支度を整えながら、怪しげに聞いてみる。


「用意してございます」


 チヌが、意味深に応える。

 使用人達には話が着いているようで、昼食を済ませると、私達2人を静かに送り出しくれた。


「あ〜、気持ちいいーっ」


 解放感と宮中を吹く風が、とてつもなく心地よい。


「さぁ、どこから参りましょうか?」


 庭園に出ると、チヌが半紙のような紙を広げ難しそうな表情を浮かべていた。その紙には、この宮殿の平面図が書かれているようだ。本殿、南殿の他に、東殿、西殿、離れなどがある。

 気になるのは、やはり、王妃つまりは第1夫人と第2夫人の住居だ。昨日、帰っていった方向を考えると、第2夫人の住居は西殿のような気がする。


「まず、西殿に行ってみようよ」


「かしこまりました。西殿は、ヘビン様の御寝所だと聞いております」


 やっぱり!


 半紙を片手に、チヌが忍び足で進んでいく。緊張と興奮で、なんだか胸がワクワクしてきた……。


 西殿が見えてきた。私の住居・南殿と似た造りだが、かなり古びている。


 勝った!


 なぜか、勝負に挑んでいる自分がいた。


「ずいぶん、古い感じだけど」


 建物を見上げながら、チヌにも同意を求めてみる。


「元々は、王妃の御寝所だったようです。南殿と離れは、国王直々の依頼で、新しく増築されたとか……」


 仕入れた情報を、事細かに説明してくれるチヌ。

 やっぱり、南殿は新築だったのか。なんだか、気分が上がる。


 西殿の敷地に足を踏み入れると、殺気立った空気が伝わってきた。衣装を持った使用人達が、あたふたと廊下を走りまわっている。


「この衣装は合わぬと申したはず!」


 声を荒げているのは、おそらくは第2夫人、あのド派手おばさんに違いない。


「何か御用でございますか?」


 傍に居た護衛が、声を掛けてきた。


「散策中です」


 チヌが、しらっと応える。

 そのやり取りが聞こえたのか、ヒステリックな声が響いていた部屋の戸が勢いよく開いた。


 まさか!


 その予感は、的中した。


「おや、むさ苦しいところに、何用でございましょう?」


 ド派手なおばさん、つまりは第2夫人の登場だ。嫌みたっぷりの笑顔で迎えている。


「あっ、ちょっと、西殿を……」


 第2夫人の住居が見たかっただけ! とそのまま伝えようとする……。すかさず、チヌが私の前に出た。


「大変良い陽気なので、宮殿内を散策しておりました」


 今日もド派手な第2夫人が、呆れたように空を見上げてから、鋭い目付きで私を睨みつけた。


「ホン家は、他人の屋敷に勝手に入っても良いという教育をしておるのか。護衛を増やさねばならぬな」


 うわっ、やっぱり、嫌な女……。


 言い返そうと前に出たが、再びチヌによって抑えられる。


「申し訳ございません。まだ不慣れなもので、ヘビン様の御寝所とは知らずに……」


 そう言って、チヌが深々と頭を下げている。


「もう良い!」


 鬱陶しそうに手を払い、第2夫人はピシャリと戸を閉めた。


「なんなの、あの態度! 更年期?」


 やはり、性格の悪さも元主任とよく似ている。


「別の場所に移動しましょう」


 慌てて歩き始めるチヌに、ふてくされながら付いていく……。

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