名探偵にあこがれて
リウノコ
第1話
4月下旬。入学式と始業式のごたごたが終わって、ここ、私立緑ヶ縁高等学校は、落ち着いた雰囲気を取り戻しつつあった。
私は授業終わりの静かなひとときを満喫するため、普段は生物準備室として使われているわが部室でコーヒーを飲んでいた。
南校舎の最上階であるこの教室からは、グラウンドはもちろん、道路を隔てた向こうに流れる川も、川に沿って咲いている緑色が混じった桜も、その向こうにある住宅街までもが一望できる。パイプ椅子に腰かけて、その風景と乳白色の空を眺めつつ、ブラックコーヒーをすするのが、ここ最近のマイブームだった。
そろそろ部活動が始まる時間だなあ、とグラウンドに目を移したところで、扉をたたく音がした。
後ろを振り返ると同時に、今が春だということに思い至る。
もしかして新入生? つまりは、入部希望者?
少しだけ首を伸ばして、どうぞ、と呼びかける。
すりガラスの向こうには黒い頭が見えた。身長は高め。影の形からしてたぶん男子生徒だ。
「失礼します」
重い引き戸を開けて入ってきたのは、思った通り、男子生徒だった。
学校指定の紺色のブレザーを着ていて、胸元には緑色の校章バッジが輝いている。これは学年ごとに色分けされていて、彼が1年生だとわかる。
やっぱり、と私は思う。
そのまま視線を上へずらす。
ひょろ長い身体の上には、幸薄そうな感じの顔が乗っていた。色の薄い肌にこぢんまりとした鼻や口が張り付いている。目は切れ長だけど、瞳には光がともっていない。髪の毛は薄い茶色で、目にかかる程度の長さに切られている。
絵に描いたような塩顔をまじまじと観察していると、突然、木魚をたたいたような音がした。
コツン、というその音をたどると、視線は彼の右手に行き着いた。
持っていたのは、杖だった。
「ここが探偵研究会の部室だと聞いてきたんですが」
後ろ手に教室の扉を閉めながら、今度は強く打ち付ける。木製の杖は板張りの床にぶつかって、カーンと響く。
「君は……堂瑠璃蓮君?」
私がそう言うと、彼はおや、というように眉をあげる。
「えっと、どこかで会ったことありました?」
――堂瑠璃蓮。
いつも杖をつきながら校内を歩き回っている変わり者。どこぞの推理小説に出てくる名探偵をもじったような名前をしていて、それに合わせたように杖をついて……。
うわさによると、彼は中二病らしい。
エラリー・クイーンの生み出した名探偵、『ドルリー・レーン』に憧れ、自分の名前に共通点を見いだし、なりきろうとしている変人なんだとか。まあ、過半数の人間は『ドルリー・レーン』自体を知らないから、ただの変人としか映らない。けど、それはそれで間違ってないはずだ。
中二病患者のほとんどは、自分の理想と、現実とのギャップに打ちひしがれて、高校に入るまでに、症状は改善しているものだ。経験がある私が言うんだから、間違いない。思春期に特有の病、中二病とはそういうもの。
彼は中学生時点で、この病にかかっていたという話だ。
――いや、誤解しないでほしいのは、名探偵面した中学生が、そこらへんを滅茶苦茶に引っかき回しているとか、いかにも名探偵らしいきざなセリフを恥ずかしげもなく叫んでいるとか……私が聞いたうわさはそういう類のじゃない。
堂瑠璃は、そんじょそこらの中二病じゃなかった。
中学時代、彼は本当に名探偵だったのである。
私が聞いたのは、それこそ、名探偵のように事件を華麗に解決したというものばかりだった。さすがに、警察が相手をするような大きな事件じゃなかったみたいだけど。
それを証明するみたいに、入試の成績は学年トップだったらしいし、入学式で壇上に上がって、やる気のなさそうな表情で、延々と口を動かしているのも見た。今と同じように杖をついて。
そんな彼を知らない人は、この学校にいない。
けど、本人様と会うのは、今回が初めてだ。
「いや、これがはじめましてだよ」
私はつぶやいて、コーヒーをすする。いい機会だし、世にも珍しい名探偵がどんなやつなのか、観察してみるのも面白い。
「それで? こんな校舎の隅っこに何か用が?」
彼は背筋をピンと伸ばして、杖上に両手を重ねていた。何度も手を組み直しながら、深呼吸を繰り返しているみたいだ。
10秒もしないうちに、彼は顔をあげた。
「この部に、入部したいと思いまして」
「わが部がどんなものか知っていて、言っているんだろうね?」
「活動目的は『探偵を研究すること』ですよね? 僕にふさわしいと思うんですが」
彼ははにかみつつ、背筋を伸ばす。ただでさえ細い目がさらに細くなる。
――まあ正直なところ、いつか来るんじゃないかと思ってた。
我が『探偵研究会』の活動目的は、校内で起こった事件や謎を解決し、探偵とはどういうものかを研究することである。
メンバーは4人。でも普通なら、この少人数では部活動として認めてもらえない。部活動の多さが特色の緑ヶ縁高校では、しかし、『部活として認められるには、特別な場合を除いて、最低でもメンバーが10人必要』というルールがあった。それ以下は正式な部活じゃなく、同好会という扱いになってしまう。部室は持てないし、生徒会から活動費もいただけない。
なら、どうして『探偵研究会』は正式な部活と認められ、こんな立派な部室まで与えられているのか……。
そこは、ご想像にお任せする。
――まあともかく、わが部は『探偵の真似事』を行っているわけで、名探偵を演じる堂瑠璃君にとっては、格好の標的だろうことは簡単に想像できた。
本来、彼の入部は望むところだ。こんなこと言うとどこぞの企業みたいだけど、即戦力はいつでも欲しい。所属しているメンバーがメンバーなので、みんな遠慮しているのか、入部希望者はめったにいない。常に人手不足。今も4人で回しているのが奇跡とも言える状態。
で、あるからして、私はこの時を待っていたと言っても過言じゃない。
けど、それだけじゃ面白くない。
ずっと手に持ったままだったコーヒーカップを置く。カチャリ、と音が鳴る。堂瑠璃君はちょっとだけ顔をしかめた。
「君には無理だ。成績はいいかもしれないけど、それとこれとは別問題だよ」
「もう入部届も書いてきたんですが」
私の冷たい言葉に動揺する様子もなく、ゆっくりとした動作で、ポケットからきれいに折りたたまれた紙を取り出して、左右に振った。パタパタと、紙が悲しげな音を立てる。対照的に、口元は笑みが張り付いている。
断られることは想定内だった?
――おかしいな。
だって、本当に自分に自信があって、名探偵を本気で気取ってるなら、入部を断られるなんて想定するかな。
「君は校内では有名人だ。それは自覚してるね?」
「当たり前です。僕のことは僕が一番よく知っています。もちろん、周りからの評価も理解しているつもりです」
淡々と言いながら、堂瑠璃君は手元で入部届を元のように折りたたみ、胸ポケットに戻す。
自慢というより、心の底から当然だと思っている感じだった。胸を張ることも、笑みを浮かべることもしなかった。
私は直感した。
彼はままごとの延長で探偵を演じてるんじゃない。
きっと何か、別の目的のために名探偵になろうとしている。
視線は、彼の杖に吸い寄せられていた。
装飾や模様がなく、傘を閉じた状態のまま木材で固めたような形。先端にゴムがはめられていたりとか、握りやすいようにグリップがついているといったこともない。シンプル・イズ・ザ・ベストの体現。手で持つところと先の部分だけ、わずかに表面が削られて白っぽくなっていた。
「――杖は持ってる割に、髪の毛は銀色じゃないのか」
思わずつぶやくと、堂瑠璃君は大げさに手を振った。
「とんでもないです。銀髪なんてしたら、先生に目を付けられるじゃないですか」
いや、今でも十分目をつけられてるから。
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