第16話 雷帝VSニンジャマスター


 俺は、魔王の間にいた。


 …いや、正しくはニンジャ屋敷の迎賓の間なのだけど、この薄暗い部屋の中央に天に向かって伸びるクソ高い巨大階段は、…『魔王の間』にしか見えねぇ。

 その頂上からは、魔王リョウマが俺を見下ろしていた。


 「よくここまで来たな」

 なんか、言う事も魔王っぽいぞ。


 「俺に命を狙われている身で」

 「そうだった‼」


 その顔に殺意は見つけられなかった。透き通るように澄んだ黄金色の瞳と、透き通るように澄んだ無心の表情。そして、透き通るように澄んだ白い肌。その全てには一切の濁りも淀みも存在しない。まるでその身に纏う純白の忍者服の様に。

 …100%、俺を殺す気なのにな。


 「安心しろ」

 その言葉と同時に、後ろで扉が開く。

 「…やはり、こちらにいらっしゃいましたねぇ‼ニンジャマスターさまぁ‼」

 「今は貴様の相手をしている暇はない」

 助か………ってなーーーーーーーーーーーーーい‼


 ノックもなしに、それも音高く扉を開けて入ってきた無作法者は、あの黒スーツの執事だった。両目を青く光らせて登場する様は、もうモンスターだな…

 …もはや慇懃無礼な態度は遥か遠い棚に置き忘れられて、僅かに残った体裁のあちこちからすらも憎しみにまみれ切った殺意が、隠しようもなくだだ漏れていた。その血走った青い目でリョウマを確認するや、執事は部屋の中へと飛び込んだ。


 「⁉」

 瞬間、四方八方から銃弾の雨が降り注ぐ。


 鳴り響く轟音は聴覚を完全に殺し、巻き上がる粉塵は視覚を完全に殺した。…ガトリング砲?そんな見た事もない兵器の名前が浮かぶ。それが奴をめがけて四方八方から途切れることなく撃たれ続けられる。

 …そんなに撃たなくても、もう肉片も残ってないと思う…それが自分に向けられてはいないと分かっていても、俺は怖くて距離を取り続…け…な、い、と?


 「…え?おい、ちょっと」


 何か、もしかして、いや、確実に…おいおいおい⁉俺の右側から扉を撃っていた一台の銃撃線が波打って外れていく…かと思いきや、こっちにきたぁぁあああああ‼


 頭を抱えて背後に飛んだ俺の頭の、ほんの僅か上をガトリング砲の銃撃がかすめていった。そして、そのまま俺の背後の壁を打ち続け…穴をあけるだけでは飽き足らず、その向こうの壁まで破壊しようと轟音を鳴らせ続けた。

 ようやく弾切れになったのか…カラカラという音を最後に、轟音は鳴り止んだ。恐る恐る振り返ると…すでに煙は晴れていた。


 そこでは〝真人〟が何事もなかったよーに立っていた。


 「これが『絶対防御』でございます」

 今の弾、全部〝偶然〟外れたのぉ⁉


 四つん這いになって頭を抱えた無様な俺を、青く光る瞳で満足そうに見降ろして余裕が生まれたのか、執事が胸に手を当てたいつもの姿勢で恭しく頭を下げた。

 その服のいたる所、銃弾がかすめて破けているものの、そこからは血の一滴も流れていない。勿論、服の破けていない所からも一滴の血も流れていない。全くの〝無傷〟だった。…あの、銃弾の雨の中にいたにもかかわらず、だ。

 

 「これが〝真人〟でございます」

 …ってか、額に銃弾が当たった痕跡が残ってるけどぉ⁉


 どうしてかといえば…〝偶然〟だ。〝偶然〟当たり所がよかった、〝偶然〟銃弾がそれた、〝偶然〟ガトリング砲が弾詰まりを起こし倒れた、…りしたのだった。


 まさに『絶対防御』か。


 「やはり、これでは死なないか」

 「俺は死にそうになったけどねぇ‼」

 余りに不自然すぎるその〝偶然〟にも、リョウマはさして興味なさそうだ。そして俺とは別に、執事もリョウマにツッコミたい事があるようだ。自分の代わりに、完全破壊された扉周りを一通り眺め、その遠くの先に重火器の残骸を見つける。


 「このおもてなし、私の来訪を予測されていたご様子ですが、生憎とアポイントメントもとっておりません。…まさか、わざと怒らせたのでしょうか?」

 「当たり前だ」

 遥か高い階段の上よりも、さらに見下してリョウマが吐き捨てる。


 「意味もなく貴様を傷つけて、俺に何の利益がある?」

 …こいつって、別にSじゃないんだよなぁ。〝ウソをついたら死ぬ〟ので、配慮とゆーコマンドがないだけで。今回も、ただこの状況を作る為に相手の怒りゲージを上げる『作業』を黙々とこなしていたにすぎない。


 「そこの仙人なら、ともかくな」

 だから俺、お前にそこまで恨まれるなんかしたっけぇ⁉


 「各個撃破こそ、戦術の基本だ」

 つまり、片方を怒らせて孤立させておびき寄せた方が、雷帝と剣帝〝真人〟二人相手に戦うより勝率が高いって事か。まぁ、理に適ってはいるな。


 「…っつか、剣帝サマもすぐに合流してくるんじゃね?」

 「安心しろ」

 しかし、リョウマは憎らしいほどに自信たっぷりだった。


 「キョウを足止めに出してある」

 「………」

 安心できねーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 いや、何、自信満々に言い切ってんすか、この人⁉あのちんちくりんが〝絶対防御〟を持つ〝真人〟の〝剣帝〟相手に何ができるっつーんすか⁉もしかして、あいつの攻撃って絶対防御を突破できたりすんの⁉そんな事ありあえないよねぇ‼


 「なるほど」

 ええ⁉納得したの⁉


 「…私一人ならば倒せると。そうおっしゃっているのでございますね?」

 ああ、やばい…執事の声のトーンが一つ落ちた。


 「仙人様さえいれば」

 俺を巻き込むなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼


 いや、どうやら奴らの〝絶対防御〟も所詮は人為なので、完全なる偶然…天為である仙人の攻撃の前には無効らしいから?そら、最初に殺そうとするのだけどさ…って、もはやすでに青い目で俺をロックオンして攻撃姿勢を取ってるしぃ‼


 「バカか?貴様は」

 そんな執事を、リョウマは心の底から見下していた。


 「ゴミの相手など、俺一人で十分だ」

 「………」

 あ…、キレたな、これ。


 一見、平静さを取り戻していたかに見えたけど、すぐに元のブチ切れ一歩手前状態に戻ってたし。感情の起伏が激しいのは、リョウマの煽り効果なのか、それともこいつの元々の資質なのか…あの慇懃無礼な仮面からすると、後者かもしれない。


 「…まさかとは思いますが、また、お嬢様を人質にとれば…などとはお考えではないでしょうね?あの後、この施設にお連れになったのでしょう?」

 「それを知ってる相手に、人質が成立すると思うほど俺はバカに見えるのか?」

 雷帝はうなずき、笑おうとして、…失敗した。


 「攻撃の当たらない相手に、どう勝利するおつもりですかねぇ⁉」 

 顔にも声にも態度にも、その全身に感情が爆発していた。…それも負の感情が。もはや、その感情は皮膚を越えて噴き出し、その感情は吐く息と同時に噴き出し、その感情は青い目から噴き出し…その感情のまま、リョウマへと駆け出した。

 「この〝雷帝〟を相手になぁ‼」


 その、雷帝の足元の床が開いた。


 ぱふぅぅぅん


 落ちた先で出迎えたのは、敷き詰められた白い粉。…小麦粉かなんかだろうか?それはクッションのように優しく執事を抱きとめてくれたのでノーダメージだ。

 その上を、何か映画に出てくる振り子の巨大鎌が数回通り過ぎた。


 「ふむ。やはり〝絶対に安全な方向〟に回避するようだな」


 粉をまき散らして、執事が剥き出しの感情で見上げた先では、リョウマが遥か高い玉座から立ち上がって、自分がしかけたその結果を無表情に見降ろしていた。その黄金色の片目と、青く光る両目とがぶつかった。


 「ふ…ざけるのもたいがいに」

 「ふざけているのは、貴様の顔だ」

 …白い粉で真っ白っすよ?


 気づいて、顔をかきむしる勢いで執事は白い粉を払いのけようとする。…しかし、結果は逆に顔を白く塗りたくるだけだった。それでも懸命にふき取り、見上げた先では、…すでにリョウマは玉座の後ろへと消えようとしていた。


 「待…ちやがれ、手前ぇ‼」

 …もはや、ただのチンピラだな。


 品のカケラもない罵声と靴音をがなり立て、黒スーツは階段を駆け上がっていった。絨毯がひかれていないので、その乾いた足音は異様にこの部屋の中にこだまする。怒りの原動力はすさまじく、すでに中ほどまで駆け上がった、そこで、


 階段が、坂になった。

 「な、何ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいい⁉」


 踏みしめていた場所がいきなり斜めになり、黒スーツは為す術もなく重力に退かれるままに尻もちをつくと、その前屈のような姿勢で坂道を滑り落ちていった。


 ぱふぅぅぅん


 そして、さっきの穴へと落ちる。

 「コントかよ‼」


 恐る恐る穴の中を覗き込んでみると、…人間の開きみたいになってんな。真っ白い粉に埋まって、仰向けに硬直してる。怪我どころか痛みもなさそうだけど…

 「ニンジャぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ‼」

 …心は傷だらけだな、うん。


 呼ばれたニンジャは、すでにこの階に降り立っていた。

 …未だこの階にいた、が正解だろうな。ほんの少しでも冷静であれば、わざわざ追いつける場所にまだいると気づけただろう。…ほんの少しも冷静ではないから、まんま飢えたケダモノのよーにそれを追うのだけども。


 その目の前に現われたのは二つの扉。


 「邪魔だぁぁぁあああああああああ‼」

 どちらからリョウマは出ていったのか、どちらかが罠なのか…雷帝は、迷うことなく左の扉を開け放った。どんな危険も自分達〝真人〟を傷つけられないから…というか、そんな理性さえ吹き飛んでるから、だな。


 ぼい~~~ん


 突然、飛び出してきた巨大な………肌色の弾力物。


 それはクッションのように、マシュマロのように、プリンのように…優しく包み込んで黒スーツを抱きとめたので、激突による衝撃なんてあろう筈がない。…ないのだけど、振り返ったその顔は、荒み切っていた。


 「…これは、何ですか?」

 おっぱいだ。


 いや、もう、間違いなく『おっぱい』だよねぇ⁉改めて、見直してみるけど、…この二つの球状物体はそれ以外に見えねぇ‼逆に、おっぱいじゃなきゃなんなんだ⁉


 「リョウマ様…ご命令通り制作しましたが、これは一体」

 不意に、壁に設置されたモニターがつく。画面の中では、アンさんが…見た事もない表情をしていた。こんなにも不安で、自信皆無の表情をするのか…そら、いきなりこんなものを作れと、あのイケメンに無表情で言われたらそうなるべな。


 それに対するリョウマの答えは、明瞭だった。


 「色仕掛けだ」」

 「それ、色仕掛けじゃねーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 中学生男児のイタズラだ‼


 「ラッキースケベ、と呼ばれる物だ」

 「お前からその言葉を聞くとは思はなかったよ‼」

 いや、これラッキースケベじゃねぇし‼


 「この仙人が、それで解決できると言ったからな」

 「言ってねぇーーーーーーーーーーーーー‼」

 愛とかそーゆーので解決してくんないかなぁって言いましたよねぇ⁉


 「…解決しないようだな。せっかく屋敷中に作らせたのだが」

 「ここ、ニンジャ屋敷じゃなくて、おっぱい屋敷じゃねーか⁉」

 もうただの秘宝館‼


 「そういう事でしたか」

 納得し、いつものスマイルでアンさんがモニター越しに頭を下げる。それを全く見ずにリョウマはモニター前から歩き去っていた。そして、ツッコみすぎて息も絶え絶えの俺へとその顔を上げた時、…全くの別人がモニター内にいた。


 「仙人様」

 それは、全ての〝営業〟が剥がれ落ちた、初めて見たアンさんの〝真顔〟だ。


 「…二度と、リョウマ様に余計な事を言わないでいただけますか?」

 「はい」

 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い‼


 「ざけんじゃねぇぇぇええええええええええええええええええええ‼」

 …その青ざめた表情のまま、俺は爆風で吹き飛ばされた。


 いきなり、自分の向こう側で起きたそれが何なのか全くわからずに、ただ頭を抱えて亀になって…降りかかる破片と皮膚を焼くような熱さに耐える事、5秒…で、そのあらましをだいたい予想した俺が恐る恐る目を上げてみると、


 そこいたのは〝雷帝〟だ。


 黒スーツ全身にまとった雷で、さっきの爆発と同じく周囲の電子機器を誘爆させ続けている。…というよりは、呼んだ雷を自分だけ避雷しているのか?…いや、違うな…体中から電撃を発するあの感じは、電撃を浴びて無傷なんだ。…運よく。

 っつか、もう、あの青い瞳から雷出してるんじゃねーかと思う…


 「雷竜よ、蹴り砕け‼」

 電撃がその左手に収束したと思いきや、前方めがけて放電される。それはリョウマが去っていった通路、奴がこれから通る予定の通路へと注ぎ込まれ、爆発させた。どんな罠がしかけられていたのかは、もうわからない。…全て吹き飛んだから。


 …いや、けっこーな確率で、おっぱいが飛んでくんな…あ、尻だ。


 破壊がひと段落すると、あとに残るのは…その爆発では壊れようのない巨大な鉄製の凶器たち。それを踏み越えて雷帝は先へと駆け進む。その横で爆発が、その上から落盤が、起きるのだけども〝不幸〟は全て奴を避けていく。

 …避けて〝不幸〟はどこに行くのか。それは、


 「帰れねぇ…」


 …俺の前に積み重なっているんだなぁ。

 最初のガトリング砲でボロボロになっていたから、そんなに不自然じゃないかもしらんけども、…入口、完全に潰れてる…そして、この場に留まる…とゆー選択をさせてくれない。あとからあとから崩れるので、ヤツについていくしかねぇ…


 それからも次々と襲い来る…イヤガラセを、激高しながら雷撃一閃で爆破し続ける。破壊されていくと分かるのだけど、ここは所詮オフィスビルであって軍事基地ではない。…爆発と破壊が続くと、ふつーに壁とか床に穴が開く。


 その雷帝の足が、ついに止まった。


 白いニンジャが立っていた。腰には刀を差し、額にまいた白い布を背中まで垂らす。首から下げた色とりどり星石が、狩衣と合わせて陰陽師をも思わせる。そしてその整いすぎた容姿は、人間ではなく美術作品を思わせた。


 「鬼ごっこは、もうおしまいでございますかねぇぇぇええええええ⁉」

 「八門遁甲〝青龍の陣〟五六四式」


 問答無用。リョウマの片目が黄金色に輝き、足元で輪を描く星石が光を放つ。

 それは徐々に部屋の暗がりをプラネタリウムの星々の様に灯していった。って、いくつ星石を仕込んでんだよ、この部屋に‼この円形の部屋の広さもプラネタリウムくらいだから、よりそう見えたのかもしれない。天井は球体じゃないけど。

 そして、円の外周には等間隔に八個…つまり、八方位に合わせて要となるより大きな星石が配置されているようだ。むしろ、トキが用いた〝石兵〟に近いのか。


 で、

 「お前は学芸会で『木』の役をやる人か?」

 「違ぇよぉ‼」

 八門遁甲の陣の端っこに、ケイがぽつんと立たされていた。体中、ポニーテイルにまでゴテゴテ装飾防具をつけて台の上に立たされているので、そう見える。おそらくシルバが作ったものなのだけど、コスプレにしか見えねぇなぁ…


 「それこそ、この陣の〝要〟の星石だ」

 「………」

 人をアイテム扱いすんな、おい。


 「私が〝要〟っすか………謹んで拝命つかまつりましたであります‼」

 …まぁ、本人、喜んでるからええけど。


 「…なるほど、対雷に特化させた八門遁甲でございますね?」

 興味なさそうに周囲を一通り見まわして、雷帝が呟いた。…まぁ、真人さまがそうおっしゃるならそうなんだろうな。俺には分からんけど。


 「で?」

 その興味なさそうな顔を、そのままリョウマへとむける。


 「こんなものが〝真人〟を前に、何の役に立つんだよゴラァ‼」

 雷のような怒号…ってか、今、雷落ちたよな?近くに…空気がピリピリと震えているのは、気のせいなのではなく、…目の前で放電なさっているあの方が原因だ。


 「雷とは、すなわち竜!〝夔竜きりゅう〟よ‼」

 それは、あのメイド博物館で見た〝雷の竜〟だった。…いや、どんだけ偶然が重なれば雷が竜の形に見えるのか…そもそも、何でそれを知覚できるのか…全く分からないのだけど、リョウマへと放たれたそれは〝雷竜〟以外の何物でもない。


 リョウマは首を傾けて、ひょいっとかわしたけど。


 「これが、夔竜きりゅうか」

 「ひ…一つだけならなぁ‼が‼八つの竜は避けようがないぞ‼」

 とんでもない落雷の轟音が辺りに響き渡り、その振動に呼応するようにリョウマの周囲八方位全てが爆発した。それから発した電撃は竜へと姿を変え、次々と、右から左から、上から下から、リョウマに向けて時差をつけて襲い掛かった。


 リョウマは全て避けきったけど。


 「これが、雷帝か」

 …それから先は、まさに落雷地獄だった。


 青い両目を血走らせて振るうヤケクソな手の動きに合わせて、空から電撃が降り注ぎ、電撃は壁から天井からも放たれる。それら全ては、あからさまに不自然な動きで、たった一つの目標に、リョウマめがけて襲い掛かり続けた。


 「ヒッ…痛ぁ⁉やめやめやめやめやめ…ぁぁあああああ‼」

 勿論、その被災地の端っこにいるケイが無縁でいられる筈もなく、いくつかの雷にその体を撫でられた痛みと、その数百倍の恐怖とに怯え縮こまっていた。ただ、リョウマが何らかの防御措置をしているらしく、命に別状はなさそうだ。

 …まぁ、リョウマの心配は〝要〟のアイテムが消失する事、だろうけど。


 「ちょ、待て待て待て待て待て待て待てぇい‼」

 当然、俺もまた無関係でいられる筈がなかった。…いや、十分に戦場から遠い場所から見ていれば大丈夫だと思ったのだけど…「光った!」と思いきや、破壊され、爆発し、炎上する。どないすりゃええねん⁉これぇ‼


 ただ、それらは一つとしてリョウマには当たらなかった。


 「何故だ⁉何故、雷が当たらない⁉」

 叫んで放たれたその雷撃は、リョウマののけぞった肩近くを通り過ぎてその先の壁を穿つ。正面から来る雷撃は左右に避け、上空から来る雷撃は前後に飛び退き、矢継ぎ早に自分に襲い来る雷撃の全てを、リョウマは身をかわしてよけきった。


 「この完全無欠な〝真人〟の雷を、避けられる筈がないんだ‼」

 …っつか、人類に雷を避けるのはそもそも不可能だと思う。


 「バカか?貴様は」

 リョウマの黄金色の片目が、あからさまな角度で見降ろした。


 「完全無欠だから、読み易い。攻撃を、確実に安全な場所で避けるからな」

 うん。…そーゆー事だべな。


 さっきのイヤガラセ各種と同じ要領で『危険な場所』を作ってやれば、〝真人〟の特性上、そこを自動回避するんだ。それは何も深刻な〝害〟である必要はない。真人さまは『もっとも幸運な正しい方角』へと絶対に進む、というだけだから。

 どうやら攻撃も同じようで、真人さまは『もっとも幸運な正しい攻撃の通り道』を作ってやると、間違いなくそこを通るらしい。…雷を避けるのは人類には不可能だからね。なので『雷の通り道を作って、落ちる〝そこ〟を避けている』のだ。


 まぁ、結局は〝偶然〟かわしているんだけどな。


 …つまり「凄い強いんだけど、行動パターンの決まっているボスの倒し方」って事か。各ターン数に応じて攻撃が分かっているので、それに正しい対処をする事で、絶対に倒せないような最強のエキストラボスでも、ノーダメージクリア可能。と。

 「………」

 実戦で可能なのか?それ…


 「これほど読み易い攻撃を避けて〝何故〟と責められるとは、な」

 …いや、現に目の前の実戦で実行されているので、可能なんだよな。怒りに任せて矢継ぎ早に繰り出される雷撃の全てを、今もリョウマは綺麗にかわし続けている。

 ただ、これでは勝てない。


 「だからどうしたぁぁぁああああああああああ‼」

 涼しい、そして美しい顔のリョウマと…本当に対照的に、荒々しい息をツバと共に吐き出し、顔中を皴だらけに醜く歪めて、雷帝はリョウマを指さした。


 「結局、我ら〝真人〟に、お前ら〝ただのヒト〟は攻撃できねぇだろ‼」

 うん。って事だよねぇ。


 …確かに、完全に正しく安全だから、行動を操れるのだけど、完全に正しく安全だから、絶対にダメージを与えられない。与えられるなら、そもそも前者が成立していないから、むしろ、リョウマは自分でその〝絶対〟を証明し続けている。

 リョウマが答えないでいるのを見て、雷帝が笑う。

 「どんなにあがいたところで、お前らは〝ただのヒト〟にすぎないん」


 その横っ面を、リョウマがひっぱたいた。


 ふらふらと体をぐらつかせて、雷帝は両手と両ひざを地に着く。…勿論、ダメージは受けていない。当たり所がよくて脳震盪を起こしたとか…〝真人〟相手におこる筈もないからだ。しかし、両手と両ひざを地につけて動かない。


 「てめ」

 立ち上がった、その頬をまたひっぱたく。


 言うまでもなく、ダメージはない。間違っても弾みで唇を歯で切ってしまうなど起こらず、当たり所が良すぎて痛みすら感じていないだろうな。…体は。


 「手前ぇぇぇぇぇええええええええええええええええ‼」

 …ハートはギザギザの刃で抉りまくったけど。


 体中に電撃をまとった雷帝が、やたらめったに…〝完全に幸運に導かれた正しい〟ぶん殴りかかってくるのを、リョウマは軽々とかわしては、まるで舞っているかのような美しいポーズでその掌で頬をひっぱたいた。何度も、何度も、何度も。


 「ぃぃぃぃぃぃいかげんにしろぉぉぉぉぉおおおおおおおおおお‼」


 もはや言葉とも呼べない、猛りきった雄叫び。顔が真っ赤なのは、ひっぱたかれた結果じゃない。…むしろ、あれだけひっぱたかれたアザ一つできていなかった。勿論、青く光る目に涙すら浮かんでいるのも、ひっぱたかれた結果ではない。


 「その〝要〟を砕いちまえばいいんだろうが‼」

 その言葉の意味にケイが気付く間もなく、突如、怒り狂った顔面と共に向けられた雷帝の手から、放たれた電が竜となって彼女に襲い掛かった。


 「避雷」

 あっさりと、リョウマはその途中で手に持つ棒に雷を落として捌いたけど。


 「これが〝真人〟か」

 「違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う」

 念仏のようにブツブツと何か呟きながら、帯電した両手で頭を抱えて蹲る…と思いきや、空に向かってその震える手と顔を上げていく。まるで神に祈る…じゃないな、神にすがるように見上げるそこは、ただの天井でしかない。

 …向けているのは顔じゃない、青く光る両目だ。〝星石〟とは、人が運命を呪い、運命を変えようとする光…まさに、今の奴がそれだった。


 「落ちろぉ‼『帝』の雷‼」

 轟音がその天井を打ち砕いた。


 「〝伏儀〟‼」


 瞬間、世界が真っ白な光に包まれた。全ての色が、音が、匂いが、…消えた。目の前に信じられない巨大な落雷が落ちたのだ、と、考える事は出来ても、感じる事は出来ない。感覚が全て吹っ飛ばされてしまったようだった。


 俺が次に感じたのは、降り注ぐ破片に頭を小突かれた痛みだった。

 …徐々に視界が…感覚が戻ってきた。…けど、何も見えない。砂埃でもないだろうが、何だ?この煙は…とっくに口に侵入していたそれをむせて吐き出しつつ、手探りで周囲を探り…ん?何だ?この感覚は…誰かが俺の体に触れてるのか…


 「…なんすかこの柔らかいもん?」

 それは俺のキンタマです。


 「ふざけんじゃねぇぇぇぇええええええええええええええええええ‼」

 「痛ぇな‼そこ、優しく扱えよ、ケイ‼」

 「ひっく、えっぐ、うっうっうっ…汚い物を握らされたよぉ…」

 ひどくない⁉俺、何一つ悪くないよねぇ‼


 …いや、違う…今はそれどころじゃねぇ。考えろ、ケイが俺の股間にいた理由を…違う…今すべきなのは、まずはヤツを探す。この雷を落とした張本人、雷帝の姿を。


 「まぁ、…探すまでもないか」


 さっきの場所から動いていない、唯一、立っている人影…アレだろうな。

 まだ体中がマヒしている感じなので、どうとも…まぁ、落雷ド直撃のあそこに立ってる時点で他にいなそうだし…そもそも、何か青く二つ光ってるぞ…モンタージュする煙の隙間からは、まだ荒い息遣いしか届いてこないのだけど。


 代わりに見えたのは、その人影を、さらに背後から襲う白い影だ。


 「かく…ごはぁ⁉」

 雷撃が、その、背後で刃物を振り上げていた白い影を打ち抜いた。…絶対防御ではない。あれはあくまでも〝偶然〟ダメージを受けないであって、反撃はしてくれないから。雷帝は、後ろで人が降り落ちても不自然に振り向かない。

 やがて振り向いた、暗闇に光るその青い瞳は…もはやホラーでしかなかった。

 

 「…完全な死角を狙った攻撃…〝こんなに読み易い相手はない〟なぁ?おい‼」

 言いながら、焦げた白い背中を踏みつける。何度も、何度も、何度も。


 「ひゃ~っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっ‼」

 微塵も隠すつもりなどない、心の底まで全てを表現した笑いは…もはやヒトとは思えなかった。それと全く同じその表情も、…とてもヒトに見せれた物ではなかった。もっとも、雷帝の視界にも思考にも、すでにヒトはいないのだけど。


 「ひ~………ん?」

 首を傾げて、雷帝は散々踏みつけていた足を止め、上げた自分の足元を覗き込んだ。倒れているのは痩身の男性で、長髪を後ろで束ねた純白のレインコート姿だ。電撃に打たれてしかめているから、だけではない目の細い男には見覚えがあった。


 「…トキ?」

 「後ろだ」

 その雷帝の背中に、リョウマが手をついた。


 「ふぅぅぅぅうううううううううくぅぎぃぃいいいいいいいいい‼

 『お化け屋敷で背中を叩かれた人』と全く同じ形相にして、雷帝が叫んだ言葉は悲鳴にしか聞こえなかった。それを見るリョウマは、完全な無表情だった。…ただ、その黄金色の片目だけは、爛々と輝いている。


 そこに、さっきと全く同じ巨大な落雷が降り注いだ。

 「金遁〝ヤタノカガミ〟」


 「…ば…かな…雷が、俺を…」

 黒焦げで…はないみたいだけど、遠目にも分かるくらい雷帝の体は黒く変色していた。指先から口先まで力なく垂れ下がって、ロクに会話もできない。服のどこかが燃えているのか体から複数の煙を噴き上げ、ひきつった顔一面に油汗をかいている。


 一方、リョウマは…相変わらず綺麗すぎた。隣で、しかも接触して、落雷の直撃を受けた筈なのだけど、その忍者服と同じく雪の様に白い肌には一点のシミもなく、その最高傑作の美術品のような顔には傷一つ、どころか、皴一つない。


 「やはり〝真人〟の攻撃ならば〝真人〟にダメージを与えられるようだな」

 「…どう、やっ」

 「俺に落とされた雷を、貴様に流しただけだ」

 雷帝の落とした最大規模の雷撃は、リョウマの体を安全に通過した後、その雷帝の体に最大のダメージを与えたと。それが〝ヤタノカガミ〟か。…何その魔法カウンター。どんだけ〝偶然〟のピタゴラスイッチを経たら、その結果になるんすか?

 …今、俺と雷帝は同じことを考えていたに違いない。


 「そ、そんなぉ机上の空論…ぃ1万分の1ぉ奇跡ぁろぅが‼」

 「1万分の1なら、1万の策を積み上げればいい。それだけの事だ」

 「………へ?」

 ようやく、奴は自分が今どこにいるのか、気が付いた。


 ふんだんに星石を配した完璧な陣の中心に、自分がいた。それは、まるで祭壇の中央。星石がプラネタリウムの様に一面に煌めき、竜や虎や亀、あと鳳凰の台座に乗った大きな星石が、正確に雷様の雷紋を描くように規則正しく並ぶ。

 奴が恍惚の表情でトキを踏みつけていた間に、リョウマはこれを仕込んでいた。…その足元でこれだけの準備をする為に、あえて雷帝をあそこまでコケにしたのだ。ほんの1ミリでも理性が残っていれば、いくらなんでも気づかれただろう。


 「………ぼ、ボクは、いったい」

 まぁ、無許可で利用されたトキは可哀想だけど。


 何でトキがここにいるのかと言えば、無論タマモを救いにだ。…トキがそう動くと予想したリョウマは、その為の侵入経路を用意して、この時この場所にご招待したのだろう。…目先の『絶対の死角に』ホイホイ食いつく男だと予測してな。


 「恨むなら、あの女を恨むんだな」

 そこで、リョウマは振り返り、指さした。


 「…リョウマ…さま?」

 指さされたのは、完璧に整えられていた髪を振り乱し、いつもの営業顔を僅かに息切れさせた女性…アンさんだ。いきなり〝真人〟の恨みの対象にされて、さすがのアンさんも動揺を隠せずに、信仰ともいえる信頼をおく上司の顔を見返した。


 それを迎えたリョウマは、無表情すぎた。


 「俺の策を全て実現させた功績は、全てを実際に用意した、その女にある」

 …うん。普通なら、戦功は自分にあると言いがちなのだけど、その前提は準備だし、労力としては準備のが遥かに大変だ。しかも、この超短期間で。そもそも真人以前にサムライ達を罠にかける話だったのだろうけど、それにしても。

 今だって、秒単位を越える正確さでリョウマの手元に計画書通りの星石があったから、トキが踏みつけられていたあの短い間に、全てを完成させられたのだ。

 そもそも今、彼女がここにいる理由もそれだからね。


 「さすがだ、アン」

 「………え?」

 「貴様だからこそできた功績だ。見事だったぞ」

 「りょ、りょ、りょ、リョウマ様ぁ…」

 …いや「恨むなら、あの女を恨め」って言われてなかった?


 ただ、アンさんは涙を流し鼻水まで垂らしてしまうほど感極まって泣きじゃくっているし、リョウマは、ほんとーに、心の底から、彼女を褒め称えているのだけど。


 まぁ、リョウマのその言葉が奴の耳に入ったかは分からないけど。とっくに、気を失っていたから。突っついてみると、受け身も取らずに倒れた。…いや、ふつー即死していてもおかしくないので、生きているだけ、さすが〝雷帝〟なんだろうけど。


 「真人を、倒しちゃったな…」

 「真人が、倒されるなんて…」

 振り向くと、子供を抱きかかえたサムライがいた。

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