その5


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 男が三人、声を潜めて顔を突き合わせていた。

 一人は痩せ型の中年で、苦労が顔に現れている。

 一人は初老で白髪の頭、聖職者の出で立ちで身なりを整えている。

 最後の一人はまだ若く、口元を歪ませながら大量の金貨が入った袋を机に置くと再び彼らに向き直る。


「毎度。確かに受け取りましたよ、『天使病』の子供」

 若い男はその対価として金貨を支払った。


「……ご苦労」

「神父様、これは本当に……本当に、正しい行いなのでしょうか?」

 中年の男はシワを寄せながらポツリと呟く。


「何をおっしゃいますか院長。あなたは余計なことは考えずに、ただこの孤児院を運営することを考えていれば良いのです」

 神父と呼ばれた老人は優しく院長へと語りかける。

 その態度とは裏腹に、彼の行動は苛烈なものであった。


「しかし、これはまるで人身売買で――」

「何をおっしゃいますやら。良いですか、これはただ里親に引き取られた、というだけのことですよ。たまたまその里親に当たるのが帝都の人間で、たまたま『大金をはたいてでも引き取りたい』と申すので、条件に合致した子供を引き渡す、それだけです」

「……その条件というのが『天使病』の疑いがある子供、だと」

「ええそうです。そしてなぜかの子供には、その罹患率がほぼ百発百中だからそれを利用しているだけのことですよ。ええ、別れは悲しいですが、それは新たな出会いということにもなります。そのお手伝いをしているだけのこと」

 悪びれることなく神父は続ける。

 まるで当然の行いをしているかのように。

 それが正しいことに一切の疑念なく。


「……引き取られた子供の帝都での扱いはご存知ですよね。早く『天使』になれとロクに食事も与えられず、ずっと閉じ込められて自由も何もない、そんな噂ばかり」

「噂は所詮噂です」

「くっ、あなたはっ!」

 院長が神父に掴みかかろうとしたところ、若者がそれを制す。


「まぁまぁ、俺は内輪揉めを見に来たわけじゃありませんよ。こちらとしては取引さえ完了したら文句はありません。そんなのは俺が帰ってからお好きなだけどうぞ」

 院長はその若者を睨むと大きく深呼吸する。

 彼は怒りの矛先を彼自身に向けることで院長に冷静さを取り戻させた。


「……話を続けても? さて、ちょっとばかし変わった依頼がありましてねぇ。とある帝都のおえらいさんが聞いた話じゃ、自分が生まれた村に居る双子の姉妹の一人がどうやら天使病にかかったんじゃないかって。それが本当なら、ぜひに町の守護天使にしたいってんで確かめてくれ、と。どうです? 報酬は弾みますよ」


 若者は下手に出ているように見えるが、実際には拒否権など存在しない。

 ここで断れば今後孤児院への資金援助が途絶えてしまう。

 彼らには選択肢など与えられていない。


「それは、どうしろというのかね」

「手段は問いませんよ。その子供を攫おうが、その村まで出向いて確かめようが。どうせ天使病だと判明したらその子はお別れだ」

「攫う!? 馬鹿なことを」

「……あいわかった。何とかしてみよう」

「神父様、本当によろしいんですか! この孤児院の子供なら元より身寄りのない子供ですが、村で普通に暮らしている子供ならば親がいるし住む場所もある。それらを奪うことになるのですよ!?」

 神父は冷たい瞳で院長を見つめる。

「それが何か」

「……っ」

「仮に我々が断れば帝都の人間ならば武力行使してでもその村の子供を連れ去るだろう。そうなってはこの孤児院にやってくる子供を新たに生み出してしまうだけに過ぎない。ならば、出来る限りことを穏便に済ませた方が良いだろう」


「さすが話がわかる神父様、助かるねぇ。交渉成立ですね。じゃあ、詳しいことはまた連絡しますよ」

 そう言って彼は施設を後にする。

 後に残された二人は呆然と立ち尽くす。



「……これは、本当に正しいのでしょうか」

「正しいかなど、誰にもわかりゃせんよ」


「何故か『ラスト』という子供が親しくする相手は皆使となり、やがて天使になる。果たしてそれが本当かどうか、我々に確かめる術はありません」

「それが真実であるかどうかは関係ない。その噂を聞きつけ、それに大金を払う者がいる。我々が生き延びるためには、こうするより他ないのだ」


 良心の呵責に苦しむ院長と、割り切っている神父。

 お互いに間違っていることは理解しつつも、生きるためには抗えぬのだとも理解している。



「ところで、あのラストとかいう子供こそ天使病ではないのかね。天使病にかかった子供は成長が遅くなり、やがて天使になると完全に成長が止まってしまうと聞くが」


「……私がここにやってきて十五年以上になりますか。確かにその間、彼女は。ずっと少女の姿のままです」

「天使になると姿が見えなくなるとも聞くが、彼女は完全に天使になりきれていないということだろうか」

「……わかりません」

 項垂れる男を前に、これ以上の言葉は無用と悟った神父は踵を返して歩き出す。


 一人残された男が嗚咽をこらえながらその場にしゃがみ込む。



「――何が『天使のとまり木』だ。やっていることはじゃないか」

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