番兵と蟻
紫堂文緒(旧・中村文音)
第1話
番兵というのは見張りをする兵隊さんのことです。陣地に敵が入らないよう、何か攻撃を仕掛けないよう、備えて見張りをする、仕事の間中、一瞬たりとも気の抜けない任務を負う兵隊さんです。
その番兵の仕事は、ある一本の木になる実を守ることでした。
秋になると、とてもおいしい実のなる木です。
けれど、それがどんなにおいしいのか、どんなふうにおいしいのか、その国の人たちは誰も知りませんでした。
なぜなら、その木には、いつもほんの少ししか最後までついている実がなくて、王様とそのご家族と、それからその国にとても大切な外国からのお客様たちしか召し上がったことがなかったからです。
春になると、その木には、白いたくさんの小さくて可憐な花が咲き、夏頃に青い小さな実がなるのですが、花は実をわずかしかつけられずに咲いては散り、実は少しの風にもぽろぽろと落ちて、最後まで大きくおいしく実るのは、十ばかりだったからです。
国の王様のお誕生日の日、一番大きくておいしそうに実った実を召し上がるのは、もちろん、王様でした。
二番目に大きい実を召し上がるのは、上の王子様。この方は、今の王様がお隠れになられた後、その跡を継いでこの国の王になられるお方でした。
三番目に大きな実は下の王子様、四番目はお后様。
この実をお召し上がりになると、王様はいつもおっしゃいました。
「うまいのう。
まったく、ほっぺたが落ちるという意味が身をもって知れるというものじゃ。
わしは年一回この実を食せるからこそ、この国をよく治めることができるのじゃ。
この実は、わしの元気の素じゃ」
「本当に美味でございますこと。寿命が延びるというものです」
お后様がお応えになると、
「大丈夫、この国もこの木も、私達が大切に守り続けますよ」
「そうです。父上も母上も、ご安心ください。
それにしても、こんなにおいしいもの、国中の民たちに少しづつでも味あわせてやりたいと思いますよ」
ふたりの王子も口々に言うのでした。
後に残った実は、できるだけ薄く切って、お砂糖といい香りのするお酒を入れてゆっくりと煮て、コンポートになりました。
それはお城の調理室の大きな貯蔵用の冷蔵庫の一番奥に大切にしまわれて、その鍵は三重になっていて、料理長と番兵長と大臣が持ちました。
そして、外国からの重要なお客様との晩餐会の時にだけあ、特製のアイスクリームを添えて、ほんのひと切れだけ出されました。
どんなに難しい外交も、このデザートの後では、するりとまとまるのでした。
本当にこの実は、この国を守る大切な木の実だったのです。
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