この辺りじゃ




この辺りじゃ 俺の演奏をまともに聴いてくれる奴なんていやしない

誰かの記念日にもならない平日の

しかも こんな雨降りの夜に

好きこのんで 俺の演奏を聴こうなんて奴はいないのさ

まばらな客席を見渡せば

安い酒代を払って雨宿りに来た老人か

誰かに振られて センチメンタルを気どった冴えない若い男しかいない

時折 目が留まってしまう若い女ときたら

この店で働くアルバイトだったりするからやりきれない


俺のギターを泣かせてみようものなら

店の隅っこの方でガラス瓶が割れる音がするし

俺のギターを歌わせれば

俺の目の前で 殴り合いの喧嘩が始まったりするのさ


だけど

俺は 演奏するのをやめたりしない

俺は もはや 誰がためには演らない

俺は 俺のために演るだけだから




2ヶ月前にかけたパーマは とれた

2週間前に電話した彼女は さよならを告げ

2日前に剃った髭は 思ったより伸びた

2時間前に飲んだ薬は 切れた

そして

2年前に手紙を送った彼女は 想い出の中にも居ない


俺は 演奏するのをやめたりしない

俺は もはや 誰がためには演らない

俺は 俺のために演るだけだから





ガラス瓶が割れる音が また 隅っこの方で


した





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る