かんきん屋さん
翠穂
「ハンバーグ」
その日の雨は急に降り出したんだ。
いつだって周りは自分勝手で急過ぎる。もう流行ってないのだとか、少し距離を置きたいだとか
「_____今朝までは雨だなんて、一言も言ってなかったじゃないか。」
どうして世界はこんなにボクに優しくないんだろう。
もういいや、ボクが濡れればいい。
いつものことだ。
……そう、いつもならこれで終わりだったんだ。
世間なんてこんなもんだって割り切って、優しさを期待する方がばかばかしい。
誰かがさしてくれる傘なんてあるはずがなかったんだ。
濡れたシャツをまとった白い右腕、ビニール傘。
ボクの視界の左側に映り込んで「ついてないよね。」なんて。
「レイ、さん……?」
「偶然だね、今帰り?」
レイさんの髪も濡れていた。
「傘なんて今さら買っても無意味かなぁと思ったんだけどさ、ちょうど君が歩いて行くところが見えたから、」
「だから買っちゃった。ほら入って。」
傘の白い柄の部分を華奢な指が握り直す。
なんとなくぎこちない指の動き。多分レイさんは右利きではないのだろう。
それでもその手で傘を持つのはボクが右側にいるから?
レイさんの右手はボクに寄り添い、傘を半分分けてくれた。
「この前もさ、最初はついてないなぁって思ったんだよ」
「喫茶店で相席なんてね。」
「でも結局結構楽しかった。ついてなかったことに少しだけ感謝したよ。」
「ふふ、ついてないなぁって思うとなぜか君に会えるみたいだ。それで、そこそこ楽しませてくれる。」
「ね、雨宿りしてかない?俺の家、もうすぐそこなんだ。あったかいものでも飲もうよ。」
レイさんは優しかった。
その優しさにもう少し触れていたかった。だから
椅子もフォークも2つずつの部屋に招かれた。温かい珈琲を作ってもらった。
「砂糖入れるんだったよね?」って、
優しくて心地良い、珈琲も期待通りおいしくて
気がついたら眠ってしまっていた。
***
【絵本みたいな夢を見た。】
【時の歪んだ部屋の中にレイさんとボクがふたりきり。】
【レイさんは誰かの真っ赤な右腕を持っていた。】
【どうするのって聞いたら別にって返ってきて、】
【まずくなったら嫌だからって。】
【どういうこと?ねえレイさん____】
「………レイさん?」
「あれ…何してるのレイさん…?」
レイさんの白い横顔に話しかけた。
レイさんの奥には天井が見える。さっきまで近くにあった棚も。
ボクは机の上で仰向けになって寝ていた。
すぐに目が合って、レイさんは少し驚いた顔をした。
それからふふふと静かに、楽しいことでも思い出したように笑って言った。
「ついてないなぁ」
「ずっと寝ていてくれたらよかったのに。」
レイさんの右手がそっと伸びてきて
白い指がボクの顔の横、左の指に絡みつく。
「でもそこそこ楽しませてくれる、そうでしょ?」
レイさんの左手の指は慣れた手つきでナイフを握り直していた。
「続けるね。」
ナイフがボクの腹部へと沈んでいく……ように見えた。ボクは今なにをされている?
違和感はあっても痛みはなかった。
「レイさん………?ねえ答えてよ…」
頭がぼんやりする。たくさん血が見えた。
「いやだ…いやだレイさん……」
「離して!!!」
……………。
……あれ?ボクの右腕は?
「……『いやだ』なんて突き飛ばされたら悲しいよ。」
「せっかくの夕食がまずくなる。」
耳元でレイさんの声がした。
左手はずっとレイさんを感じている。
「君のおなかを開けるのに、俺は左手を使うでしょ?」
「そうしたら俺にはあと右手しか残っていないわけなんだけど、」
「俺、前戯は焦らして長いのが好きなんだよね。」
「だから強い毒を使っても大抵みんなこうやって本番中に起きちゃう。」
「さすがの俺も右手ひとつで君のふたつと相手しながら丁寧に内臓を取り出せる自信はないからさ。」
「だから先に取っちゃった。君の利き手。」
「それと俺の利き手じゃない方は右手なんだけど、君のそれは左手でしょ?」
「わかる?ほら、体が上下で重なるとさ…すごく繋ぎやすいんだよ。」
「…………って、もうわからないか。」
ボクの手はきっと冷たかったろうな。
こうしてボクはこの部屋の住人になった。
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