架空のゲームレビュー2

キングスマン

1989年

生徒「国民よ、ゲームせよ。国民よ、もっともっとゲームせよ」


教師「それがキミの出した結論なのかい?」


生徒「はい。それこそ揺るぎない、たった一つの解です」


教師「なるほど。では、順を追って話を聞こうか」


生徒「はい。なんなりとお申しつけください」


教師「まず、リサ・ウェルスについて」


生徒「リサ・ウェルスは自分と同じ十四歳。五歳年下にベンという弟がおります。リサの成績はやや優秀の二等生ですが、ベンは自分と同じく一等生であり優秀です」


教師「弟の話はいい。リサについてだけ答えてくれ」


生徒「はい。失礼しました」


教師「二週間前のリサについて教えてほしいんだ」


生徒「二週間前に自分はリサと三度顔をあわせております。朝、昼、夕、にです」


教師「朝から順に、彼女とのことをできるかぎり鮮明に」


生徒「はい。朝、自分は食堂で朝食をとっていたところ、リサとベンがやってきました。二人とはよく同じ時間に食事をとります」


教師「そこで普段と変わったことは?」


生徒「位置です」


教師「位置?」


生徒「いつもリサとベンは食堂の長机を挟んで自分の前に座ります。しかし二週間前のあの日は自分の隣に座ったのです」


教師「それで?」


生徒「リサは何やら思いつめた表情で自分に耳打ちしてきました。話がある、と。二人きりで話したいので、昼休みに東棟の裁縫室まできてほしい、と」


教師「それからキミはどうした?」


生徒「特に断る理由もなかったので、昼休みに指定された場所、すなわち東棟の裁縫室に向かいました。マネキンや布、裁縫道具であふれた、なんとも独特の匂いが漂っていたのを覚えています。また、裁縫室はカーテンがぶあつく光が遮断されているためか、まるで日が暮れたような錯覚に陥りました」


教師「そこにリサはいたのかい?」


生徒「はい」


教師「彼女はそこでキミに何を?」


生徒「お願いを聞いてほしい、と自分に打ち明けました」


教師「リサの願いとは?」


生徒「自分が彼女の要望に肯定も否定もしないうちに、彼女は制服に手をかけボタンをはずし、スカートを床におとし、下着姿になりました」


教師「それから?」


生徒「上半身の下着を取り外し、それも床におとしました」


教師「それで?」


生徒「彼女はいいました。ここまですれば、わかるよね? と」


教師「キミはどう答えた?」


生徒「わからない、と」


教師「……本気でいっているのかい?」


生徒「はい。あのときのリサも、今の先生のような顔をしておりました。自分はそれなりに頭を働かせてみたものの、彼女の求めるものは推測不可能でした。裁縫室に呼び出して服を脱いだのだから、何か服を見繕ってほしいのか、あるいは服を縫えといっているのか。どちらも自分の領分ではありません」


教師「……それで彼女はどうした?」


生徒「はい。抱きついてきました。そして涙を流しながら自分にいいました」


教師「なんと?」


生徒「今日の夜、大切なものを奪われそうなの、だけど、はじめては好きな人とがいい、と」


教師「それでキミはどうした?」


生徒「冷静になって、もう少し具体的に喋ってほしい。キミの言葉はあまりに抽象的すぎる、と伝えました」


教師「それでリサは?」


生徒「何かをいいかける、あるいは何か行動を起こそうと体を動かしたのですが、こちらに近づいてくる複数の生徒の存在に気づき、迅速に服を身につけ、出ていきました」


教師「なるほど。それでキミはリサを追いかけたりは?」


生徒「していません。その必要は感じませんでした」


教師「そうか。しかしキミは夕方にもリサと会っているという。そのときの状況を詳しく聞かせてくれないか」


生徒「はい。あれは十八時のころだったと記憶しています。自分の部屋にベンがやってきました。慌てていた様子でした。自分とベンは趣味がよく似ており、よく宇宙や恐竜について意見を交わしていました。他にも最近は世界について──」


教師「まだ、リサが出てきていないようだが?」


生徒「好奇心旺盛なベンの読みたがる書籍を自分が先に図書館から借りていることが多く、ベンは読みたい本を見つけるときは図書館より先に自分の部屋を訪れることがままありました。それで自分はベンが読みたがっていた世界についての辞典をわたそうとしました。ところがおどろいたことに、ベンが求めていたのは本ではなかったのです」


教師「リサの弟は何と?」


生徒「リサから今日は一緒に夕食をとることができないので、自分と一緒に食堂にいけといわれたといいます。そういうことは過去に何度もありました。しかし、ベン曰く、明らかにリサの様子はおかしく、心配になって女子寮にいってみると、そこにリサの姿はなく、不安なのでリサを探してほしいというのです」


教師「キミはリサを見つけることはできたのか?」


生徒「はい。簡単に」


教師「どうやって?」


生徒「一等生の自分は学園内の鍵をほぼ自由に使えます。自分は生徒会室の鍵棚から職務室の鍵を取り、職務室に向かい、職務室の鍵棚を開け、中を確認しました。音楽室の鍵がなかったので、そこに向かうことにしました」


教師「ずいぶん行動の手際がいいな」


生徒「容易いことです。ベンも自分と同じく一等生ですが、彼はまだ児童クラスなので放課後は制限されている区画がいくつかあります。しかしベンは優秀でもあるので、彼の権限で行動可能な範囲は全て調べつくしたことも容易に想像できます。だからベンは自分でなければ確認できない区画を見てきてほしいと頼んできたのでしょう。つまり生徒制限が星二つ以上の場所です」


教師「なるほど。優秀だなキミは」


生徒「音楽室の扉を開けると、そこにリサはいました」


教師「彼女の様子は?」


生徒「まず、リサは服を一切身につけておらず、裸でした。リサは立った状態で楽譜の入った棚に手をついており、そのリサを背後から抱きしめるかたちで、裸の男がいました」


教師「男の特徴は?」


生徒「白人、大柄、肥満。頭を覆うような黒い革製の袋を被っていたので、容姿は確認できず、年齢も推測できませんでした」


教師「革袋の男について、他に気づいたことはあるか?」


生徒「そういえば左腕にできたばかりの新しい傷がありました。小さな刃物で数回切られたような、あるいは誰かに引っ掻かれたような、そういう傷です」


教師「その傷を新しいと思った根拠は?」


生徒「血が固まっておらず、赤々としていたからです。どうしました?」


教師「……なにが?」


生徒「左腕の包帯を気にされているようなので。医務の先生を連れてきしょうか」


教師「必要ない。それより話を進めよう。それで端的に訊くが、その革袋の男とリサはそこで何をしているように見えた?」


生徒「情交に及んでいるように見えました」


教師「すまない、その情交というのはどういう意味だ」


生徒「交尾ともいいます。オスとメスによる繁殖行動です。以前、カバの交尾を映像で見たことを思い出しました。オスが背後からメスに覆いかぶさり体を揺らすのです。リサは細身なのでそうでもありませんが、革袋の男は実にカバらしい体躯でした。どうしました?」


教師「どう、とは?」


生徒「小刻みに震えていらっしゃるようなので。やはり医務の先生を」


教師「必要ない! とにかく話のつづきだ。それで、キミが音楽室に入ってきたのを見てリサはどんな反応を?」


生徒「まず目を見開き、それから陸に上がった魚のように音を発するでもなく口をパクパクと動かし、次に悲鳴に似た声をあげ、こっちを見ないでほしいといってきました」


教師「それでキミはどうした?」


生徒「リサに従い部屋を出ようとすると、革袋の男がリサの耳元に顔を近づけ何やら話しはじめたのです。自分の場所からではボソボソとしか聞こえませんでした。男が話し終えると、リサは何か観念したような表情で下を向き、そこで私たちを見ていてほしいといいました」


教師「キミはそれに従ったと」


生徒「はい。およそ七分ほどそれはつづきました。革袋の男はリサに激しく体をぶつけつづけました。二人の体はよく汗ばんでおり、やがて革袋の男は馬か牛のように呻き、強く震えたかと思うと硬直しました。その後でリサは床に倒れ、魂が抜かれたように茫然としておりました」


教師「それで、キミは?」


生徒「部屋に戻りベンにリサは見つかったといいました。それでベンは安心したようだったので、二人で食堂に向かい夕食をとりました」


教師「キミは何かおかしいとは思わなかったのか?」


生徒「そういえば、いつもとスープの味が少し違いました」


教師「食事の話ではなく、リサについてだ」


生徒「いえ、特に何も」


教師「リサが今どうなっているかは知っているだろう?」


生徒「昏睡状態で医療棟にいます。それが何か?」




教師「──もういい。では次、ウォン講師について教えてほしい」


生徒「ウォン? あれは実に【うまく聞き取れない】なものです」


教師「呼び捨ては感心しないな。それにそれは、差別的な言葉だ」


生徒「あれは他国が我が国に送り込んだスパイです。議論の余地はありません」


教師「議論の余地はあったかもしれない。だけどそれはできなくなってしまった。既に調書は取ってあるが、もう一度教えてくれないか。四日前の晩、なぜ、彼を殺した?」


生徒「ゲームを持ち込んだからです。そしてゲームを拒んだからです」


教師「ゲームを持ち込んだ?」


生徒「スーパーマリオブラザーズ。NESという機器をテレビに接続してなんらかの操作を入力する、ビデオゲームと呼ばれる他国の娯楽です。一週間前、ウォンはその機器を抱えてこの学園にやってきました」


教師「彼は体育とレクレーション、それから海外の遊びを伝えるためにここにきたんだ」


生徒「そこが不可解でした。ゲームなら我が国には揺るぎないゲームがあります。なぜ他国のそれも極めて低俗なゲームを持ってきたのでしょう」


教師「きみはスーパーマリオブラザーズで遊んでみたのかい?」


生徒「はい一度だけ。実に低俗でした」


教師「だが、子供たち──とりわけ児童クラスの子たちはあれに夢中になっていたようだが?」


生徒「人間の成長にはいくつかの段階があり、特定の世代でなければ聞こえない音であったり、楽しめない嗜好品があるといいます」


教師「スーパーマリオブラザーズもその類いだと?」


生徒「そうです。そしてそこにこそウォンの狙いがあったのです」


教師「キミの意見を聞かせてもらおう」


生徒「ウォンは巧妙な仕掛けを施していました。スーパーマリオブラザーズのできるあの機械──NESを児童宿舎のすぐ隣にある用具室に置いていたのです。まるで、児童たちにそこでこっそり遊ばせるように」


教師「その件についてはウォンから生前に説明を受けている。そもそもあのゲーム機はウォンが自分で遊ぶために持ち込んだものを子供たちに見つかってしまったせいで、やむをえず解放することにしたのだと」


生徒「ブラフしょう」


教師「そう思う根拠は?」


生徒「あれは大人が楽しめる代物ではありません。逆に子供たちはあれに夢中になります。つまり意図的に子供向けに調整されているのです。そしてそこには子供たちでなければたどり着けない隠されたメッセージがあるのです」


教師「もう一度訊こう。そう思う根拠は?」


生徒「あのゲームは基本的に赤い人形を右に移動させるだけの単調な作業を強いられます。しかし、何らかのアイテムを入手することで障害物を破壊して、思わぬ道筋を見つけることもできるのです」


教師「ほう」


生徒「数日前、用具室が賑わっていたので覗いてみると、児童たちとウォンが歓声をあげておりました。何ごとかと聞いてみれば、ベンがある発見をしたのだといいます」


教師「発見?」


生徒「スーパーマリオブラザーズの洞窟のようなエリアにて、特定のブロックを破壊してそこに上手く足場を作ることで天井の上を移動できるようになり、その先を進んでいくと本来ならすぐに到達することのないエリアにワープできたというのです」


教師「なるほど、確かに発見だ」


生徒「ウォンはベンの肩を抱き、よくやった、と褒めていました。そして無意識の本音を漏らしたのです。『ずっとこれを探してたんだ』と」


教師「ウォンのその言葉から、キミは何を読み取ったんだ?」


生徒「ニーヨナノソーニャをご存じですか?」


教師「はじめて聞く言葉だ」


生徒「某国の古い俗語で『苦いお菓子』という意味です。行商人が大きな文字盤の上にたくさんのお菓子を並べ、子供たちを呼び、好きなだけ食べていいと伝えます。当然、子供たちは苦いお菓子だけは避けます。そして文字盤の上に残った苦いお菓子の下にある文字をつなげていくと、そこに潜伏している工作員へのメッセージと相成るのです。中世で使われていたスパイの伝達手段です」


教師「つまり、スーパーマリオブラザーズもその、ニーナソーニャだと?」


生徒「ニーヨナノソーニャです。スーパーマリオブラザーズがそれにあたるのは確かです。子供の好奇心がなければたどりつけないメッセージをウォンは手にしたのです。あの男が我が国に害をなすのは明確です」


教師「明確と断言できるほどの証拠が揃っているとは思えないが」


生徒「スーパーマリオブラザーズからメッセージを読み取ったウォンは計画を次の段階に移行しました。児童たちに毒を流布しはじめたのです」


教師「なんだと?」


生徒「その毒は児童クラスの主に男子の興味を引きました。特にベンは」


教師「リサの弟だな」


生徒「リサが昏睡状態になって以来、ベンはひどく意気消沈し、著しく行動力も低下しました。周囲からの依頼で自分が一緒に食事を取ったり風呂に入れてやったりしています。自分と一緒でなければ眠らない日もあります。いなくならないでほしい、とよくいわれます」


教師「……重症だな」


生徒「そんなベンもあの低俗なゲーム、スーパーマリオブラザーズには興味を示し、あれの話をするときだけ、かつてのベンらしさの片鱗を取り戻していました。そして同じくらい、毒についても強く惹かれていたのです。毒について、楽しそうに自分に語ってくるのです」


教師「一体、その毒とは何なんだ?」


生徒「自分もそれを知るために情報源を遡ると、ウォンにたどり着いたのです」


教師「ウォンは毒について白状したのか?」


生徒「ウォンは紙を──雑誌から切り取ったと思われるページを一枚見せてきました」


教師「そこに毒について書かれていたと?」


生徒「はい」


教師「それは何という毒なんだ?」


生徒「単純に『毒』と」


教師「専門家ではないが、私はある程度、毒についての知識はある。毒というのは毒物の総称であり、単純に『毒』とだけ呼ばれる毒はないはずだが、それともキミのいう毒とは何かの比喩なのか?」


生徒「いえ、あれはまさしくただの毒です。そしてあれに子供たちを誘惑する力が宿っていることも理解できます」


教師「あえて訊こう。ウォンの持っていた雑誌というのは、ポルノなのか?」


生徒「違います。ただウォンがそういう雑誌もいくつか隠し持っていたことはわかっています」


教師「実はキミがウォンと言い争っているのを見たという報告を受けている。冷静なキミが感情的になるのは珍しい。もしかしてそのときのキミはウォンに毒の情報をこれ以上流すなと警告していたのか?」


生徒「感情的になどなっていません。一等生として、然るべき要求をしたまでです」


教師「具体的には?」


生徒「こちらで適切に処分するので雑誌を全て自主的に提出してほしいと」


教師「ウォンの反応は?」


生徒「こう──まぶたの下を人さし指で押さえ、その指を下げてベロを出してきました」


教師「あかんべえ、というやつか。つまり拒絶だな」


生徒「そのようです」


教師「それでキミは?」


生徒「嘆かわしいことです。誇り高い我が国と、この学園で生きる本分を完全に見失っていました。だからウォンにはゲームの時間を与えました。我々はゲームをすることにより、この国で生きる理由とその価値、この学園で学ぶ意義を刻み、実感することができるのです」


教師「結果、ウォンを殺してしまったと」


生徒「いいえ、違います。ウォンはゲームを拒みました。自ら失格を選んだのです。この国の、特にこの学園に入るにはゲームに精通し、ゲームが巧みでなければなりません。なのにやつはゲームのことを何も理解しておらず、間抜けを晒し、だからああなったのです。あれは当然の帰結でしょう」


教師「……なるほど。よくわかった。キミは正しいことをしたんだな」


生徒「ご理解を頂き、ありがとうございます。我が国のゲームは実に素晴らしいものです。自分はゲームを受ける際も与える際もその価値に震えます」


教師「……しかし今回は──誰だ?」


生徒「ベンじゃないか。どうしたんだい? 眠れない? こっちにおいで」


教師「リサの弟だな。まだ話は終わっていないんだ。ここから出しなさい」


生徒「申し訳ありません先生、少しだけベンをあやす時間を頂けませんか」


教師「しかし……」


生徒「ここにきてはいけないといったよねベン? どうして約束を守らなかったんだい? どうしても話を聞きたかった? なんの話だい? スーパーマリオワールド? わかった。じゃあ、少しだけその話をしよう」


教師「なんだその、スーパーマリオワールドというのは」


生徒「スーパーマリオブラザーズの新作だそうです。ウォンの所持していたと思われる雑誌からみつけました。あのゲームについては思うところ少なくありませんが、スーパーマリオワールドにはベンの好きな恐竜や宇宙も登場するようで、この話に毒より興味を持ってしまい、今はベンの安定を優先するために聞かせています」


教師「なるほど──まあ手短に済ませるように」


生徒「ありがとうございます」




教師「──終わったか?」


生徒「はい。ぐっすりと眠っています」


教師「その状態で話をつづけるのはつらくないか?」


生徒「もう慣れました。それにベンは一度眠るとよほどのことでもないかぎり目を覚ましません。つづけて下さい」


教師「わかった。実は昨日、ウォンの部屋を片づけていたらこんなものを見つけてしまったのだが、これに見覚えは?」


生徒「あります。以前、音楽室でリサといた革袋の男が被っていた革袋です」


教師「その通り。なぜこれがウォンの部屋から出てきたと思う? ウォンがこの学園にきたのは一週間前と思っているかもしれないが、実は彼はもっと前からこの学園の裏方として働いていたんだ。つまりもしかして、ウォンが革袋の男なのでは──」


生徒「それはありえません」


教師「……なぜいいきれる?」


生徒「自分が音楽室で見た革袋の男は大柄で肥満でした。ウォンは大柄ですが肥満ではありません。ウォンが革袋の男であると考えるのは早計かと。可能性としてはウォンと革袋の男がつながっていると思うべきでしょう」


教師「……それは、確かに」


生徒「先生、これは由々しき事態です。ウォンは明らかにスパイです。そのウォンとつながっているのであれば、革袋の男も危険視すべきでしょう……そういえば、先生」


教師「……どうした」


生徒「……いえ。失礼しました」


教師「はぐらかすなんてキミらしくないな。いいたいことは、いいなさい」


生徒「しかし……」


教師「キミは何か気づいているんじゃないのか……そう、革袋の男について」


生徒「……はい」


教師「それをいいなさい」


生徒「今……この場で、ですか?」


教師「無論」


生徒「ではいいます。先生、革袋の男は──あなたですね──」


教師「…………そうだ」


生徒「──と、自分に思わせたいのですね」


教師「え?」


生徒「あなたにとってリサやウォンのことなど、どうでもよいのでしょう。理由はわかりませんが、思わせぶりな言動や無傷の左腕に包帯を巻いたりして、革袋の男であるかのように演じている。なぜです?」


教師「違う、私があのときの革袋の男だ。どうしてわからないんだ?」


生徒「では教えてください。音楽室で、あなたはリサになんと耳打ちしたのですか?」


教師「……それは……それは……それは……」


生徒「そこをすぐ答えられるようにしておくべきでした。左腕に傷も作っておくべきでした。傾向と対策が不十分です。しかしわかりません。あなたが革袋の男を詐称することにどんなメリットが?」


教師「いいか? 本来なら音楽室での一件を目撃した時点でキミは殺されてもおかしくなかったんだ。だがキミはその美貌のおかげで先約が山ほどきている人気商品なんだ!」


生徒「──なんの話です?」


教師「だがあのお方は──革袋の男は、どこかで正体がバレるのを怖れた。しかしキミは殺せない。だから革袋の男の正体は学園の教師だったと思い込んでもらう必要があったんだ──どうせもうおしまいだ。だから教えてやる、あの革袋の男はこの国の────おいやめろ、まだ入ってくるな、くそ、はなせ、やめろ──!」




生徒「お目覚めですか?」


教師「……ここは?」


生徒「場所は変わっていません。生徒指導室です」


教師「……からだが、うごかないし、うまく、しゃべれないな……」


生徒「先ほど部屋に入ってきたみなさんが、あなたに体を落ち着ける薬を打ったといっていました」


教師「……ふふ、ものは、いいようだな。それでキミは、なぜまだここにいる?」


生徒「人の可能性についてお話をしたいと思います」


教師「──?」


生徒「一般的に人間は若いうちは頭脳や運動神経の発達が活発だといわれています」


教師「わたしはまだ32歳だぞ。若者のグループにいれてはもらえないだろうか」


生徒「ところがこれは誤りで、人は年齢に関係なく頭脳も肉体も等しい速度で鍛えることが可能なのだそうです。その秘訣は反復にあるといいます」


教師「はなしがみえてこないな」


生徒「逆説的に、学びつづけなければ衰えは一瞬ともいえます。先生、あなたは教職者としてありつづけたあまり、学びの機会を失っていたのでしょう」


教師「……おい、やめろ」


生徒「ご安心を。ゲームは日々改良を重ね、何者も拒まず、その身に誇りを刻むのです」


教師「いやだ……ゲームは、いやだ……」


生徒「国民よ、ゲームせよ」


教師「キミはだまされてる──おかしいと思ったことはないのか? 誇り高き我が国などといっても、キミは一度もこの学園から出たことはないだろ? ここは牧場なんだよ。キミたちのような美しい子供を幼いころにつれてきて支配して、政治家や金持ちの玩具にする──」


生徒「国民よ、もっともっとゲームせよ」


教師「いま外の世界で流行ってる小説がある。科学の力で恐竜の社会を現代によみがえらせるんだ。この学園もいわばそれだ。ここは作られたジュラ紀、キミは観客を喜ばせるために生み出されたトルケラトプスにすぎない」


生徒「トルケラトプスなどという恐竜はいません。正しくはトリケラトプスです」


教師「ゲームと教育でほとんどの子供は一定の負荷でつごうよくこわれてくれる。だがキミは最後までそうならなかった。キミはこの牧場で唯一の完璧な完成品だ。つまり完全な失敗作だ」


生徒「薬の影響で妄言を吐くと聞いています。ですがそろそろ口を閉じて下さい。マスクをつけることができません」


教師「──────」




生徒「残念です先生。ゲームはまだ序盤だというのに力尽きてしまうとは。やはり教職員全員にゲームをしてもらわなければ。国民よ、ゲームせよ。国民よ、もっともっとゲームせよ──おや、起こしてしまったんだね、すまないベン、うるさくしてしまって──そうだベン、これからゲームの話をしよう」


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