第三話 『三無』
◆
「テレサレッサ、それにメドゥーサ………」
「街中を全力疾走する、はしたない犬の話を聞きましてね。
是非是非御拝見したくこうして魔法学校を抜け出して遥々、やって来た次第ですわぁ」
「ごめんね、テレサさん言うこと聞いてくれなくて…」
「おだまり蛇」
端から見たらまさに凸凹。
長身と短身、悪と良。
口が悪く、それでいて高飛車で成金崩れの金髪縦ロールがテレサレッサ。
隣でオドオドしてる紫髪のショートカットなおチビちゃんがメドゥーサ。
二人ともわたしと同じ、ディレイと言う街からこちらに越してきました。
無論、全てはあのオディール魔法学校に入る為です。
向こうでは皆わたしたちを大中小トリオとよく呼びます。
ええ、今はそれがとても懐かしい昔のように思えますね。
「うっ………」
何やら変なニオイが此まで漂ってきました。
テレサレッサが、また変な香水でも使っているのでしょう。そう言うの好きですからね、彼女は。
しかしそんなのよりも気になる事がありました。わたしはそれを見過ごせません。
ずかずかと歩いて二人の目前に立ちます。
「テレサ、どうしてメドゥーを蛇って呼ぶんですか?
それはメドゥーにとって禁句な筈ですよ?」
「フン、貴女の知った事じゃありませんわ。───それより帰郷するなら今の内ですわよ?」
「………帰郷?」
「三回目の不合格の烙印を押されないよう、とっとと尻尾を巻いて帰れと言ってるの。
知っていまして? 一塔内でも貴女の噂は持ち切りですわよ」
久し振りに再開して早々これですよ。
ピクっピクっと眉間を器用に動かしながらも、わたしは努めて冷静にテレサレッサの言葉を聞きます。
「無理無駄無才の『三無』。どこの誰が広めたのか存じませんが、一塔で貴女は皆様にそう呼ばれて大人気ですわ。主に笑いの意味で。
悪い事は言いません。『三無』さん、今すぐ帰郷して別の道でも見つけては如何?」
「オーッホッホッホッ」と高い笑い声が耳を擘きます。
今すぐにでもこの女郎に飛び掛かりたいこの衝動。
彼女、テレサレッサが輪をかけて高飛車になったのは魔法学校に入ってからです。
…わたしは、今はもうこの二人より確実に地位が低い立場にあります。
何故か? それはこの水の国が魔法使いを優遇しているから。
魔法使いは一般市民とは違う場所、言うなら貴族的な扱いになります。
例え自分が悪くなくとも相手が、例えば最高位の三塔の魔法使いなら、罰せられるのはこちら側かも知れません。
それぐらい魔法使いは、この国では重宝される存在なのです。
なので今、此で一般市民であるわたしが魔法使いであるテレサレッサに手を出したら、確実にお手にお縄が掛かります。
ですが、それを分かっていても引けない時はあります。
無才はまだいいです。薄々自分も実感していましたから。
でも、無理、無駄とは聞き捨てなりません。
わたしが───魔女に師事まで懇願して頑張ってる今を無駄と、
わたしの未来の可能性に、勝手に蓋を閉めて無理と、
師匠の罵倒とは帯びる言葉の色合いが違います。
自分の為に、自分がこの先も頑張っていく為に、この暴言は謝罪無しでは許されません。
久し振りに喰らってみますか、テレサレッサ………
故郷では貴女を痛みで泣かせた…わたしの、この、熊をも一撃! 必殺の超絶ビンタを!
「『三無』ってね、言いふらしていたのは同じ一塔の人だったけど、テレサさんが懲らしめてくれたからもう大丈夫だよ。
その人、一塔の15位でテレサさんにとっては格上だったのに、倒しちゃったから」
───と、この一触即発な雰囲気を前にメドゥーサがそんな事を口にしてしまいましたから、わたしの出鼻は見事に挫くかれました。
「………へ…?」
「は??? ちょ~~~!!?余計な事は言わなくていいんです!!」
「ええ?? ご、ごめん。でもなんか二人ともほっといたらケンカしちゃいそうだったし………」
テレサレッサに指で胸を突かれ踉めくメドゥーサ。
わたしは改めてテレサレッサを見ると、彼女は顔を真っ赤に染めて言います。
「ま、まぁ…! 『三無』なんて言い触らされましたら、その『三無』と馴染みだったわたくしも評判が落ち兼ねないですから。それはそれはとてもとても由々しき事ですわ!
なので、けっっして貴女の為ではございませんからね!」
最後にダメ押しで『誤解なさらないよう!』と言い切ってから、テレサレッサは首を横にスライドさせてわたしにそっぽを向いてしまいました。
「ごめんね、テレサさん素直じゃないから」
両指をツンツンさせながら、伏し目がちにメドゥーサがわたしに話し掛けてきてくれます。
わたしの怒りは矛先を失い、早々と小さくなって消えてしまったようです。
危ない危ない、メドゥーサがこれを言ってくれなければ、わたし達は無意味なケンカをしていました。
見れば、テレサレッサの右頬には創傷被覆材が貼ってありました。
想像の域ですが、きっと噂を撒いた人と死闘を繰り広げた事でしょう。
「テレサ」
「な、なんですの?」
「ありがとう」
素直にそう言って、わたしは和やかに頭を下げました。
二人はわたしを置き去りに早々と魔法学校に入りました。
実家がオディールなので二人は魔法学校の寮生に入ったと聞きます。
なのでわたしとは必然的に疎遠となりました。
以前会った時は、テレサレッサが目に余る程の高飛車になっていて霹靂としましたが、とんでもありません。
テレサレッサは昔のまま、くっそ不器用で素直になれないだけのようです。
わたしはそれを今知れて、心が暖かな気持ちに包まれました。
顔を上げると、ペシッと創傷被覆材が投げ付けられました。
『気持ち悪い真似はお止めになって』と照れ隠しなのかよく分からない八つ当たりをされそっぽを向く親友。
てか変な香水みたいな正体これですね!創傷被覆材!
「───ところでアズサ、次こそはキチンと合格してくれるのでしょうね?」
その後すぐに振り向いたテレサレッサは鋭い眼差しで、いきなりわたしの痛い所をグリリと突いてきました。
『うっ…』と私は半歩、後退りします。
「アズサ、魔法…使えるようになった?」
そんなわたしを追い撃つ形で、隣にいるメドゥーサも、心配そうな顔をして見上げてきます。
四の瞳に見つめられ、わたしは息を飲み込みました。
「だっ、………だ、だ、大丈夫ですよ!! もうバッチリ!
早く試験こーい! どんとこーい! てな感じですわっはっはっはっー!!!」
───そして、全力で嘘を吐きました。
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