『WORLD』〜魔法使いのpawn〜

朱蒼

第一章

第一話  『対価は隷属』

 


 


「───アズサ、アズサ=サンライト



 もうお前才能無い。壊滅的。魔法使いになるのは諦めろ。死・ね」



「………あ、あ、あ…」



 厳い装飾が施された悪趣味な扉を開けて、わたしは通算百十六回目の師匠の駄目出しに、

 これまた通算百十六回目のショックを受けて師匠の自宅兼工房を飛び出しました。


 ひぃぃ…、酷いッ、余りにもズバッと言う師匠は酷いです。


 わたしは精一杯やっています。師匠の言われた通りに魔法を行使しているつもりです。

 ただ、そのわたしの精一杯が!まっっっっったく実を結んでくれない、それだけなんです!



『クズ、それを才能が無いと言うんだ』



「く、ぅ~~~~!」



 不意に師匠の言葉が頭を過ぎり、発狂しそうな頭を抱えて、わたしはオディールの街並を全力で疾走します。


 街の人々の『またかまたか』とわたしを見る目がありますが、気にも留めれません。


 お気に入りのベーカリーの更に先、見知った雑貨店を通り過ぎ、

 その先にはわたしの当面の目標である魔法学校の学舎が見えて来ます。


 あそこはこの街オディールの、いや、この国の象徴たる場所。


 オディールの "魔法学校"


 全体的に白の色彩が目立つ、水の国のシンボル的な建物。


 その内部は三つの塔に分かれており、外からだと三つの尖んがりのように見えます。


 真ん中の塔だけ三つの内、群を抜いて長いです。


 なぜ一番長いかと言うと、そこが魔法使いの中でも優秀な実績を有する者のみが在学出来る、

『三塔』と呼ばれる高み中の高みであるから。


 魔法使いの皆さんは魔法学校に入り、まずは校門から見て一番手前に見える『一塔』からスタート。

 あの三塔を目指し、到達する事で一流の看板を背負えます。


 我が師匠なんかは三塔を卒業して更に枢要の位まで持ってるのであんな偉そうにしてるんですね。


 言わば塔の在席は魔法使いのステータス。


 魔法使いじゃない皆さんは、魔法使い達の凄さ偉さを塔の在席を基準に判断しますから。


 そうこうしてる間に、駿足を自称するわたしは学校の前まで来てしまいました。




 「ううう~~~」



 でも此に来たかった訳ではありませんよ?


 わたしの目前には魔法学校と街を結ぶ船の通り道、その橋があります。

 実は此少しだけ下にスペースがあり、段差を蹴って降り、わたしは橋の下に来ました。


 人一人収まるだろう、小さな空間が空いているのが見えます。


 その直ぐ手前には木の板を荒々しく突き刺して『入るな大キケン!』と書いています。

 わたしが書きました。へへ



「よっくら…しょ」



 アホっぽい木の板を跨いでその先に腰を落ち着かせます。



「は~~~~落ち着く…」



 此がわたしの憩いの場所。


………まあ、満潮近くになると余裕で水没するんですがね。雨風なんて凌げません。


 取り敢えず師匠と喧嘩したり嫌な事があるとわたしは直ぐ秘密基地へ駆け込みます。

 今日も師匠に燻られ弄られ虐められ、摩耗したわたしは此に癒しを求めます。


 大体『諦めろ』とか『死ね』とか、愛弟子に向かって言いますかね? 普通。

 言わないですよ絶対!


………確かに。確かーに。


 安くない薬筒を六十数枚もダメにしてしまった自分に非がありますけど………、もっとこう、何と言うか、こう、うーん

 言い方ってものがあると思いませんか?





 約一時間程前




『善し。いいかアズサ、面倒見切れんからラストチャレンジだ。魔法でこの私が用意した強化硝子を叩き割って見せろ』



 師匠は普段掛けない似合わない眼鏡をクイッと上げ、木の枝を綺麗に削った加工品を私の喉元に突き付けます。



『うぐぃ…、でもわたし魔法使えません』



『馬鹿が、だからこその訓練だろう? 魔法なんて魔力があればポンポン出るものだ。ポーンポーン、ほら気合いで出せ、気合いで』



 んな無茶なぁ…


 改めて、師匠の先を見るとそこには机があり、薬筒がザーッと並んでいます。


 薬筒は掌の中に隠れるほど小さくそして薄い。その中身は透明色の液、エーテルが入っています。これが魔力を魔法へ変換させる力を持つ素となるそうです。


 これを千差万別、多種多様に変化させるのが魔法と呼ばれる神秘の所業…だとわたしは思います。


 安くはないですがエーテル原液はこの水国なら割と簡単に手に入りますよ。


 舐めると塩っ辛いです。


 机の向こうには硝子。多分師匠が用意したであろうオリジナルに細工した物でしょうね。落としても殴っても、硬くてとても割れませんでした。



『これだけ薬筒を用意したんだ。お前が幾らクズで無能なザコでも、一つぐらいは成功するだろう?』



『わ、分かりました………要は気合いですね!? 気合い!!』



 師匠は薬筒をざっと六十本以上は用意してくれました。


 全てわたしの為にッ! 嗚呼、感激!



『期待に応えてこそ!成長するの!』とはディイレと呼ぶわたしの故郷に居る先生の言葉



『イメージは…そうだな、水………

 空想でコップでも描いてそこに沢山イメージしろ………

 でも零れさせず、それはコップの縁に留める』



………横から師匠のアドバイス


 私は呼吸を止め、瞼を閉じ、己が潜在に自分の意識を同調しようと心を傾けます。




───イメージは水




───たくさんイメージ




───むむ………




───むむむむむ………!




───ああッ、溢れる溢れる!




 無理ッ、コップに留めるなんて無理! すっごい勢いッ!!


 わわッ、マジで無理です! ―――ええい、このままよ!!



『いっけぇええええぇい!!!!!!!!』



 わたしは渾身の叫びと共に、薬筒を強化硝子へ勢いで投げ付けました。


 瞬間、パリンと甲高い音と共にその硝子が砕け割れました。

 薬筒もバラバラに割れ、中のエーテル液が辺りに飛び散ります。



『やっ……』



『やりましたよ師匠ォ! は、初めてです! わたし初めて魔法が使えましたッッ!!

 これで魔法学校の入学試験もパスできます! 感激です、号泣~~~~~~!!!』



『この、馬鹿ァアア!!!!!』



 突如視界が二百八十°以上回転し、グルングルングルン。


 気付いたら、わたしは床に頬っぺたを付けていました。


 もう片方の頬っぺたは師匠の靴に踏み付けられています。

 てか痛い痛い痛い! 師匠、思い切り踏み付けてるッ!



『にゃにふるんれふか!!』



『何が魔法だ? あ? この馬鹿!クズ!お前は魔法という神秘を嘗めくさってるのか?』



 グリグリグリと底が高い靴で踏み付けられます。


 くぅぅ、師匠のこの態度を見るに、わたしはどうやら失敗したようです。

 そんなバカな、あんなに硬い強化硝子は割れました。

『魔法によって』 そうでしか考えられません。


 やがて師匠が足を退けてくれて、頬っぺたの圧力から解放されたわたしは、

 漸く二本の足で地べたの上に立ち上がる事が出来ました。



『舐めろ』



 そんなわたしに師匠が言い、指すは下。場所は床。


 今の件で散らばった液体。



『それエーテ───



『舐めろ』



『いや、だからエー──



『舐めろ』



『はいッ!』



 正に取り付く島も無し。


 折角立ち上がれたのに。


 わたしは渋々膝を付いて、床の液体に舌を這わせます。



『んっ………ちゅる………』



『どうだ?』



『どうって…普通にエーテル液ですよ、メチャクチャしょっぱいですが』

 


『魔法を行使すればエーテルは残らん。何故ならこのエーテルこそ魔法を使う者が魔法へと変化させるもの。神秘の下地。

 ならもう分かるよな? クズサ』



『………うぃ……』



『つまりお前は!ただ腕力のみで!硝子を!こうパリンと叩き割っただけだ。

 ったく…強化した硝子だぞ? そこら辺のアタッカー雑魚がやるL1でも割れん物を。どーんな馬鹿力だ。


 ハァー、もういい。もう生きるな』



 生きるなって、ちょ、死ねって事ですよね!?


 ま、まあ、師匠の暴言には割と耐性が付きましたので心に小ダメを抱えるぐらいで済みます。


 それよりも、さっきのは糠喜びでしたね……


 結局、また失敗した訳です、わたしは…



『───でもまだ始まったばかりですよ師匠! 次こそは!』



 そうです。プラス思考!


 過ぎた事は忘れる、師匠から受けたトラウマ物の虐待の数々も、わたしは寝て忘れる事で理性を保ってきました。



『あ、鞭落としたわ。拾え』



 わたしのプラス思考なやる気なんかそっち退けで、わっざとらしく手に持っていた枝を床に落とした師匠。

 唇を尖らせながら、わたしは言われた通りに、拾って渡しましたが、師匠はまた枝を落としました。



『誰が手で拾えって言った? 口で拾えよ、口で』



 再び拾おうとしたわたしに蔑んだ眼差しでそう言う師匠。

 ゾクッとした美しさが私を直下で見つめて来ます。



『くっ………このドSへんたい!』



 師匠の暴言、暴力、命令に私はあまり逆らえません。


 基本的にこのS師匠、弟子を取りません。


 とある事情により弟子になりたがる人も居ないようですが、師匠は元々弟子など取るつもりがないから今の状態が万歳なようでした。


 そんな独り狼好きな師匠に私が弟子入りを志願したのは今から一年と半年ぐらい前かな?


 当然最初は門前払い。


 その後も、色々と積極的に願いを続け、漸く師匠にわたしが弟子になりたい理由を聞いて貰いました。


 それを聞き受け、


 師匠は、凜とした表情で私に返します。



『魔法学校の試験に一度落ちた不様。尚諄く未練がましく未だ諦め切れずに、次の試験の為に魔法を使えるようになりたい。

 聞こう。そんなクズ中のクズを弟子に取って私に一体どんな得があると言うのだ?』



 冷え凍えるような瞳と静かながらも重みのある声。


 若干怖じけづきましたが、此で引いたらわたしは先に進めない。憧れた魔法使いになれない。


 だから、このチャンスは、絶対に掴みたい!


 わたしは、水の国に三人しかいない魔女に対し、臆せずこう応えました。




『わたし───わたしが貴女の隷属になります!!

 次の試験の時まで…どうぞお好きに虐使して下さい!!』



 

  

 

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