死霊使いの花嫁~異世界にトリップしたけど魔法が使えないので幽霊屋敷をお掃除してたら花嫁にされました~(元タイトル:幽霊屋敷の掃除婦)

羽鳥紘

第一部 幽霊屋敷の掃除婦

プロローグ

 その日、昼過ぎまで雲一つなかった空は、夕方には暗雲が立ち込めていた。

 ぽつ、と頬に雨粒を感じる。ゴロゴロと怪しい音を立て始めた空から目の前に視線を移せば、枯れた蔦に覆われた大きな洋館。ピシャーンと、雰囲気満点の稲光が空を彩る。強まる雨の中洋館を見上げながら、私はこうなった経緯を回想していた。


 私の名は白石澪しらいしみお、歳は二十一。

 親戚の紹介で、家事代行サービスに勤めて三年。就職に失敗して仕方なく始めた仕事だったけど、パートのおばさまたちに日々しごかれ、掃除に目覚めて三年だ。もうすっかり転職する気はなくなった。天職だった。


 その日もいつも通り出勤し、一人で新規のお客様のお宅に向かうところだった。

 ネットでのお申込み情報によると、二階建て4LDK。とりたてて何の変哲もないそのおうちのインターホンを押すと、若い女性の声が出迎える。

 そこまでは良かった。そこからが問題だった。

 その家の門を潜った瞬間、周囲の景色は一変しており、見たこともない草原に私は一人佇んでいたのである。そのあとはもう修羅場で、私は仕事着一丁で、あてもなく草っぱらを歩き続けて、とにかく人のいるところにたどり着けたのは奇跡だと思う。


 そこは両手で数えられるくらいの家しかない本当に小さな村で、みんな優しい人ばかりだった。どこから来たともしれない私にとても親切にしてくれて、衣食住世話してくれた。そんな生活の中でわかったことは、ここが元いた世界ではないということだ。そう断定した根拠としては、魔法の存在。

 この世界ではとても魔法が発達していて、私と村の人たちが何不自由なく言語が通じるのも魔法のおかげ。おかげで意思の疎通には困らなかったのだけど、困ることがひとつだけあった。


 この世界に迷い込んで五日目。

 まだ頭は混乱しているし、夢じゃないかと疑ってるし、帰れるのかどうか考えると不安になる。それでも現実として受け止めるしかない。そうするとまず必要なのは、住まいと職業だった。いつまでもタダ飯を食らっているわけにはいかない。せめて家事のお手伝いくらいしたい。


 しかしこの世界の家事ときたら、魔法で大体どうにでもなってしまうので私の出番がまったくない。ホウキは勝手にゴミをかきだし、出しっぱなしの本や雑貨は、一定期間誰も触らなければ勝手に元の位置に戻っていく。洗濯物は桶に入れるだけですすぎ脱水乾燥まで終了。

 なんとか自分ができる仕事を探そうとしたけど、畑を耕すのも魔法、雑草抜くのも魔法なら、ご飯を

作るのもお菓子を作るのも魔法魔法。私はただ、魔法でできあがる料理の数々をぼけーっと見ながら、味になんの文句もないそれを、ただもぐもぐと食べるだけ。


 私の存在価値って一体……? と、ちょっと悲しくなってしまう瞬間である。

 といってやはりずっとお世話になりっぱなしというわけにもいかないので、私は旅立つことに決めた。


 目的は二つ。

 一つは、元の世界に帰る方法を探すこと。

 もう一つは、それを探す足掛かりとして、自分の居場所を見つけることだ。

 この小さい村だけではそのどちらも果たせそうにないから。


 この世界に迷い込んで七日目。

 私は村人全員に丁寧にお礼を言って、元の世界に帰る方法を探すために旅立った。

 村の人たちはほんっとうに良い人たちばかりで、寂しくなるって別れを惜しんでくれて、お弁当まで作ってくれて、大きな街までの地図を書いてくれた。全員が見送りに来てくれて、元の世界に帰れますようにってみんながお祈りをしてくれた。

 だから、この数奇な運命を嘆いたりもしたけど、頑張ろうって思えたんだ。


 こうして私は村を旅立ち、貰った地図を頼りに、お弁当を食べて休憩しながら町を目指した。一度休憩は挟んだものの、それ以外はせっせと歩いたおかげで、日が暮れる前にはなんとか町にたどり着けた。

 体力にはそこそこ自信があったものの、さすがにこんなに歩いたのは人生初だ。足はパンパンにむくんでいたし、おなかもペコペコ。でもそんなことよりもっと大きな問題がある。

 村の生活は自給自足で、誰もお金を持っていなかった。あったところで申し訳なくて貰えないけど……とにかく私の所持金はゼロ。一刻も早く仕事を探さなければ。


 疲れた体に鞭打って、私は往来を行く人を捕まえ、仕事を斡旋してくれる場所を教えてほしいと頼んだ。これだけ大きな街ならきっとあるだろう。果たして無事職業斡旋所を聞きだした私は、教えてもらった道順をたどってその門を潜る。

 二十一歳女性、特技は家事、ただし魔法は使えない。

 そんなプロフィールを聞いて、受付の女性は困り顔をしたものだ。やっぱりこの世界は魔法を使えてなんぼのものらしい。

 でも落胆するのは早かった。

 奥から出て来た眼鏡のおじさんが、「お嬢さんにぴったりの仕事があるよ」とニヤリとし、一枚の紙片を私に差し出す。


「このお屋敷へ行ってごらん」



 ――ここで、私の回想は終了する。辿り着いたのが、このおどろおどろしい洋館だった。

 おじさんがこの仕事を勧めてくれたとき、周りの職員や利用者がひそひそと眉をひそめて喋っていたのに気が付かないほど、私は鈍感ではない。

 なんかロクな仕事じゃないんだろうなと覚悟したけど、なにせ内容が私にとってとんでもなく都合が良かった。


『掃除、ただし魔法不可。 ※部屋・食事付き』


 まるで、魔法が使えなくて住む場所に困っている私のために用意されたみたいな仕事だ。

 意を決して、私はドアノッカーを鳴らした。落雷の音があまりに激しくて、思わずぎゅっと目をつぶる。

 雷鳴がおさまって目を開けると、扉は開いていた。燕尾服を着て、長い銀髪をピシッと一つに束ねた優しそうな美青年が、私を見下ろして微笑んでいる。


「ようこそ、当家へ。ご用件をお伺い致します」


 美青年に微笑みかけられるような人生と無縁だったために、咄嗟に体がのけぞってしまった。しかし見惚れている場合ではない。

 私は斡旋所に書いてもらった紹介状を差し出して、頭を下げた。


「街の職業斡旋所からの紹介で参りました。ミオと申します。どうかこちらで働かせて頂けませんか」


 しばし沈黙が流れる。なかなか青年から返事がなくて、断られたらどうしようという不安だけがぐるぐると頭の中を渦巻いていた。


「あぁ! なんということでしょう。新しいメイドさんですね! 何か月ぶりでしょうか!」


 頭上に嬉しそうな声が降ってきて顔を上げると、満面の笑みで執事風の青年が紹介状を受け取った。それから胸に手を添えて、恭しく頭を垂れる。


「わたくしはこの屋敷の執事、リエーフと申します。主人の元に案内致しますので、どうぞお入りください」


 彼に招き入れられて、私は洋館へと足を踏み入れた。


 これが、私のこの先を大きく左右することになる……。

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