一撃必殺

 コトリが部屋から出られない状態の時に魔王は動いたの。セラの戦いの結果を受けて三度目のエレギオン包囲に出てきやがった。でもコトリは寝込んだままだったの。ユッキーは、包囲戦下の忙しい中だったけど、出来るだけ時間を作って来てくれた。ユッキーはこうなった状態のコトリのことを良く知ってるから、最初のうちは部屋に来て黙って座ってるだけだった。


 でもやっぱりコトリも気になるから聞いちゃったの。そうしたらユッキーはポツリ、ポツリと戦況のことを話してくれた。ユッキーから聞く限りでは、既にアングマール軍に攻め手は残ってなかったみたい。三ヶ月も囲んで、梯子攻撃を一回やっただけ。ただ囲んでるだけみたいだったの。


 心理攻撃もあるにはあったけど、前回や前々回と較べると程度も期間も短かったみたい。その代りと言ってはなんだけど、城門前にしばしば現われて、攻撃ならぬ口撃を繰り返していたみたい。あれもある種の交渉かもしれないって、それでねユッキーは、


「今度はコトリ抜きでもだいじょうぶみたいだから、ゆっくり休んでてね。だいぶ無理さしちゃったし」


 そんなことないの。これは全面戦争で総力戦なの。コトリが抜けた穴は大きいの。ユッキーはカバーするために、いつもの二倍は働いているはず。でも、そんな素振りはまったく見せないの。コトリも部屋を出られなから悪いと思いながら任せてたの。そしたら、ある日に、


「これ、コトリも好きなお菓子よ」


 コトリは食べたんだけど、ふと見るとユッキーは別のお菓子を食べてるの。このお菓子はユッキーも好きなはずだから食べないのはおかしいの。気になってユッキーのを食べようとしたら、


「ダメよ、これはわたしの分だから。コトリのはちゃんと作ってきたじゃない」


 でも気になって仕方がないから、強引に取り上げて食べてみて驚いた。甘くないのよ。そのうえパサパサ。


「なによこれ」


 ユッキーがすまなそうにしてた。


「蜂蜜も小麦もちょっと不足気味だから節約中なの」

「そこまで・・・」

「心配しないで、まだまだ食べ物は残ってるから」


 女神の生活は国民のお手本。食糧が足りなくなれば、率先して真っ先に削られるのが女神。ユッキーは既にその生活に入っていた。ユッキーは既に白いパンさえ当たらなくなっているのが、すぐにわかった。


「じゃあ、昨日持ってきたのも、その前に持ってきたのも・・・」

「コトリは病人だから別扱いよ。足りなくなったといっても、まだ女神がお手本やってるだけだから」


 ユッキーが持ってきたお菓子は、コトリの好物だけど、そんなに手の込んだものじゃなくて、エレギオンではありふれたお菓子だったのよ。女神の食生活ってそんなものなの。ところが侍女の目が食いつきそうだったの。それだけじゃないの、侍女もあきらかに痩せているのにもやっと気づいた。


「ユッキー、ホントはどうなってるの」

「だから、前も言ったじゃない。今回は口撃ばっかりで余裕なんだから」


 違う、ユッキーはウソついてる。女神の侍女たちも既に食糧は削られてるんだ。コトリはあの日から初めて部屋を出た。ユッキーや侍女は止めようとしたけど、振り切って一目散に台所に走って行ったの。見て驚いたわ、料理人たちも痩せこけてたのよ。


「これは次座の女神様、なにかご用事ですか」


 無い、無い、もうなんにも無い。これだけ、たったこれだけしかないじゃないの。この時にすべてがわかったの。ユッキーもこの家の侍女や料理人たちは、自分たちの分をほとんど削ってコトリに食べさせてくれてたんだって。遅れて駆けつけてきたユッキーは、


「バレちゃったか。コトリには心配かけたくなかったんだ」

「どうして、言ってくれなかったのよ。コトリが寝ている場合じゃないじゃない」

「ううん、今のコトリは休むべきなんだ。宿主代わりからの不安定期にあれだけ働かせたのを反省してる。あんなに働ける時期じゃないのを良く知ってるのに、ついつい働かせちゃった」


 そこに伝令が来て


「じゃあ、ちょっと仕事があるから失礼するわ」


 その夜に侍女を呼んで話を聞いた。どうもユッキーから固く口止めされたみたいで、なかなか話してくれなかったけど、脅してでもしゃべらせた。アングマール軍の工作員が入り込んでいたみたいで、食糧貯蔵庫が幾つか燃やされてしまったみたいなのよ。


「首座の女神様は、もうほとんど食べ物を口にされていないかと思われます」

「まさか、コトリの目の前で食べてる分がすべてとか」

「おそらく。あれもそうしないと次座の女神様が心配されると仰いまして、ほんの何口かだけ。あとはわたしたちに下賜されます」


 翌日には仕事に戻ったの。ユッキーは心配してたけど、それどころじゃないじゃない。その日もアングマール王は城門前に来てたけど、ユッキーとのやり取りを聞いていてある秘策が浮かんだの。


「ユッキー、和平交渉に持ち込むべきよ」

「そういうけど、エロ魔王なんて信用できないよ」

「クソ魔王を信用していないのはコトリも同じ。でも城門前は遠すぎるの」

「遠すぎるって、えっ、どういうこと」


 コトリの観測を話したわ。どうも魔王の口ぶりと言い、あれだけ何回も口撃にくる点から考えて、撤退したがってるんじないかと。でもその代価を求めてる感触があるって、


「代価って、例のエレギオンの五女神を差し出せじゃない」

「だから、それに乗る」

「コトリ、正気なの」


 ユッキーは話にならないって顔をしてたけど、


「五人とも行くことないよ。それに差し出すんじゃなくて、あくまでも和睦の条件を話し合うって建前にする。行くのはコトリと四座の女神の二人でイイ」

「それって、あの一撃を魔王にお見舞いするって事なの?」

「そうよ、魔王は女神が使者で来たら必ず謁見するわ。魔王じゃなくちゃ、女神の力を抑えきれないもの」

「でも、そこで捕まえられて、魔王の餌食にされるに決まってる」

「その前に一撃を決めてやる」


 ユッキーは猛烈に渋った。一撃は神に試したことがなく、コトリが考えるような効果があるかどうかは、それこそ『やってみなければわからない』の世界だもの。でも追い詰められているのは間違いなかったの。このまま包囲戦をダラダラと続けられたら,音を上げるのはエレギオンになるのは目に見えている。


 ほんじゃ、城外決戦を挑むのはどうかだけど、やはりアングマール軍は強い。コトリもゲラスの野、ベッサスの河原、リューオン郊外、セラの野と四回戦ったけど勝ったのはベッサスだけ。後はゲラスが惨敗、リューオンとセラも負けだもの。魔王指揮の直属軍と決戦なんて狂気の沙汰やんか。


 メイスは女神の男としてコトリのために死んだ。でもメイスが守りたかったのはコトリだけじゃないの。エレギオンを守りたかったのよ。今、エレギオンを守れるのは一撃のみ。このバクチに勝たないとエレギオンは滅び、メイスの死は犬死になってしまう。最後にユッキーは同意してくれた。


 そこから何度か魔王とユッキーのやり取りが行われたんだけど、予想通り魔王は和平交渉に乗ってきた。ただし魔王が突きつけた条件はムチャクチャな物だった。使者は女神を立て、一切の護衛も武装も禁じるだったんだ。ただ、今回に限っては都合が良かった。一撃には武器は不要だし、下手な護衛は足手まといになるだけだったから。ユッキーは涙を流しながら、


「必ず生きて帰るって約束して。生きてさえ帰れば私の命を引きかえにしても必ず助けるから」


 魔王の本営は農園の学校兼集会場だった。ここはとくに立派で、トンデモなく分厚い石造の壁で出来てる。なんであそこまで立派なんかの理由は忘れたけど、立派で有名なとこやってん。第一次包囲戦で農園から引き払った時に壊しかけてんけど、頑丈過ぎて壁が一枚分残ったままになっててん。魔王はこの壁を利用して本営を作ってた。


 この日のコトリと四座の女神の服装は女神の正装。見ただけで武装なんてどこにもしてないのがわかるぐらいやったけどアングマール軍の連中は、


「武器は持ってないな」


 見たらわかるやろと思たけど、


「女神は信義を尊びます。貴国もそうだと信じております」


 こう言うたら引き下がってくれた。ここで『脱げ』言われたら、どうしようかと思たわ。アングマール軍の連中も建前上は使者やから、そこまで言えんかったんやろ。


 本営は残っていた石の壁に木材の壁と天井を足し、床まで張ってあった。石の壁の前が一段高くなっていて上段のつもりらしい。そこにゴテゴテした趣味の悪そうな椅子が置いてあるの。どうも玉座みたいやった。石の壁にはタペストリーが掛けてあるけど、どうにもコトリの趣味にはあわへん感じ。まあ、他人の趣味やし、ましてやクソ魔王の趣味やから、合った方がケッタクソ悪いわ。


 玉座の左右にはアングマール軍の幕僚らしいのと、部屋中にも外にも完全武装のアングマール兵がテンコモリいた。こりゃ、絶対とっ捕まえる気がマンマンなのが剥きだし過ぎて内心ワロタぐらい。そうこうしているちに、


「王のお成り」


 なにが『お成り』じゃと腹では笑とったけど、ここは使者やから神妙なフリだけして頭下げとった。魔王は上段の横の扉から入って来たんやけど、御大層なことにラッパまで吹き鳴らしやがるんよ。さてどのタイミングで一撃を喰らわそうかと考えとってんけど、クソ魔王が椅子に座った瞬間やった。四座の女神がいきなりぶっ放したんよ。


『ドッカーン』


 この距離やったら当たると期待しとってんけど、見事に外れて後ろの壁で爆発。それでも腰抜かした。四座の女神の一撃は後ろの分厚い石の壁を完全に粉砕してもたんよ。とにかく物凄い爆発でついでに天井は吹き飛び、木材で出来てた壁も全部倒れてもた。なんちゅう威力やねん。コトリの家の庭で撃った時は空に飛んだから良かったようなものやけど、家に当たってたら吹き飛んでたわ。


 クソ魔王の幕僚も薙ぎ倒され、兵士も吹っ飛んでた。コトリもひっくり返ってもて尻打って痛かった。そしたらね、コトリの足元になんか転がってるんよ。なんや思てよう見たら、爆風で玉座から吹っ飛ばされたクソ魔王やねん。すかさず、


『ドスン』


 至近距離やったからバッチリ命中。あれ? 爆発せえへんやん。それにクソ魔王の野郎、まだ生きてるやんか。トドメさしたかったけど、セーブして撃ったつもりのコトリもフラフラ。とにかく一撃の負担は強烈なんよ。横見たら四座の女神が気絶して伸びとった。


 アングマール本営は大混乱になったけど、とにかく逃げることにした。アングマール兵はどうしたかって、舐めてもろたら困る。フラフラでも女神やで、本気出したら物の数やあらへんよ。そこいらじゅうの物を投げまくって追い払ってやった。女神の喧嘩の要領ってところ。


 本営出たらでっかい黒い馬がつないであっってん、クソ魔王の馬やろ。これ幸いとばかりに四座の女神を乗せて後はエレギオンまでひとっ走り。トドメ刺せなかったんは心残りやけど、あれだけ痛めつけたら、当分はまともに動けんやろ。あのクソ魔王の野郎の回復力の遅さはわかっとるつもり。城門まで来るとユッキーが出迎えてくれて、


「あら、コトリ。お土産付き」

「エエ馬やで」


 アングマール軍は潮が引くように撤退していった。メイス、見てくれた。あんたが命を懸けて守りたかったエレギオンは守り抜いたよ。すべてメイスのお蔭だよ。途中から涙が止まらんようになったけど、これぐらいは今日は許してもらおう。

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