休戦状態

 アングマール王が神であることはユッキーもビックリしてた。


「それじゃあ、女神の戦術は通用しないわね」


 実際そうやった。エレギオン軍の最大の秘密兵器である女神の戦術が封じられただけではなく、アングマール王の心理攻撃に防戦一方になったことを話すと、


「そんなに・・・道理で都市があんだけアッサリ落ちるんや」


 これも他人事やなく、自分とこに直接来られるから困ったなんてもんじゃないのよ。


「コトリと二人がかりならどうかしら」

「やってみんとわからん」


 ゲラスで見たアングマール王はそれぐらい強大やってん。そのアングマール王がゲラスで快勝した後にマウサルムに進まずにラウレリアに進んだのは謎やったし、さらにラウレリアを落とし後に本国に帰ってもたんも謎やってん。ラッキーとしか言いようがなかってんけど、ユッキーは、


「アングマール王は死んだみたいよ」

「えっ、ホンマに」

「今は新王への交代行事の真っ最中らしい」

「ほんじゃあ」

「それがまだわからないの」


 アングマールも後継者争いの激しい国で、代替わりの時に多かれ少なかれ一騒動があることが多いのよ。死んだとされる王はセリム二世って言うんだけど、この王の時の継承は平穏やったみたい。それだけじゃないのよね、セリム二世の親のセリム一世の時からアングマールは急に強大になったとして良さそうなの。


 セリム一世は周辺都市を完全に制圧して従属国化してしまい、大きくなった戦力で遠征を何度も繰り返し、次々に隷属都市化していったぐらいなの。セリム一世の時代だけでも十五都市以上はアングマールに隷属していた。


 セリム一世の子がセリム二世なんだけど、完全にエレギオンをターゲットしていたと見て良さそう。セリム一世の時もズダン要塞への攻撃はあったけど、激しさを増したのはセリム二世の時代になってから。ズダン要塞に対して対抗拠点の築城に成功したのもセリム二世。リメラの乱に乗じられてズダン要塞は突破されちゃったのだけど、ズダン峠を越えてからの侵攻も鮮やかやった。瞬く間に山岳三都市を占領し、イートスに別働隊を進ませながらテベスでアルガンティア将軍の軍勢を壊滅させ、ゲラスでコトリも木端微塵にされちゃったのよね。


「コトリ、怪しいと思わない」

「そうね、まずセリム一世は、セリム二世と変わらんぐらい英雄やったで良い気がする」

「でしょう、それでもってセリム二世は間違いなく武神」

「さらに新王も平穏に即位している」

「そうなると」

「ま、まさか」

「そう考えて覚悟しておいた方が良いと思うわ」


 コトリとユッキーはアングマール王の死を聞いて一つの期待があったのよ。たしかにセリム二世には神が宿っており、その神の力はコトリ一人では対抗できないぐらい強大だったけど、普通の神は死ねばどこで再生するのかわかんないのよね。話に聞く限りなら胎児に宿主を移すらしいから、成人して神の力を発揮するまで十五年以上はかかるってところ。


 さらにいえば、アングマールの王子にでも生まれればアレやけど、タダの平民に生まれようものなら、伸し上がるだけで人の寿命の半分どころか、もっと使っちゃうことになるのよ。ごく簡単に言えばエレギオンは当分は安泰ってところ。ハムノン高原の北部にアングマール軍は侵入してるけど、これだって女神の戦術が使えれば排除は可能ってところ。その気ならアングマールごと滅ぼすのも可能なはずやんか。


「コトリたちと同じタイプって滅多にいないはずなのよ」

「でも他に絶対いないとも言えない」

「じゃあ、セリム二世がアングマールに急きょ帰国したのは」

「寿命を悟って、自分の子に宿主を移すためかも」


 後継者争いが勃発する理由は何パターンもあるけど、ステレオタイプなら後継者がボンクラで、なおかつ兄弟とか、叔父さんクラスに優秀な野心家がいるパターン。ほいでもアングマールでやってる方式なら、後継者はムチャ優秀になるから平穏になっちゃうのよね。ここで、帰国して即位行事をタラタラやってるのは『それでも』の野心家が出て来ないかの注意ぐらいかもしれない。


 この辺がどうなっているのかわかんないけど、エレギオンでは女神の記憶が継承されるのは国民の常識になってるけど、アングマールも同じかどうかの情報はないのよね。


「ところで次のアングマール王はセリム三世なの」

「違うみたいだよ。ゲランだったっけ」

「じゃあ、違う可能性は少しは残るかもね」

「でも油断しない方が良いと思うわ」


 後はゲラン王がアングマール軍を率いてエレギオンに現れないと確認しようがないって話にはなったの。アングマールの情報いうても、ズダン峠は愚か、山岳三都市、さらには高原の北部都市まで抑えられてる状況じゃ細々しか入らへんもんな。


「アングマール王の服喪期間ってどれぐらいかなぁ?」

「通常なら両三年やけど、戦時やから短いかもしれへん」

「猶予期間ってところね」

「でも短いよね」

「無いよりマシやん」


 とにかくアングマール王の代替わりのおかげで、自然休戦って状態になってくれたの。伝え聞く情報では、アングマール王の代替わりをチャンスと見て、いくつかの都市が反乱を起こしたみたいで、これをゲラン王が鎮圧していたみたい。どうもアングマール王には同盟って発想がないみたいで、比較的マシな扱いで従属国化、そうじゃなきゃ隷属国化。占領されたエレギオン同盟都市は隷属国にされたみたいで、かなり大変な目にあってるみたい。


 早く反攻したいのはヤマヤマだけど、この時はアングマール王の世襲時期を狙って動くには程遠い状態としか言いようがなかったわ。この時のエレギオンの戦力ではクラナリスぐらいは奪還できたかもしれないけど、ズダン要塞までは到底無理としか言いようがなかったの。以前とは逆でズダン要塞を突破しないとアングマールには攻め込めなくなってるのよね。

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