第4話
ゲームもそのうちに飽きてきて、誰からとはなしに遊びの輪から抜けていった。
「やっぱり王様ゲームで盛り上がれば良かったな」
「王様ゲームってなんやの?」
満夜に付き合ってクラスの友人たちとカラオケなんかに遊びに行くこともしてない凜理が無邪気に訊ねた。
「あのね、レクリエーションゲームでね、王様になった人が罰ゲームを出していうとおりにしないといけないんだ」
「
「わー、面白そうです」
「へんな罰ゲームもありな訳なんや」
「そうそう、凜理ちゃん、飲み込み早いね」
「先生は見てるだけで良いかな」
「もふもふちゃんはじゃんけんできないから無理ですね」
「じゃんけんができなくても参加してもらうのはどうかな?」
などと、何が楽しいのかニコニコしながら美虹が言った。
とうとう恐ろしさを予感させる王様ゲームが始まった。
「オレは不参加で良いぞ」
「不参加の人は罰ゲームの対象になるぞ〜」
「じゃあ、先生も対象になっちゃうね」
「先生はおじさんだから部外者ね」
美虹がテキパキと仕切って、みんなでじゃんけんをすることになった。
最初はグー じゃんけんぽん!
「ぬううう!」
グーにつられてグーを出してしまった満夜が最初に負け、最終的に美虹が王様になった。
「図られた!」
「じゃんけんに図ったも図らないも関係ないよ」
くふふと美虹がほくそ笑むと、
「じゃあね、菊瑠ちゃんの隣に満夜くん座って」
「なんで、オレがこのようなことを……」
ぶつくさ言いながら、満夜が言うとおりに座る。美虹、菊瑠、満夜、凜理、八橋、鵺の順に椅子に座った。
次に勝った八橋が鵺を抱っこしたが、やはりかみ続けられて古傷が開いたようだ。
どうも勝つ順で鵺がくるくると勝者の膝に移動することが続き、鵺もくたびれたのかぐったりとぬいぐるみのように脱力し始めた。
「次が最後にしよう」
美虹がそう言うと全員でじゃんけんし、言い出しっぺの美虹が勝った。
「どうしようかな」
満夜は犠牲になったのが鵺で、すっかり安心していた。
「じゃあね、菊瑠ちゃんが満夜くんのほっぺにキスすることー」
「げっ!」
満夜がうろたえたように声を上げた。
「キスですか? はーい」
「白山くん! 好きでもない男にキスをすると非常に後悔するハメになるぞ!」
「でも、芦屋先輩。これはゲームですから、キスしてもしなかったことになるんです」
「しかしだな!」
「満夜、照れてる。珍し光景やな。珍百景や」
「凜理も面白がるな!」
そう言いつつも逃げることもせず、満夜は菊瑠にチュッとキスされた。
「ふぬううう」
ゆでだこのように赤くなった満夜がもじもじしている。
「おなごに口づけされただけで骨抜きになるなどていもない」
鵺に馬鹿にされて、満夜は鋭い眼力で鵺をにらみつける。
「王様ゲームでオレが一度も勝てず、このていたらくをさらしたのは、皆を楽しませるためだ!」
「じゃあ、満夜が勝ったらどないしたん」
「きまっているだろう! オカルト談義を始めるのだ」
「もう十二時だよ。ずいぶん長いこと遊んでたね」
八橋が腕時計を眺めて告げた。
そろそろみんな机や椅子をどけて寝袋を床に敷き始めた。
教室の電気を消すと一気に辺りは闇に包まれて、持ち込んだ懐中電灯が心許ない感じで教室を照らし出す。
「そういえば、八橋先生。この大学の謎はその走ってくる集団幽霊だけなのか?」
「うーん……卒論を苦にした学生が何度も飛び降りる学部棟とかはあるけど、大概は山の中の不思議な話が多いね」
「山?」
「何度も飛び降りる幽霊も充分怖いんやけど」
「今は山のことが知りたい。山とはこの裏手の山か」
「そうだよ。裏手というか、何度も言うけど山の中腹にこの大学を建ててるから、この大学も山の中と言えるね」
「それで、何が起こるのだ」
「むやみに山に入ると行方不明になるとはいうね。昔でいうと神隠しかな。でも、そういう噂が立つようになったのは戦後まもなくだよ」
「戦後まもなく……それまでは何もなかったのか?」
「さぁ? そこまではわからないな。この話は
ようやく八橋の高速から抜け出した鵺が、ふうっとため息をつきながら、満夜の肩に乗った。
「杣人ってなんですか?」
「杣人というのは昔風にいうと木こりのことだね。山の木々の管理や伐採に従事する人たちのことだよ。現在は森林組合が管理してるけどね」
「やはり、行方不明になることと関係しているのか」
「そうらしいよ。なんでも灰色の鬼が出るらしい。その鬼に見つかると連れ去られてしまうから、夜の山は恐ろしいといってたよ」
「灰色の鬼……」
「赤でも青でもないんだね」
「凜理、赤や青という鬼は存在しない。それは死体をさしていう言葉だ」
「ええ!? 死体のことやったん?」
「中国では鬼とは幽霊のことだ。日本に渡った直後は鬼も幽霊のことを指していただろうが、日本では妖怪の類いに分類されるようになっただけだ。多分、鬼に相当すると思われる存在が日本の各地にいたからだ。有名のところで大江山の酒呑童子などがそうだ」
「そうなんやぁ」
「じゃあ、この山にも酒呑童子みたいなのがいるんでしょうか?」
「そういうのがいたら、まずボクたちが調査することになると思うよ? あくまで、この話は杣人の噂に過ぎないんだよ」
「じゃあ、行方不明者はもう出てないんですか?」
「うーん、実はそうでもないんだ。山菜採りに出かけた人がそのまま帰ってこなかったなんて事例はたくさんある。ただ、クマに襲われたか崖から滑落して死体が見つかってないかって言われてるよ。だからこの山のことを地元の人はいらず山って呼んでるらしいね」
「入ってはならない山ということか……」
「でもしっかり大学ができてるけどね」
平坂大学に通う美虹が明るい調子で付け加えた。
「他には心霊オカルト方面の謎はないのか?」
「特にないなぁ」
「こんなに不気味な学部棟なのに、怖い話が一つだけって珍しなぁ」
「確かにこの学部棟くらいし不気味なんだけど、山に面してて湿気が多いし、山陰になってるから薄暗いだけなんだよね」
「現実的な問題点を我々は心霊と結びつけていただけなのか。ロマンがない」
そうこうしているうちにどんどん夜は更けていき、とうとう二時になった。
「時間だ。寝袋で寝てる場合じゃない。みんな起きて待機しろ」
真っ先に窓側に満夜が立ちはだかった。その横に凜理も並ぶ。
やはり不気味なガラス窓の向こうにわだかまる森の闇が怖いのか、その後ろに菊瑠と美虹が肩を寄せ合った。
唯一の大人である八橋は悠々自適に最後部で椅子に座って事態を見ている。
時間はそうしている間にも刻一刻と過ぎていく。
そうやって息を殺し、十分ほど待ち続けていると、どこからともなく「わーっ」と言う歓声なのか悲鳴なのか、判断が付かない声が聞こえてきた。
「来たぞ!」
満夜は腰を下ろして身を構えた。ポケットに入れた銅鏡が赤く熱を発し始めた。
「む? 銅鏡が……?」
嫌な予感を覚えて、満夜はポケットから銅鏡を取りだした。まるで鵺を封じていた頃、千本鳥居で見たときと同じだった。
真っ赤に輝く銅鏡を握りしめ鏡面を見つめてから、窓ガラスの向こうの闇をきっと睨んだ。
「こちらに来るぞ!」
鵺も満夜の肩に掴まり、声を押し殺した。
音もなく、何か白い塊が山の斜面を下りてくる。
次第にその細部が見え始める。
それは人だった。数え切れないほどの人々が、何かに追われるようにしてこちらに向かってくるではないか!
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