第6話

 鵺がぴょんと菊瑠の腕から飛び降りて、日陰になっている床下に潜り込んだ。


「あいつも先に入ったぞ。オレたちも続こう」


 ためらいなく横木を踏み越え、床下へ体をかがませて入り込んだ。三人も慌ててそれに付いていく。


「こっちだ」


 満夜が床下を突き進むと、ちょうど配電の真ん中辺りで立ち止まり、床下に当たる部分を見上げた。


「ぬぅ。子供の頃に見たきりだが、塞がれていなければここを外すことができるはずだ」


 そう言って、手で床下の板を押し上げた。

 ガタガタと何度か揺すると、ギッと何かきしむ音がして板が外れた!


「ふはははは! 見てみろ。簡単に開いたぞ。これは中に入って真実を見極めろという神の采配なのだ」

「ただの不法侵入や。見つかったら、怒られるだけじゃすまへんで」


 凜理は優等生らしく満夜を引き留めたが、満夜は連れなく自分の服を引っ張る凜理の手を払った。


「オレは行くぞ。九頭龍神社の神器をしかとこの目で確かめて、自分が導き出した答えであっているか知りたいのだ! この偉大なる究明を誰にも止めることなどできはせん!」


 と言っている間に、板の隙間から鵺がよじ登って入っていった。蛇の尾っぽがシュルリと暗い内部に吸い込まれていく。


「ぬぅ、鵺が先頭切ってしまったではないか。まぁ、謎究明のためだ、順番など問題ではない」


そう達ってがコンと板を外し、横へずらすと、猿のように中へ入ってしまった。暗闇から、当たり前だが、「暗いぞ!」という声が響いてくる。

 凜理はぴょんと床に手を掛けて這い上がり、姉妹に手を貸して引っ張り上げた。

 その頃には満夜はリュックから懐中電灯を取り出して、内部を照らしていた。


「祭壇が閉じられている……」

「特別なとき、ご祈祷とかそういうときやないと、扉は閉めとるもんやで」

「ふむ」

「神気が感じられん……」


 鵺が祭壇に飛び乗って鼻をくんかくんかさせる。


「神気は匂いなのか? そうなのか!?」


 やけに満夜が興奮して鵺に訊ねた。


「神気は全身で感じるものだ。心地よく研ぎ澄まされた気配のときもあるが、この拝殿内にはそういったものはないな」

「匂いでわかるものではないのか……しかし、キサマの言うとおり、オレの冴えきった第六感も同じことをオレに伝えてくる」

「やっぱり、白水川を暗渠にしたせい?」

「凜理、答えを出すのは早急すぎる。これはもっと複雑な理由があるのではないか? 例えば……!」


 そう言い様、満夜が躊躇なく祭壇の観音開きの扉を開いた。


「おお!」


 その途端、満夜の口から驚きの声が漏れた。


「どうしたんですか!?」


 満夜たちの後ろで不安そうにしていた菊瑠が声を上げた。


「なんということだ!」


 満夜の肩越しから凜理が中を覗く。


「どれどれ?」


 美虹もやってきて、凜理と並んで中を覗いた。


「なんと言うことだ!」

「これ、どういうことやの?」

「あらあら!」




「「「ご神鏡がないっ!!」」」




 三人が口々にそう言い、満夜は扉を全開した。

 背後で不安そうにしていた菊瑠も慌てて駆け寄ってきて、祭壇の扉の中を覗いて目を丸くした。


「本当ですね……」

「神気が感じられんのはこのせいなのか!?」

「神気は元々ここにはないぞ」

「でも普通ご神鏡を飾らん?」

「なぜ、ご神鏡がないのだ……まてよ? オレはこの九頭龍神社に鵺の封印された体の一部があると考えた。もしもいざなぎ神社と同じことがおこなわれていたとしたら……!?」

「同じこと?」

「場所を移されてしまったということだ」

「移すってどこにやん」

「少なくともここ以外のどこかだ。これは……また一から考えねばならんかもしれん」


 満夜が眉を寄せて、顎を撫でた。


「あのー……」


 後ろから不安そうな声音で、菊瑠が声を掛けてきた。


「なんだね、白山くん」

「わたし、ご神鏡がどこへ移されたか知ってるかもしれません」


 横から美虹が口を挟む。


「まぁ、菊瑠ちゃん、言っちゃうの?」

「だって、お姉ちゃん。こんなこといつまでも黙ってたらいけないよ。お姉ちゃんだって本当はそう思ってるんでしょ?」

「そうねぇ。いつかばれちゃうことだし……そうなったらお母さん犯罪者ね」

「そんなこと言わないで、お姉ちゃん」


 姉妹が言い争っているのを見ながら、まるで気にしない様子で満夜が言った。


「それは君たちの母ちゃんが持ってきたというご神鏡の話か」

「な、なんで知ってるんですか!?」


 菊瑠が顔を青くして叫んだ。


「誰にも言ってないんですよ!」

「あらあらまぁまぁ、菊瑠ちゃん、あたしたち、この子たちの前で話したよ? お母さんが普通の人になった原因の話」

「そうだっけ?」


 姉妹がてへへと笑い合っているのを見ていた満夜が、仏頂面で告げる。


「では行くとしようか」

「そうだな、行かねばなるまい」


 鵺が再び、満夜の肩に飛び乗った。


「行くてどこに?」

「いざなみ教本拠地にだ!」


 すると、姉妹が残念そうな目つきで満夜を見た。


「やっぱり行くんですかぁ?」

「お母さん、死守すると思うよ」

「行かねばなるまい! 本来、そのご神鏡はいざなみ教のものではないのだ。この九頭龍神社にあってこそのご神鏡ではないか!」

「ちょい待ち……あんた、さっき手に入れるのだ、大儀のためだっていってたやないの」

「借りるだけだ。盗むつもりはない。いずれ返す——が! いざなみ教教祖龍神王は返すつもりはないだろうな!」

「確かになさそうねぇ。あれでそれらしく見せてるし」


 美虹が白いほっぺたに人差し指を当てて首をかしげた。


「行くぞ! ここにはもう用はない」


 凜理はこの先待ち受けている事態を考えると、今から頭を抱えてしまいそうだった。それなのに、満夜は依然として自信たっぷりに懐中電灯を天井に向けて掲げてポーズを決めている。

 一拍おき、やっぱりいきなり満夜は床の穴から外へ飛び降りた。


「何をグズグズしている!」

「満夜みたいに簡単に飛び降りれんのやから、せかさんといて!」


 女子三人はスカートがめくれないよう苦労しながら外へ出て、凜理が板を元に戻した。


「ではご神鏡を取り戻しに行くか!」

「やっぱり行くのん……」


 嫌そうに凜理がぼやく。


「今日はやめておきましょうよぉ」

「今から行ったらご祈祷最中に乗り込むことになるわねぇ」

「ふむ……それもそうだな。では、明日乗り込むとするか! 美虹くん、祈祷をしない時間帯はあるのか!?」

「お昼ご飯中かな?」

「ではその時間に、白山くん宅に集まるように!」

「おー」


 姉妹と一緒にイヤイヤ凜理は拳を上げたのだった。

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