第三段階

 ユッキーさんが言っていた第二段階の魔王への災厄の呪いでの巻き添え大事故のニュースは今のところないようです。でも、気になりだしたら気になるもので、よくある交通事故のニュースでさえ、災厄の呪いに関連した巻き添え事故じゃないかと心を痛めています。


「ミサキちゃん、第三段階に行くよ」

「なにするのですか」

「ちょっと面倒なんやけど、ユッキーどう」

「もうちょっと待って、コトリがえらい複雑なことしてるから、こうやって、ああやって、もう少しかかるわ」

「コトリ専務、なにをするつもりですか」


 コトリ専務は頭をかきながら、


「ちょっと段取り悪いんやけど、災厄の呪いの付け替え。ユッキーに代わってもらうの」

「タッチ交代ですか」

「イイや、二人がかりでやる」


 ぎょぇぇぇ、まだこの上にさらなる災厄を、


「イイわよ、コトリ」

「ほな、いくで」


 コトリ専務が真剣な顔をしています。


「コトリ、完璧じゃない」

「クソエロ魔王の奴、動く元気も無くなってるみたいや」


 具体的に何をしたのか聞いてみたのですが、


「そうやなあ、フックを懸けた感じかな」

「フックですか?」

「今回は神相手やからどうなるかと思たけど。上手いこといったわ」


 聞いてみるとフックと言うより、巨大な釣り針で串刺しにしたようなイメージです。この釣り針には巨大な返しが付いていて、刺さると二度と抜けない感じでしょうか。コトリ専務によると、人の中にいる魔王にも突き刺さるように狙い、上手く刺さったってところのようです。


「これでクソエロ魔王も終りやろ」

「そうね、これでまだ頑張るんだったら決闘ね」

「そやな、正々堂々、二対一でタイマン張ったる」


 正々堂々の言葉の使い方が間違ってるような。だって、だって、さんざん陰湿で陰険な手段で弱るだけ弱らせといて、最後も二人がかりってどうなの。そこにコトリ専務がすっごく厳しい顔で、


「ミサキちゃん、ずるいと思てるやろ」

「いや、その・・・」

「あのね、実際の戦争ってこんなもんやねん。とにかくどんな手段を使っても勝ったもの勝ちの世界で、妙に正義感ぶって、フェアプレーで真っ向勝負して負けたらアホって言われるだけなのよ。これはね、負けるってことがどれだけ悲惨な事態を招くかの裏返しなのよ」


 そうだった。これはスポーツじゃないんだ、殺し合いであり戦争なんだ。


「勝つための作戦で味方を犠牲にせざるを得ない事も当たり前の世界なのよ。絶対に負けられない世界で三千年もやってたからね」


 弱肉強食の世界でさして強くもない国を率いるってこういうことかも、


「とくにアングマール戦は凄惨だった。前にはあっさり話したけど、百回どころでないぐらい戦ってるのよ。クソエロ魔王の統制法は恐怖政治だったから、落とされた都市の住民はどんな目にあったことか・・・」


 コトリ専務はぐっと詰まってしまいました。ユッキーさんが後を引き受けるように。


「聞きたくないだろうけど教えておくよ、まずは普通の場合ね。少しでも抵抗したり、気に入らない者は皆殺し。女子どもでも何の容赦もないのよ。そこで殺されなかった女は兵士が飽きるまで弄りつづけられるわ。幼女だって襲う奴はいくらでもいたし、男が趣味の奴は少年を襲いまくってた。その最中に殺されるのも多かった。そうやって、やっと生き延びた者は奴隷として叩き売られるってぐらい」


 ミサキの頭の中には地獄絵図が浮かんでいます。負けるとそうなるからこそ、絶対に勝たないといけない世界なんだ。


「クソエロ魔王の場合は、時と場合によるけど、皆殺しが多かった。とくに激しく抵抗した都市ほどそうだった。それもね、とにかく悪趣味だから支配階級の女だけは殺さないの」

「殺さないのが悪趣味?」

「だから、クソエロ魔王が抱くのよ。干からびた老婆みたいにされたのをわざと逃がして、クソエロ魔王の恐怖を伝播させるわけよ」


 震えているミサキがいます。


「クソエロ魔王に戦わずして降伏した都市だって悲惨な目にあっていた」

「降伏したんでしょう」

「クソエロ魔王の場合は、同盟と言う考えがなかったから、すべて隷属国扱い。国ごと奴隷みたいなものかな。莫大な上納金を毎年のように支払わされ、戦争には根こそぎ動員されてた。人身御供の女もゴッソリ。これもクソエロ魔王の餌食になるんだけど、あまりの酷さに抵抗すれば皆殺し」


 もう言葉が・・・


「まあ、やり過ぎてたのは確実にあるわ。クソエロ魔王は途中まで連戦連勝だったし、最悪の時にはエレギオン同盟の残っていた都市全部が一斉に包囲され締め上げられた時も長かった。でもね、結局のところエレギオンが落ちなかったのは、クソエロ魔王のあまりの恐怖に必死だったのもあるのよね」


 やっと言葉が出るようになったコトリ専務が、


「例の交渉で一撃かまして反攻に移ったんやけど、とにかく人口がガタ減りでね。クソエロ魔王の支配都市を奪還しても廃墟みたいだった。エレギオンも負けてたら確実にああなってた。コトリは形としては解放軍みたいなもののはずやったけど、誰も歓呼の声なんてあげなかったよ。わずかに生き残っていた幽鬼みたいな連中に恨めしそうに睨まれただけ」


 なんと悲惨な、


「その幽鬼みたいな連中もたぶん全部殺されたと思うよ。反攻に移った言うても、そんなに颯爽としたものじゃなくて、押し合いへし合いしながら、段々に押し返して行った状態やから、奪ったり奪われたり状態になってたの」

「奪われたら」

「そう皆殺し。これはアングマールが劣勢になるほどそうなってた。戦術的撤退の時でも皆殺しやらかすから、アングマール戦争が終わった頃には、あの地域の人口は戦争前の二割以下になってたと思うよ」

「そこまで」

「コトリとユッキーがクソエロ魔王戦にここまでやるのは、主女神の娘の恨みだけではないの。アングマール戦争で恨みを呑んで殺された人々の思いもあるの。当時の戦争だから綺麗ごとでは済まないけど、クソエロ魔王のやり方は当時でも別格過ぎたのよ。今から思えば、あれだけ殺しまくって、その後、どうするつもりだったのかは謎だけどね」


 聞くのが怖いけど、


「エレギオン軍はやらなかったですよね」


 コトリ専務とユッキーさんは顔を見合わせて、


「ミサキちゃんはイイ子よ。たぶん悪のアングマール軍 VS 正義のエレギオン軍ぐらいを思い浮かべてると思うけど、そんなもんであるはずないやんか」

「じゃあ、エレギオン軍も・・・」

「だから、さっきユッキーが説明してたでしょ『普通』の場合って。勝った後の略奪や暴行はそれは悲惨な光景だけど、兵士が戦う理由の一つは、それが楽しみなのよ。それを取り上げたら、誰も戦ってくれないんだよ」

「コトリ専務が率いてもですか」

「はははは、いくらコトリだってエレギオン軍全員を満足させることなんて出来ないよ。殺すのは少々ぐらいはセーブさせたけど、あくまでも少々ぐらいよ。だから外征軍はコトリが率いたのよ」


 そういえばコトリ専務もユッキーさんも侵略戦争は趣味じゃないって言ってました。これはこういう事態を指揮官として見なければならないのも含まれているのだとわかった気がします。


「アングマール戦争ではコトリも学ばされたわ。とにかく全面戦争だから、少しでも手を抜いたり、油断したら確実にやられるのよ。逆に相手が少しでも弱味を見せたら、トコトンこれを付けこまないといけないの。躊躇ったり、迷ったりしたら悲惨な敗北に直結するの。アングマール軍はクソエロ魔王も強かったけど、部下も強かったのよ」


 だからあれだけ仕事でも即断即決が出来るんだ。では今の状況は、


「クソエロ魔王は油断してた。安易な作戦を展開して失敗して弱味を見せてしまったの。コトリとユッキーはこれに付けこんで、ここまでやっと追い詰めたの。勝てる時には全力挙げても勝ち切らないといけないの。ここで取り逃がしたら、今度はどうなるかわからないからね」


 これだけ厳しい顔のコトリ専務を初めて見る気がします。エレギオンの外征軍を率いる時はきっとこんな感じだったのだと思います。一国の興廃をかけた指揮官が微笑んで人気者やってただけでは勝てるはずがありません。


「でもね、ミサキちゃん、コトリもユッキーも好きじゃないの。エレギオンが滅んでシチリアに移住した時には、そりゃ、大変だったけど、戦争の指揮だけは取らずに済みそうだったから、ユッキーと二人でコッソリだけど祝杯あげてたの。だから今度こそ終りにする。三千五百年来の因縁をここで必ず終わらせてみせるわ。心配しないで、次座の女神の、


『永遠に苦しむべし』


 これは神だって耐えられるものじゃないはずよ」


 ユッキーさんが、


「たぶんこの災厄の呪いも最後になるはず。あの時に取り逃がした後悔をここで完全に終わりにして見せる」


 どちらかと言わなくとも冷静そうなユッキーさんでさえ、その闘志がメラメラと燃え上がっているのがヒシヒシと感じました。こうやってお二人はエレギオン国民を何千年も背負い続けていたことも。

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