休日

 シノブ常務ところとは家族ぐるみでお付き合いさせて頂いています。ですから子ども同士もとっても仲良しですし、お互いの家で遊ぶのを楽しみにしています。お互いの家に招きあっているのですが、ここのところはミサキの家が多くなっています。これは家が庭付き一戸建てで、なおかつ結構広くて立派な家だからです。

 これはマルコが招聘された時に会社が用意してくれたものですが、子どもたちも遊べるぐらいの庭がある家の方がやはり楽しいようです。マンションじゃ、子どもが走り回った足音だけでウルサイひとはウルサイですからね。

 今日はシノブ常務の上の息子さんの誕生日でもあるので、いつも以上に盛り上がっています。定番のケーキのロウソクを吹き消したり、プレゼントをもらったりで大満悦の様子です。シノブ常務のところの息子さんも立派になられたものです。マルコなんて、


「もしサラが欲しいと言われたら悩む」


 これこれ、サラはまだ小学生ですよ。先のことはわかりませんが、ひょっとしたら、ひょっとするかもなんて思ってしまうこの頃です。そうそう佐竹本部長も、マルコも子どもと遊ぶとなると本当に真剣に遊ばれます。マルコなんて今でも一日中遊んでいても飽き足りないぐらいです。ただ、子どものパワーは年々上がるのですが、親の方が年々衰えるので、いつまで続くことやらです。そんな子どもたちが遊ぶ姿を見ながらシノブ常務と話していましたが、どうしても話題はコトリ専務のことになります。


「ミサキちゃん、コトリ先輩が最後の時間を過ごした時に、山本先生のところとマスターのところに顔を出した意味を少し考えてみたの」

「やっぱり、お別れでしょう」

「もちろん、そうなんだけど、あれは人としての小島知江のお別れだったんじゃないかと思うの」


 なるほど、言われてみればです。コトリ専務は記憶もそのままに次の宿主に宿り再生されます。しかし、その事を知らない人間にとっては裏も表もない小島知江の死になります。バーのマスターにも会ってはいますが、本当に最後の最後にお別れをしたかったのは、


「やはり山本先生に最後のお別れをされに行かれた」

「たぶん。だって、山本先生の方が先で、バーが後でしょ。そして最後に飲んでおられたのはあのチェリーブロッサム」


 改めてしんみりしています。結ばれれば不幸になるカギが掛った状態でお二人が出会われた事が残念でなりません。婚約まで進んでいたお二人の関係が壊れてしまったのは、ほんの些細な行き違いに過ぎません。そんな些細な出来事で壊れてしまったのは、呪いのカギのせいだとしか思えないのです。

 これは余りにも切ない話だったのでシノブ常務にも話していないのですが、花時計の前で発見された時にコトリ専務は右手にしっかりと指輪を握り締めていたそうなんです。それは山本先生から贈られた婚約指輪で間違いないと思います。きっとコトリ専務は倒れられてから死ぬまで、山本先生との思い出に浸っていたんじゃないかと思ってます。それこそ誰にも邪魔されずに最後の時間をそうやって過ごしたかったのではないかと・・・


「それでさぁ、ミサキちゃん」


 シノブ常務の声に呼び戻されました。


「やっぱりコトリ先輩は私たちに再会するつもりだったんだよ。だから何のメッセージも残さなかったんだと思う」

「でも三年もかかりましたよ」

「違うよ、たったの三年なんだ。時間感覚の桁が二桁違う人なのよ」


 ミサキだって負けてるつもりはありませんが、シノブ常務がコトリ専務を慕う気持ちは痛切なほどです。今にも抱き付かないとハラハラするぐらいです。そのためか、あの最後の年だけではなく、ユダ騒動が起こってから、いやそれ以前からも含めて猛烈に後悔されています。

 あの時期は子どもが小さかったので、誰だって子ども優先になります。ミサキだってそうです。話題だって子どもが中心になるし、独身時代のように気軽に夜のお付き合いもできず、独身のコトリ専務と過ごす時間がどうしたって短くなります。コトリ専務が亡くなってからしばらくシノブ常務は、


『コトリ先輩は死期がわかっていたのよ。それも、あの年じゃない、ずっと前からわかってたんだ。だから、私たちと過ごす時間を、すっごく、すっごく大事されていたんだ。それなのに、それなのに、私はその時間を無駄に過ごしてしまった・・・』


 こうやって泣きじゃくられるのを慰めるのが大変でした。ミサキだって後悔していますが、あたり構わず先に泣き散らされたら慰め役に回らざるを得なかったのです。これは今だって程度が少し軽くなった程度で続いています。


「ミサキちゃん、私は決めたわ」

「何をですか」

「もう待たない。もう一分一秒だって待てない。二度と時間を無駄に過ごしたくない。あんな思いをするのは一度きりで十分よ。コトリ先輩に甦ってもらう」

「でもコトリ専務もなにかお考えがあるのじゃ。なにかのタイミングを待っておられるとか」


 シノブ常務の顔が怒っています。それも半端ないぐらいです。


「コトリ先輩は誰になろうとコトリ先輩なのよ。ミサキちゃんはそうじゃないの。コトリ先輩を部下としてコキ使うのがそんなに嬉しいの、楽しいの、気持ちイイの」


 これはダメだ。シノブ常務がランランと輝いている。こうなってしまったシノブ常務を止めるのは至難の業になります。とはいえ、このまま話を終わってしまって、シノブ常務を帰してしまえば、それこそ明日は一直線にコトリ専務にカミングアウトを迫られると思います。シノブ常務は正しいと判断されれば脇目もふらずに突き進んでしまわれるからです。こうなればミサキも腹を括るしかありません。


「シノブ常務のお気持ちはわかりますし、ミサキも同じ意見です。私たちはエレギオンの女神を宿すものであり、人としての年齢とは関係なく次座の女神を立てなければなりません。ですから、まずわたしたちで確認しましょう」


 ミサキの提案は、会社の中でいきなりではなく、女神たちのなかでまず次座の女神であることを明かしてもらおうです。シノブ常務は、


『そんなまどっろこしい』


 そりゃ、ゴネにゴネられました。とにかく、ああなった状態のシノブ常務相手ですから、そりゃ、もう大変。それこそミサキの癒しの女神の全能力を注ぎ込んだぐらいの説得になりました。その甲斐あって、やっとのことで了解してもらいました。セッティングはミサキの担当することにしました。なんといっても現在の直接の上司ですし。

 シノブ常務は不承不承でも納得はしてくれましたが、ミサキの提案もかなりの難題なのです。とにかくコトリ専務というか、立花さんは飲みに誘っても乗ってくれないのです。飲めない訳ではありませんし、同期の仲間内とは飲みに行くこともあるようですが、ミサキの誘いはそれこそ見事な遁辞を構えて逃げられてしまいます。

 それがあったのでシノブ常務にタイミングを待とうと言ったのもあったのですが、ああなってしまったのでは致し方ありません。しっかし、どうやって誘い出そうかな。これも早くしないとシノブ常務が暴走してしまう可能性も十分あります。というか、明日にも突撃しかねません。どうにも妙な形でミサキは追い込まれてしまったようです。

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