第46話:バーズ村

 ホロンの水場の堰を精霊たちにお願いして壊したことで、聖地グレンイリスは息を吹き返した。この辺りにはもうすでにピースリリーもアロエも配給されて植栽されていたので、タバラッカなどの魔獣も凶暴化せずに済んでいたのだ。


 それだけでも、村人はクルトやミヤコをすでに受け入れていたのだが、今回のことでミヤコはますます愛し子様、聖女様と重宝がられた。バーズの村の人々はまさか投渡堰ダムが原因で聖地が荒れたなどとは思ってもおらず、しかもその所為で魔獣が集まって来ていた事すら考えてなく、恐縮した様子だった。


「結界があることが当然になって、自然と共に生きるという観念が完全に抜け落ちていたんだ」

「人間にとって必要なものは当然、他の生き物に取っても必要だったのにね」

「そんな当たり前のことを考える暇もないほど切羽詰っていたんだよ、この数十年」


 クルトたちが川から水を引いて井戸を作ればいいと提案をし、村にいた若い連中と戦士たちが力を合わせて井戸を作っている間、ミヤコは村の女性たちと持ってきた薬草の種を蒔いたり、使い方や効能などを説明した。


 バーズの村では木の実を主食にしており、ミヤコの知らなかった木の実や根野菜も貰いバックパックに詰め込んだ。討伐したタバラッカは全身が素材のようなもので、針金のような短い毛や皮から血や腸まで綺麗に解体され村人は久しぶりの大仕事に笑顔でこなしていった。


 ミヤも皮をなめす女達を手伝っていた。


「タバラッカは狩り過ぎたなんて事はないですよね?」

「まあ、あれだけのタバラッカが押し寄せてきたのは初めてだけど、古株のものばかりだったから心配ないわ」

「古株?」

「襲ってきたのはもう繁殖能力のないのばかりだったのよ。産卵期だから番のタバラッカはどこかで地中に穴を掘ってるところね」

「タバラッカは番になると3ヶ月は穴から出てこないのよ。卵が孵化してある程度の大きさになったら外に出てくるのだけど、タバラッカのオスは一生に一度だけ生殖できるの。それが済んだらお払い箱」

「わあ。厳しいですねえ」

「卵の数が半端じゃないからねえ。1匹のメスが300個くらい卵を産んで、うまくいけば30匹から50匹くらい孵るから」

「そんなに?!」

「そう、だからタバラッカの近くにはいつもレッドボアとかスネークアローがワンサカいるのよ」

「成獣になるのは20匹くらいかしらね」

「問題だったのは、水不足でスネークアローが減ったことね」

「そうそう。卵の天敵がいなくなって、おそらく50匹どころじゃない数の卵が孵ったのよ」

「ああ、そうか。だからあんなにタバラッカがいたのね」

「そのせいで幼獣を狙うレッドボアも増えて、今回のこの騒動」

「ミヤさん達が水場の堰を崩してくれて、結果的にはよかったわ」


 なるほど、自然の摂理がこんなところで動くわけだ。結界が壊れてから、無理に留められていた自然の摂理が動き出した。水が流れ出して生も動き出す。緑が育ち、森ができればきっと野生動物も帰ってくる。


「魔獣というのは野生動物が瘴気を吸って魔獣になるのかな」

「魔獣として生まれ落ちたものは瘴気がなくても魔獣だよ」


 ぼそりと誰にとでもなく呟いたミヤコに答えたのはクルトだった。


「この世界には元々、人間と動物、獣人と魔獣、精霊と妖精が共存していたんだ。僕が生まれた時には精霊と妖精の姿は見られなかったけどね」

「ひいひいおじいちゃん辺りは妖精王と話したってオババがいってたかなぁ、そういえば」

「精霊の愛し子がいるんなら、当然精霊はいるんだろうし、きっと妖精もいるんだろうな」

「獣人は絶滅したって聞いたよ?よその国ならいるかもね」


 村人達がそんなことを言った。


 ミヤコが精霊と妖精が違うと知ったのはつい最近のことだ。今更ながらファンタジーだな、と思いつつも一度お目にかかりたいものだとも思う。ティンカーベルみたいな小さいものなのだろうか。それともエルフのように等身大なのだろうか。


「ドワーフとかエルフとかそういう種族はいないんですか?」

「ん?聞いたことない種族だね」


 そうなんだ。


「おう、嬢ちゃん。手が空いたんならちょっと話があるんだけどな」


 振り向くとどうやら水路を作り終えたアイザックが泥だらけの姿で立っていた。


「あ、はい」

「アイザック、その前に水浴びをしたらどうだ?今夜はここに泊まる予定だ。食事でもしながら話をしよう」

「おう、それでもいいけどよ。その、なんだ。昼飯に食べたアレまだあるか?」

「あ、カレーライス、じゃなくてハクラ…。ええと、カレーはもうないので別なもの作りましょう」

「そうか。それじゃ、俺ぁシャワー浴びてくるよ。楽しみにしてるぜ」


 アイザックはにかっと笑顔を見せて、去って行った。カレーは万人の味。きっと気に入ったのだろう。


「タバラッカはレッドボアよりうまいんだよ。今日は素材も新鮮だし」

「ふふ。じゃあ夕飯はタバラッカを使って作りましょうか」


 ***


 タバラッカは白身の肉だった。


 サイのような動物なのに鶏肉に近いのか。いやでも、卵を産むって言ったから爬虫類になるのかな。ということはワニの肉に近いのかな?ああ、なんかすごくワインが飲みたい気分。ワインは持ってこなかったんだよなあ。


 タバラッカの肉をさばいていたルノーさんたちは尻尾の部分を石造りのグリルで丸焼きにしているところだった。豪快な戦士たちはこうやって丸焼きにしたものを、それぞれの短剣でざっくり削りながら食べていくのが主流だそうで。まるで豚の丸焼きのようなワイルドな調理法だった。試しにちょっと食べてみたが、割と淡白でお決まりの「ちょっと脂っこい鶏肉」のようだと思った。


 ミヤコは腹肉の塊をもらったので、それを生姜醤油に漬け込んでおいて、ピタパンを作ることにした。小麦粉ではないがコーンに似た野菜モッコロを粉末にしたものを丸めて蒸すというバーズの郷土料理のレシピをもらい、それを応用したのだ。野生のカンバも川の周辺に生えていたのでみじん切りにして軽く茹でしんなりさせておく。オレンジピールを持ってきていたので、味付けにカンバに混ぜてサラダを作った。味付けしておいたタバラッカを釜に入れてローストにすること1時間。


 アイザックは何度もミヤコにまだかまだかと催促に来たが、最終的にミヤコの横に居座りバーズでよく飲むという酒を持ってきた。


「うっ!キッツ!」

「ははは、嬢ちゃんにはさすがにこれは無理か!」


 猿酒か!


 木のうろで出来た野生の酒だ。鼻に近づいただけでツーンとくるアルコールの匂い。


「死にます。普通には飲めませんね」

「ミヤ、これにマロッカミルクを入れれば飲みやすくなるよ」

「クルトさん…まさかマロッカミルク酒はこれベース?」

「正確には違うけど、まぁ似たようなものさ」


 出来上がったタバラッカのローストはほろほろと崩れて生姜醤油の肉時汁が食欲をそそった。

 焼きあがったピタパンにカンバのオレンジピールサラダとロースト肉を詰めて肉汁をかけると一つづつ戦士たちに手渡していく。

 村人もその行列に並び山のようにあったタバラッカのローストはあっという間に品切れになった。


 村人たちにレシピを聞かれたがクルトがそれを遮り、これは緑の砦スペシャルだからと素晴らしい笑顔で断りを入れていた。


「商売人ですね、クルトさん」

「当たり前だ。ミヤの秘伝レシピだからね」


 ふふふと腹黒く笑うクルトの二面性を見たような気になるミヤコだった。


「ミヤさん、お風呂一緒にどうだい?」


 お腹が膨れたところで、村の女たちが数人温泉に行くとミヤコを誘った。


「えっ!温泉があるの?」

「ああ、女だけが入れる湯があるんだよ」

「うわあ。行きます、行きます!」


 1時間ぐらいで戻りますとクルトに告げ、クルトはひらひらと手を振って「アイザックにはそれまで素面でいてもらえるように注意するよ」と笑って言った。


 村はずれにある小高い山に薬湯が湧いて出ているらしい。岩だらけの場所なのだが、底に足が着かないほどの窪みがありぽこぽこと鉱泉が湧き出ている。その底に生えているのが薬草らしい。40度ほどのお湯でも育つ薬草ってどんなだろうと不思議に思いつつもミヤコは女たちと温泉に向かった。


 効能は肌がつるつるになる、冷え性が治る、子宝に恵まれる、といった漢方的なものから怪しげなものまで女たちが言うが、つまるところ「男たちには入らせない湯」なのだそうだ。女人の聖域で、ここに足を運んだ男達は村にいられなくなったり、生殖本能がなくなったりするというちょっと恐ろしい昔話が残っていた。


「ミヤさんはもっと肉をつけなきゃだめよね」

「まだ成長期?」

「討伐隊員と渡り歩くならもっとも大きくならないと」


 ええ?


 いや、あの。25歳ですから成長期ではなくてですね。ここって、みなさん出っ張ってますよね、ええ、お湯に浮かぶほどってどうなんですか。メロンはまだしもスイカサイズって。肩こりませんか。討伐隊と渡り歩いてるわけでもないんですが。なんで胸が必要になるんでしょうか。


「あら、もうハルクルトさんとお熱いのでしょ」

「ええ?ち、違いますよ」

「違うの?でも彼の色のショールをつけてるじゃない」

「彼の色?」

「この国で自分色のショールを送るのは生涯の約束をした人にだけなのよ」

「ええ!?」

「あら、やだ。知らなかったの?」

「奥手だと思ったら、やだわ。彼ヘタレ?」


 ちょっと待ってーー!なにそれ、なにそれ?


「じゃあ、あれかしら、ミヤさんは全然ハルクルトさんの事…」

「えっ。えっと、あの、」

「じゃあアタシ、アタックしようかしら!」


 焦るミヤコの後ろから若い女の声が響いた。クリクリした大きな瞳の栗色の髪をした女の子。ぷっかり浮んだ双方の胸に目が止まった。


 メ、メロン…。


 思わず自分の胸に目がいく。


「……」


 悲しいかな、オレンジにも満たないかもしれない。愛媛みかんくらいなら…。いやいや、張り合うこと自体がおかしいんだよ、こういうのはね!


「ハルクルトさんだって男だもの、大きい方がいいと思うし、口でもあっちでも、テクだってアタシならイかせてみせるわ」


 口でもあっちでも!?テク!?ちょっと待って、なんの話!


「ヒルダったら、やめなさいよ。聖女様とあんたじゃ比べ物にもならないわ」

「あら、そんなの分かんないじゃない。緑の砦って女の人いないんでしょ。アタシの魅力で目覚めさせてみせるわ!これは宣戦布告よ」

「宣戦布告」

「だって、聖女様って純真無垢じゃなきゃダメなんじゃなかった?討伐隊の男って性欲強いし、抱かれたら壊れちゃいそうよ?ミヤさん」

「性欲…」


 わたし、別に聖女じゃないんですけど!……っていうか、純真無垢でもないんですが。


「討伐について回って終わったら神殿入りなんでしょ?だったらハルクルトさん寂しくなって女の人が欲しくなるかもしれないじゃない?アタシなら欲しいだけ子供も産んであげれるし」


 欲しいだけって、クルトさん、そんなにたくさん子供欲しいの?二人くらいならまだしも、体が持たない…っていやいやいや。


「なに考えてるのよ!バカッ」


 思わず声に出して叫んだミヤコに全員の目が点になった。

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