第15話:真木村都の親衛隊
土曜日になって、そういえば鈴木俊則と約束をしていたというのを思い出して、連絡を取ってみると、7時に酒屋に来いとメッセージが返ってきた。
「まさか酒屋だからって鈴木君の家で飲むとかいうんじゃないよね」と返すと、「親と飲んで何が楽しいんだ」と怒られたので、外で飲むんだなとちょっと安心をする。
じゃあ今日は1日たっぷり時間がある、ということでナーサリーに行って目的の観葉植物を買いに行く事にした。
その日は寒かったので、えんじ色のタートルネックにブルージーンズ、スニーカーにフードの付いたダッフルジャケットを着て外に出た。街路樹は赤や黄色から茶色に変わりつつあって、そろそろ冬がやってくる。日が暮れるのも早くなったし、寒い日はあまり外に出たくないなあとミヤコはふるりと体を震わせた。
昨晩収穫した野菜を持って叔父の家に行くと、淳と美樹さんもいて、これから山菜刈りに行くのだと準備をしていた。
ミヤコもどうかと誘われたが、やることがあるのでと遠慮をして、でも銀杏や栗の他、あけびとノビル、ムカゴが取れたらおすそ分け待ってますとお願いだけして、ナーサリーへと向かった。
山の中腹にあるナーサリーでは、ちょうど収穫祭セールというのをやっていて、実の成る樹木がたくさんあった。姫リンゴの木が盆栽サイズからあって、ちょっと欲しい気もしたが今日の目的はサンスベリアとアロエベラ。室内用にはピースリリーがやわらかさを出していいかも、とウキウキしながら見て歩く。
あった。サンスベリア。
留学中、先生のオフィスにもあったこれは、
姑になったら言われたい放題で痛々しい。
そのくせ効用は、空気清浄というから全く逆な感じもするが。『痛いけれどもためになる』ということだろうか。奥が深い。小ぶりのものを幾つか購入するか、大きくて株が何個か入った鉢にするか悩んで、持ち帰りやすい小さいものを二つ購入した。精霊に頼めば、株分けもきっと簡単にできるだろう。
その要領で、アロエベラもカップサイズの卓上のものを選んだ。これは医者いらずとして有名で、向こう側でも効果が発揮できるのなら、クルトさんの店で有効に使えるだろう。一石二鳥な植物である。
温室に入ると、そこには色とりどりの花がたくさんあって目移りしてしまう。クルトさんを連れて来たらなんというだろう。こんなに可愛くて清々しく体にも心にもいいモノたちがいきなり腐臭を放って襲いかかってきたらやっぱり嫌だろうな、と想像してみる。
ポトスを天井から吊り下げた鉢に入れればきっと素敵だし、アイビーとアフリカン・バイオレットの鉢植えやパキラもあの暖炉の周りにおけば愛らしい。どうせなら店内を観葉植物でてんこ盛りにしてしえば、瘴気なんて出来なんじゃないかとも思う。
結局のところ、ミヤコはピースリリーを二鉢とアロマティカスの小鉢を3つ、カモミールの苗も3つ購入して、ピースリリーの一鉢を除き、宅配で自宅に送ってもらうことにした。
夕方近くになってようやく家に帰り、ゆっくりお風呂に入って念入りに爪を磨く。土仕事をしていると、軍手をしているのに爪の中が土だらけになっていたり、指先が荒れて甘皮がめくれささくれていたりするので、ちゃんとしたケアが必要になる。
いつもパンツ姿のミヤコは久々にちょっとお洒落していこうかなと薄化粧をして、赤いミニワンピに黒タイツとショートブーツ、薄いグレーのスカーフを巻いていくことにした。
細身で中背のミヤコはあまりスカートを履かない。以前は髪が長かったこともあって、ロングスカートは重心が下に行き、余計に背が低く見えるのだ。髪を前下がりのショートボブにしてからは、活発なイメージの方が前に出て、スキニーパンツばかり履いていたので、ワンピースを着るのも久しぶりだ。
太腿が隠れるくらいの長さのダッフルコートでもこのワンピなら綺麗に見えるし、ギリギリこの年でも着れるだろう。せっかく買ったのに片手に数えるほどしか着ていなかったこのワンピも、来年には可愛すぎて着れないだろうから。
約束の時間に酒場に行けば、俊則の父親が店番をしていてミヤコを見てちょっと驚いた様な顔をしてから息子を内線で呼び出した。店の奥から顔を出した俊則は、ミヤコを見て笑顔を見せてから、固まった。
「え、何。スカート履いてんの?」
「何よ、悪い?これあんまり着てないんだもん」
「初めて見るわ、お前のミニスカート姿」
「ワンピースだよ。来年は着れないと思うから。今のうち」
「なんで着れないの、来年」
「若くないからだよ、女心の分からない奴め」
「お前、俺と同い年じゃん」
「君も親父になるっていうことだよ」
「まだ26だろ、来年」
「親父なんだよ、26は」
「わっかんねえな。それより、もう行くぞ。親父がいやらしい顔してニヤニヤしてるからな」
学生の時とあまり変わらないノリの会話をしながら、俊則は「今日中に帰る」と親に言い残して、ミヤコの背を押した。どこに行くのかと問えば、「高級イタリアンレストランだ」と言いながら、連れて行かれたのは洋風居酒屋だった。
「ずいぶん高級なイタリアンレストランですこと」
「おいしいワインがあるんでさぁ、奥様」
ミヤコがいたずらっぽく呆れたように言えば、俊則も軽く返す。
「実は真木村都・親衛隊を呼んであるんだよ」
「ははは、なにその親衛隊って」
「来てみりゃわかるって」
自動ドアが開くと、もわっとした熱気が溢れ出して人のざわめきが増した。ラッシャイマセー!と奥から、横から怒声が飛ぶ。イタリアンじゃなかったのか。炉端の店みたいな雰囲気だ。嫌いじゃないけど。
「あ、来た来た!真木村ちゃん!俊則!」
「あれ。一ノ瀬君と木村君!長島さんも?」
「やっだ、真木村ちゃん?かわゆくなっちゃって〜」
一ノ瀬 豊、木村康介、長島有香。3人とも俊則の幼馴染で学友だった人たちだ。
ミヤコは、両親の離婚から親しい友達を作らなかった。両親に振り回されて、あっちの学校、こっちの学校と転校続きだったせいもあるし、人間嫌いになったせいでもあった。
そんな中で、小学校の高学年の頃、ミヤコが祖母の家に引き取られてから出会った鈴木俊則は、持ち前のカリスマ性とお節介でミヤコを振り回し、中学に入る頃には「名前は知ってる」から「クラスメート」に変わり、卒業の頃には「友達と呼んでもいい」レベルにまで上がったのだ。
そして、その俊則のそばに常にいたのがこの3人組だったため、結果、ミヤコ曰く「友達に毛が生えた」くらいの仲にまでなったのだった。
「いや、久しぶり。みんなまだ仲良しだったんだ」
靴を脱いで座敷に上がると、ミヤコはすかさずウーロンハイを頼む。俊則はビールを注文して、枝豆を摘んだ。豊と康介はビールを、有香はカシスソーダをすでに半分ほど飲んでいた。
「おう。俊則が真木村ちゃん捕まえたっていうから、時間作ったよ」
「俺ら親衛隊員だったしな」
「だから、なに。その親衛隊って」
「真木村はツンデレだって有香がずっと言っててさ。これでも俺たち君の親衛隊だったんだよ、中学の3年間」
ノリのいい人たちだなあ。わたし、自分のことで精一杯でツンケンしてほんと可愛げなかった。あの頃。まあ、今もあんまり変わらないけど。でもデレてはいないはず。
「全然気がつかなかったよ。わたし、モテモテだったのね」
「俊則なんか、スッゲー牽制してたもんな。近寄る虫はもうちぎっては捨て捨てては千切り…」
「してねえよ。バーカ」
豊が揶揄い半分に振ると、俊則はすかさず切り捨てた。
「え〜。なにそれ。わたしの青春返せ?」
「なんだよ、青春したかったのかよ」
俊則はミヤコの隣でニヤリと笑って、肘で突いた。
「今からでもいいじゃん。俺と青春すれば」
有香がきゃーっと両頬に手を置いて黄色い声で叫び、豊と康介がヒューっと冷やかしたが、肝心のミヤコは伏せ目がちに嘲笑した。
「いや、捨てられたばかりだから」
だから冗談でもやめてよね、と。
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