第20話

「なんだこれ? そんなことで、コイツらが動きを止めるのか?」


ニールは、動かなくなったキャンビーの残骸を受け取った。


「完全に機能を停止している」


キャンビーは破壊されたわけではない、一時的に、機能を全停止させたのだ。


「ルーシーは特別ってわけか?」


ニールが、彼女の腕をつかんだ。


ルーシーの手を、パソコンのキーボードに叩きつける。


そのコンピューターシステムは、押されたキーをランダムに写し出すのではなく、静かに動作を停止した。


「おもしれー、コイツが何か失敗しても大丈夫なように、最初っから自動停止する機能がプログラムされてやがる」


ニールが、ルーシーを見下ろした。


「わかったぞ! だからハンドリングロボのライド補助プログラムが、上手く作動しなかったんだ。俺がそれを補正しようと、ルーシーの機体の基本プログラムを書き換えようとして、全部弾かれたのは、このせいだったんだ」


ルーシーは、ニールの顔を見上げた。


「どうりで、あんな大げさな視察が来るわけだよ。たかだか一人の人間ために、ずいぶんと大胆な改変をしたもんだ」


ニールは、ルーシーの肩を抱き寄せた。


「待て、彼女をどうするつもりだ」


「えぇ? こんな便利な道具、初めて見たよ。俺が簡単に許されたのも、コイツがらみだったからなのかなぁ」


ニールが笑った。


「彼女を返せ!」


「イヤだね、こんな面白いキラープログラム、いつお前のものになった?」


彼は、ジャンと視線を合わせる。


「ジャン、これはチャンスだ、変化だよ」


「そいつがか?」


ジャンが、ルーシーを見下ろす。


ルーシーの名前は、かつて発掘された古代猿人の、遺骨につけられた名前からとったと聞いた。


「あぁ、そうだよ。この無意味な循環から、抜け出せるかもしれない」


彼は、不敵な笑みを浮かべた。


「中央管理システムのプログラムに沿って育てられた人間が、どういう育ち方をしたのか、今からキャンプベースの奴らに、教えてやるよ」


ニールが、ジャンの肩を叩く。


彼を見上げたまま、小さくうなずく。


ジャンの目がそれに応えるようにして、動いた。


ジャンは、歩き出した。


乱立したまま、微動だにしない警備ロボたちの間を、するすると簡単に通り抜けてゆく。


その後を、ルーシーをつかんだままのニールが歩き出す。


「ルーシー!」


彼女が振り返った。


スクールの警備ロボたちは、動こうとしない。


ルーシーを引き連れたまま、彼らは行ってしまった。


異変を察知して現れたロボットたちは、ルーシーの姿を見つけると、すぐに動作を一時停止させる。


彼女に危害を加えないようにという本部の配慮だったのか、ジャンたちは、そんなロボットたちを、いとも簡単に破壊し続けた。


本当に、このまま行ってしまうのか。


俺は、直ぐさま自分のキャンビーを作動させた。


「キャンプベースに緊急連絡! ルーシーが連れ去られた!」


「キャンプベースに緊急連絡、ルーシーが連れ去られた、と、連絡しました」


キャンビーの目のような表示ランプが、緑から赤に変わった。


この色は、キャンプベースの成人が解除しなければ元には戻らないし、解除されない限り緊急信号を発し続ける。


「ルーシーを助けに行こう!」


その言葉に、カズコとレオンはちょっと驚いたような顔をした。


「え? なんで?」


レオンは眉をしかめ、カズコは首をかしける。


「キャンプには連絡したよね」


キャンビーの目は、赤く点滅をくり返していた。


「いくらジャンだって、ルーシーを傷つけるようなことはしないと思うけど」


彼女は自分の席に戻った。


乱立する動かない警備ロボたちを横目に、腰掛けた椅子を机に引き寄せる。


「それに、もし何かあったとしても、どうせルーシーの遺伝情報はとってあるんだから、問題ないわ」


カズコは、自分のパソコンを起動させる。


「そんなことより、早く自分の課題を済ませないと、終了期日までに間に合わないの」


レオンは自分の得意としている、造形のための粘土をこね始めている。


「一緒にルーシーを取り戻そう、このままだと、大変なことになってしまう」


「大変なことって、具体的にどんなこと?」


具体的? 具体的に、何がどう大変になるんだろう。


「自分に説明できないことなんて、他人には決して理解されないわ」


カズコの、キーボードを叩く軽快な音が響く。


「私たちはここで、そういう訓練を受けて大人になるのよ。一時の感情に流されてはいけないって」


「安全を確認しました」


部屋にいたロボットたちが、動き始めた。


彼らはそれぞれの巡回ルートに戻っていく。


気がつけば、俺のキャンビーの目も、赤から緑に変わっている。


遠隔操作で、キャンプベース本部が確認した合図だ。


ジャンたちによって破壊されたロボットだけが、そこに取り残されている。


俺が今、やらないといけないことはなんだろう。


それはきっと、冷静になって考えないといけないことだ。


「だったら、いいよ」


俺は、ルーシーの後を追って部屋を飛び出した。


廊下には道しるべのように、点々と動かないロボットたちが並んでいる。


俺はそれを辿ってゆく。


彼らはスクール最上階、開閉式ドームの競技場へ向かっているようだった。


「ヘラルド、なにがあった? どうしたの?」


騒ぎを知ったスクールの人間が、次々に声をかけてくる。


面白がってジャンに合流しようとする者と、話を聞いただけで満足する者とが、半々だった。


「ルーシー!」


上階へ上がる通路、その俺の目の前で、シャッターが下りた。


先に進めるのは、ここまでが限界だった。

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