第2話

ドーム状に設計されたスクールに入ると、俺は自分の所属するチームの部屋に入る。


先に来ていたカズコが顔を上げた。


「レオンがまた捕まったって?」


「そ、懲りない奴だよね。すぐそこで保安ロボに囲まれてたよ」


部屋の掲示板には、『レオン遅刻』の文字が光る。


「ったく、ふざけるなよ!」


赤い髪をした、やや肌の浅黒いニールが、机に拳を叩きつけた。


「あいつこれで何回目だ? またアップデートがかかって、ソフト開発のやり直しじゃないか! いっつもいっつも、簡単に保安ロボなんかに捕まりやがって!」


「そんな無駄で無意味なことばっかり、やってるからよ」


カズコは、波打つ腰まで伸びた美しい金色の髪を、さらりとかき上げた。


「バカみたい」


「俺もカズコの意見に、全くの同意だね」


与えられた机に座って、システムを立ち上げた。


画面にはクリアしなければならないスクールの課題が、重要度順に並んでいる。


「こんなにシステムに監視されっぱなしじゃあ、息苦しくてしょうがないだろ? ちょっとはチートでも使って監視から逃れないと、やってらんないぜ」


「そんなこと言ったって、あんただって自分のキャンビー使ってるじゃない」


ニールの使うパーソナルアシストロボのキャンビーは、3Dホログラムタイプのピクシーだ。


「キャンビーを使っていながら、システムに監視されたくないって、しゃべりながら息をしたくないって、言ってるようなもんだわ」


その、早急にクリアしなければならない最重要課題であるにもかかわらず、ずっと放置されたまま警告を発し続けているのは、チーム内でのコミュニケーションをクリアする課題だった。


「ねぇ、このコミュニケーション類型Ⅱの課題3、どうするの?」


「お手て繋いで仲良くピクニックなんて、今さら誰が出来るんだよ」


俺の質問に、ニールは吐き捨てるようにして答えた。


「だけど、これをクリアしない事には、必須科目だから進級できない」


「そんなことより、レオンが帰ってきたら、次のハンドリングロボ大会の練習しようぜ。次のチーム戦に向けて、トレーニングプログラムを新しく作ったんだ」


「イヤよ」


カズコが即答で返す。


「メンバーが足りないじゃない。それに、そんな暇があったら、先にピクニックの予定を立ててよね、それからじゃなきゃ、絶対にやらないから」


カズコがツンと横を向いた。


一度こうなってしまったら、彼女はその望みが叶えられない限り、決して他のことには動かない。


「ニール、お願いするタイミングを間違えたね」


俺はカズコにウインクを送る。彼女は、にこっと笑った。


「あぁもう分かったよ、お前らで好きに計画しろ!」


人間の極端に減ったこの世界では、何よりも生身の人間同士での、直接的なコミュニケーション能力が最重要視されている。


だからこそこうやって、同年代の未成人同士をわざわざ1カ所に集め、そのスキルを磨くことを要求しているのだ。


「課題内容の訂正を申告しましょうよ、ピクニックには行くとしても、そこで話し合うテーマは環境保全と気体成分の構成変化じゃなくて、気候変動における植物の分布変化フィールド調査ってことにすれば、その辺の草を画像に収めてレポート報告すれば済むんじゃない?」


カズコの提案は分かる。


より簡単に済ませる内容にしたいだけだ。


ならばもっと効率よく課題をこなすようにすればいい。


「それよりも、倫理か道徳の分野からテーマを引っ張ってきた方がいんじゃない? 今回のレオンのこともあるし、このチームの、全体としてのモラル評価が下がっている」


「やっぱりあいつのせいだ」


ニールの吐き捨てたそれに、カズコは冷静に反論する。


「ニールがジャンたちと一緒になって、チートツールを作るからじゃない。それをレオンに渡すのが悪いのよ」


「だってさ、あいつ、もう簡単にはやられないって、何度も何度もしつこくてさ。昔っから何回約束させても、俺たちのアプリを勝手にハッキングして……」


部屋の扉が開いて、突然レオンが現れた。


「おい、なんか外で大変なことが起きてるぞ!」


彼はとても興奮していて、そのままのテンションで俺たちのところに駆け寄ってくる。


「大変なことって何よ、私たちの進級が誰かさんのせいで危ういってこと以上に、大変なこと?」


「ロボットたちがみんな、海の方に集まってる。緊急信号を盛大にならしてさ。非常事態宣言だよ。すごかったぜ、ロボットたちがみんな一斉に、同じ方向に向かって走ってくんだもん」


カズコはため息をついて、パソコン画面を検索した。


「いつよ? 今日の話?」


「今朝だよ今朝、たった今、すぐそこで!」

彼女の白く細い指が、キーボードを叩く。


「そんな情報、どこにも出てないわよ」


「マジで!? ウソだろ?」


レオンは、さらに目を丸くした。


「ヤバイよ、絶対普通じゃないって、アレは!」


「だから、そんな情報がどこにも出てないって言ってんだよ!」


ニールは、レオンの胸ぐらをつかんだ。


「保安ロボに捕まったあげく、俺たちにウソつくのか?」


「本当だって! ネット上にも上がってないってことは、マジでやばいって。早く行って現場を押さえないと、それこそこの事態がもみ消されるんじゃないのか?」


ニールはレオンに、グッと眉間にしわを寄せた顔を近づけた。


「お前の態度は、いつだっていい加減だもんな。手の平返すように、しょっちゅうコロコロしやがって。ちょっとは反省して見せろよ。ここに来て一番最初にすることは、俺に謝ることだろ? くだらないことばっかり言ってないで、さっさと謝れ!」


キャンビーから転送される、野外定点カメラの映像にもうつらない、ネット上にも情報が出てこない、そんな状況下で、レオンの言葉一つで物事を信じるわけにはいかなかった。


彼の言葉以外に、何一つ証拠がない状態だ。


俺たちには、もっと大事な進級がかかっている。


レオンは、ニールの手を振りほどいた。


「いいよ! 誰も信じないんだったら。俺一人だけで見に行ってくるから。後で後悔するなよ。じゃあな」


その場にいた全員の制止を振り切って、レオンが出て行こうとしている。


その扉の前に、ジャンが立ちふさがった。


「おい、レオン。お前、いい度胸してるじゃないか」


このスクールで、1、2番に背の高いジャンは、その見た目からもはっきりと分かる、アスリート種の体格をしていた。


太い腕に厚い胸板、純血種かと思われるほどの筋肉量と、高い運動能力を持つ彼に、わざわざ挑戦しようなどという人間は、ここにはいない。


「お前、また公道でハンドリングロボを乗り回して、捕まったらしいな。あれほど表では乗るなって、ガキの頃からずっと言ってんのに」


さすがのレオンも、彼にはたじろぐ。


「ち、違うんだってジャン、ちょっと新しい公道のカモフラージュ信号プログラムを作ってみたから、それをのっけて実際に使えるかどうか、試してみたかっただけなんだって」


「そんな言い分けも、本体のバイクロボがとられてたら、証拠がないよなぁ。その更新データってやつも、もちろんバックアップくらい、ちゃあんと、とってあるんだろ?」


「そ、そんなことよりさ、ジャン、外がヤバイことになってるんだって」


「ほう、今度はどんな言い分けだ?」


身長200㎝以上はあるジャンの、大きな体から伸びた太い腕が、レオンの頭に向かって伸びた。


「ジャン、外の様子が変だ!」


彼の仲間の一人が、飛び込んで来た。


早口でまくし立てる信用できる仲間からの話に、彼はレオンをつかんでいた腕を離す。


「おい、その内容は、本当か?」


「ジャン、確かにネット通信の一部が、どこかで阻害されてる。キャンプベースが何か隠しておきたい事実が、今どこかで起こっている事は、間違いないみたいだぜ」


ニールはレオンの発言の裏をとろうと、ずっとパソコンを操作していた。


「な? だから言ったろ?」


ジャンは、眉間にしわをよせる。


「案内しろ」


彼はレオンではなく、ニールと後から来た仲間と一緒に、出て行った。


「もう、これだからチームコミュニケーションの評価が、改善されないのよ」


カズコがため息をつく。


まったくだ。


ジャンは少し前に、このチームから他のチームへの移動が命じられ、移っていったばかりだった。


「なぁ、俺らも行ってみようぜ!」


レオンは勢いよく振り返る。


「ニールもいなくなったんだ。どうせここにいたって、課題なんか進まないよ。そんなことより、絶対今は、外を見に行った方が楽しいって!」


彼はその整った顔で、にっこりと微笑む。


「ね、みんなで行こう」


俺はカズコと目を合わせた。


彼女は赤らめた頬を斜めに傾け、視線を横に流す。


「仕方ないわね、ちょっと見たら、すぐに帰ってくるわよ」


彼女のその仕草に、俺は思わず笑ってしまった。


彼女も、好奇心には勝てない。


「やった! みんな大好き!」


カズコを先頭に、俺たちはスクールの外に出た。

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