9-1(22)

 目覚めると僕は今まで見たことのない空間に横たわっていた。

 僕はゆっくり起き上がり窓から日が差す方へまるで導かれるように

向かった。

 窓の片隅には小さな机があり、その上には鞄と若干太めの縄の束、

そして1通のメモが置かれてあり僕は何気にふと目を通した。

 

 何々……、亡き最愛の妻がいる天国へ旅立とうと思います……って、

えっ?……死んだってこと? えっ? ま、まさか!!

 

 僕は無我夢中で身体中を触りながら無意識のうちにクルクル回転し、

変なステップを踏みながらなぜか洗面所へと向かっていた。

 そして洗面所に映る鏡を見た瞬間思わずのけぞってしまった。


 「うわっ! だ、誰だ――っ!」


 ――恐ろしいほどの沈黙がしばらく続いた後、僕は徐々に冷静さを

取り戻した。


 そ、そうか、この鏡に映るおじさんが僕自身なんだ。

 で……、ココまで回りながら来れたって事はまだおじさんが自殺

する前なのか? そうだ、きっとそうに違いない。

 ふぅ~ 危なかったな~ もう少し遅れてたらシャレになんないとこ

だったよ。

 でもこの顔……、デカくて丸くてなんか脂ギッシュでしかも体は完全

にメタボ……、ふぅ~まっ、しょうがないっか、年だもんね。

 死んだ奥さんを追いかけて自殺しようなんてよっぽど愛してたんだな~

このおじさんは。

 僕はおじさんに同情しつつもさっそく鞄の中を物色し始めた。

 中からは2つ折りの黒い入れ物、細長の電子機器のような物、そして

ケースに入った小さく細長い紙の束が出て来た。

 ソラちゃんから事前に聞いていたので財布と名刺についてはすぐ

理解出来たがこの電子機器は僕の想像を遥かに超えていた。 

 僕は恐る恐る丸いボタンを押すといきなり色鮮やかな画面が浮き上がる

ように現れた。

 あまりの美しさに感動を覚えた僕は画面に指を置くといきなり

おじさんと奥さんのツーショット画面に切り替った。

 突然現れたおじさんはオデコに布のような物を巻きつけカメラ目線で

満面の笑みを浮かべピースサイン……「プッ!」よく見ると結構お茶目で 

かわいい顔してんな。

 

 とりあえず特区でしばらく視察する予定の僕はソラちゃんを捜す事より

まずは出社し、この社会での生活基盤構築を最優先することした。


 え~っと服は、あっ、アレか。

 なんだ、この細長い布は? あっ! 確か奥さんとのツーショット

写真にあったような……そうそうこれこれ!「これでよしっ!」


 僕は写真と同じように布をハチマキのように頭に巻き、さっそうと

アパートを飛び出した。


「あの~ すみません! 駅ってどこですか?」

「し、知らないわよ」とまるで逃げるように立ち去る住人に違和感を感じ

たがそれでも諦めずに聞き込みを続け遂に最寄り駅にたどり着いた。


「なんだよ、みんな冷たいな」と独り言いつつ券売機上の路線図を見つめ

名刺に書かれてる漢字だらけの住所とのマッチング作業をしていると

券売機と券売機の間が突然開き駅員さんから声を掛けられた。


〈ガタン!〉


「うわっ!」


「どうかされました?」

「び、びっくりするじゃんか」

「す、すみません……」

「あの~ 実はココに行きたいんだけど」と名刺を指差すと駅員さんは

最寄りの駅と丁寧にキップの買い方まで教えてくれ、僕はとりあえず

購入したキップを手に改札の前までやって来た。

 

 町の住人は冷たいのに駅員さんは優しいな~。

「え~っとココ入れるんだよな」とキップを挿入口に近づけるといきなり

キップを奪われた。

「な、何すんだよ、乱暴な! ホント優しかったり暴力的だったり

なんなんだよこの町は」と呟く僕に後ろから「前だよ、前」と若い男性

の指差す先には奪われたキップが!

 あっけに取られた僕だがとりあえずキップを奪い返しホームに向かうと

ループラインとは違いかなりの人数の住人が列車の到着を待っていた。

 チラチラ視線を感じるが気にせず待つこと数分、列車が到着し他の住人

と共に乗り込んだがあまりにも視線が痛いので隣のおばさんに思い切って

尋ねてみた。


「何ですか? いったい」

「ココは女性専用車両ですよ」

「えっ! そうなの」

「そうよ、男性はあっちよ」


 僕は理由が分からないまま仕方なく隣の車両に移ったがなぜか違和感

を感じた。

 それならなんでこの車両には男女いるんだ?

 もしかして男性専用ってのもあるのかな?

 そんな疑問を抱きつつも走り出した車窓から見える景色は僕のモヤモヤ

を吹き消すほど感動的なものだった。

 凄いな~ 高いな~ どうしてこんなの作れるんだろ。こんなのウチの

村じゃ絶対ムリだな。もうこの先視察しても意味ないかもね、ハハッ……。

 それにしてもみんな静かだよな。ウチの住人だったらワ――ワ――、

キャ――キャ――凄いことになるだろな。

 まぁ、ココの住人は見慣れてるのは分かるけどみんな例の電子機器見て

何してんだろ?

 僕はそっと眉にしわを寄せてる隣のおじさんを覗いてみた。

 なんだ、ゲームしてんのか。てっきり難しい公式解いてるのかと

思ったよ。

 まぁそれにしてもみんな電子機器とにらめっこっしてるのってなんか

変な光景だよな~ ソラちゃんも同じ事してたのかな?

 そんな不思議な光景をよそに列車は無事会社の最寄り駅に到着し僕は

他の乗客と共に下車し改札へと向かった。

 再び乱暴な改札を通り抜けた僕は駅中のインフォメーションという所

で名刺を差し出し、簡易な地図と共に教えられたとおりに進むとそこは

ビジネス街のようで背の高いビルが所狭しと建ち並んでいた。

 僕は名刺に書かれてる会社名と一致するビルに怪しまれない様堂々と

入り込み、広いロビーの一番奥にある見取り図と名刺に書かれてある

漢字群を交互に見つめおじさんの所属部署を探した。

 

 沢山あるな~ まぁこれだけ大きいから当然だけど。 

 出来ればなるべく上の階がイイよな~ってもしや……、え――っ!

思いっきり下じゃん! しかも地下、テンション下がるわ~。

 僕はすっかり肩を落とし階段でおじさんの部署をめざすも徐々にカビ

臭さが漂い始めブツブツ文句を言いながらも遂に扉の前までたどり着いた。

 僕は心を落ち着かせる為大きく深呼吸しゆっくりドアノブに手を掛けた。


〈ガチャ!〉僕は半笑いで扉をそっと開けた。


「あれ? 部長どうしたんですか、朝から宴会帰りですか」

「えっ! な、何か変?」 

「い、いや、アタマ、頭にネクタイ巻いてるから」

「あっ……これね、こうするんじゃないんだね、ハハッ!」

「どうしだんですか? 有給、明日までですよね」 

「い、いや一人で家にいてもなんかヒマでさ~ 今日から仕事しょかな~

って、ハハッ!」

「へ~ なんかいつもの部長らしくないですね」

「そっか~ ところで他の社員は?」

「何言ってんですか、部下は僕だけじゃないですか」

「あ~ そ、そうだったね、そうそう」


 なんとも言えない緊張感に耐えながら僕は一番奥にある椅子に腰かけ

近くにある書類に目を通すフリをしていると強烈な視線を前方から感じ、

ふと目を向けると部下と目が合ってしまった。


「な、なんか用?」

「い、いや別に、なんかいつもと違うような……」

「ど、どうしてさ」

「だって本読まないんですか?」

「本って?」

「いつもの歴史書」

「レキシショ? よ、読むよ、もうすぐ」「ところでさっきから何してるの?」

「仕事ですけど、資料まとめたり」

「ふ~ん、で…… ゴメン、名前何だっけ?」

「はぁ~ 吉田ですけど、部長大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫、大丈夫。でね、吉田くん、どっか近くにごはん食べるトコ

知らない?」

「だったら12階の食堂はどうですか」

「そんなのあんの、この会社。スゴイね!」

「部長はいつもお弁当でしたもんね」

「じゃ、今から行ってもイイかな?」

「もちろんですよ、本来今日部長はお休みなんですから」

「じゃ、ちょっと行ってくるね!」


 僕はもうほとんど冒険気分で人生初のエレベーターに飛び乗り、目的の

食堂の前まで到着はしたがガラスケースにあるメニューの多さに戸惑って

しまった。

 悩んだ末最終的には他の社員さんがよく注文しているA定食に決め、

長テーブルの窓側に陣取り食事が来るのを心待ちにしていると若い女性

から声を掛けられた。


「あら! 柴田部長が来られるなんて珍しいですね」

「そ、そうかな、ははっ!」

「今日は愛妻弁当じゃないんですか?」

「アイサイって?」

「部長ご自慢の奥さんが作られるお弁当ですよ!」

「奥さん…… あっ、死んじゃったみたいよ」

「えっ、みたいって……」

「あっ、イヤ、そ、そうなんだ」

「やだ― 部長大丈夫ですか?」

「うん! だ、大丈夫だよ、もう心の整理がついたっていうか」

「と、ところでコレなんだけど」と僕は例の電子機器を胸ポケットから

取り出した。

「部長、ついにスマホデビューですか」

「そ、そうなんだ」「でね、使い方ちょっと教えてくんない? あっ!

ゲームのやり方もネ!」

「もちろん、イイですよ!」


 妻を亡くした僕に対する同情もあってかその女性はまったく知識の

ない初心者の僕にも分かるように笑顔で懇切丁寧に使い方を教えてくれた。


「なんか部長と話してると弟といるみたい、フフッ!」

「そ、そうかな、……ははっ」


 そうこうしているうちに定食がテーブルに運ばれ僕はコロッケを

一口かぶりついた。


「うっま――い! 何なんだこのウマさわ!」

「ずいぶん大げさですね、部長」

「食べて見なよ! 早く、早く!」

「ハイ、ハイ、うん、まぁいつもの味ですけど」

「これを食べるだけでも会社に来る価値あるよ、絶対!」

「もし良かったら私のもどうぞ!」

「いいの?」

「どうぞ、私、今ダイエット中だから」

「ラッキー! ありがとねっ!」

「部長ってそんなでしたっけ?」と妙にはしゃぐ中年オヤジに不自然さ

を感じたのか一瞬変な空気が流れた。

(ヤバっ! 普段のおじさん演じなきゃ……って分かんないよ~)

「なんか変よね」とまじまじ僕の姿を見つめる鋭い彼女の視線に耐え

切れなくなった僕は思わず立ち上がった。


「あ――っ! そうそう、今日あのおじさんと会う約束してたんだ!」


 僕はそそくさとトレイを持ち上げその場から離れたが、彼女の視線は

僕の背中にずっと突き刺さったまま決して抜けることはなかった。

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