剣は少女で造られた

松風 京

プロローグ

「どうして、ここまで醜くなれるのだろう」と、小さく薄汚れた一室の壁に、気力なくもたれかかる少女は、絶望交じりにそう思った。


 世界は既に壊れ始めていて、人類の存続すら危うい事態だというのに、同じ共同体の中で生きていかなければいかないはずなのに、よりにもよってその人間同士で、人類種の一人を殺そうとするなんて、あまりにも馬鹿馬鹿しい。


 考えれば単純な話なのに、目の前にいるそれらは理解しようとすらせず、身勝手な感情の赴くままに少女をなぶり殺そうとしていた。


 人気の少ないこの付近で声を上げようが、人は来ないだろうし、そもそも声すら上げさせてくれない。腹部、胸部、顔面、体中の隅々まで殴られ、傷をつけられ、慟哭するほどの痛みだけが死へのカウントダウンを否応なく予期させる。


 ――少女は既に絶望していた。


 呪われたようなその真紅の瞳は、重い瞼が隠し始めて、二度と覚めることのないであろう深い眠気が襲う。


 眼前で、嘲笑あざわらうその人と呼べるか微妙な人と、これらの全ての状況を生んだあの憎き【敵】を、どこまでも、いつまでも、深く呪おうと決めた時。絶望を受け入れようとしたその時――希望は訪れた。


 本当の奇跡で、起きるはずのない偶然。


 希望の光とは程遠い、その黒い髪を薄闇の中で小さく揺らし、人のようなそれらを、本当の人が蹴散らしていく。年若い少年が、圧倒的な力量で。


 薄くこだまする、接近格闘術に基づく強烈な打撃が、的確に、素早く、今まで少女を甚振いたぶっていた男共の急所を捉えて、打つ。一瞬の痛みと共に、あるものは呻き倒れ、ある者は意識を失って、地面に体を叩きつけた。


 瞬く間に掃討した黒髪の少年は、同じような髪色のその痛々しい体の少女に向かって問うた。


「……大丈夫か、生きているか?」


 答える気力もない少女は、僅かに首肯して応じる。理解した少年は、続けて。


「俺が来たからもう大丈夫だ。これ以上の悪行は起こさせない。さぁ、行こう」


 静かに、優しい声音で言う少年。少女も眠りかけながらも、小さく首を縦に振った。


 抱きかかえた少年は、揺れないようにゆっくりと歩き始めて。


「……俺は、君のことを何て呼べばいい?」


 答えなくてもいいと思いながらも、聞いた少年。すると、最後の力を振り絞ってか、小さく微笑を浮かべて、小鳥のような小さくも美しい声を、僅かに響かせる。


「……あなたが……あなた様が……決めて……ください」


 意外な答えだった。けれど、その言葉に従うのが彼の正義であり信条。意識のあるこの時間で短く考える。そして、僅かな沈黙の後に少年は言った。


「……なら君は、今日から……」


 意識を失った少女はその口元を微笑みに染めていた。

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