親友の彼氏と、一つ屋根の下。

みららぐ

第1話「親友に彼氏が出来た。」

見慣れない重たい扉を開けると、そこには親友の彼氏が立っていた。


「…ども、」

「ど、どーも…」


彼の名は、水野優大(みずの ゆうた)くん。高校二年生。生物部所属。

見た目はカッコイイしイケメン君だけど、普段は無愛想で無口な草食系男だ。

水野くんは未だ戸惑うあたしを家に入らせると、落ち着いた口調で言った。


「これから、よろしく」


それを聞くと、あたしもとりあえず「よろしく」と頭を下げる。

……そう。あたしは今日から、この水野くんと二人暮らしを始めるのである。

あたしの大事な親友の彼氏である、この水野優大君と…。


………そもそもいったい、どうしてこんなことになってしまったのか?

それは、今から約一ヶ月前に遡る………。


………

………


そもそも事の発端は、あたし「瀬川真希」の親友である中津川歩美の一言から始まった。


「真希、あたし彼氏出来た」

「…はっ!?」


歩美はそう言うと、自身の綺麗な茶色い髪を指先でクルクルと遊ばせる。

その表情は、もうすっかり見慣れた浮かれ顔。

あたしはその言葉に、飲んでいたコーヒー牛乳を一瞬吹き出しそうになりながらも、それを抑えて言った。


「っ…な、何で!?だって歩美、昨日彼氏にフラれたって泣いてたばっかじゃん!」


そう。昨日、歩美は3ヶ月くらい付き合っていた同じ学校の先輩にフラれてしまった。

何でも先輩の浮気が原因らしく、それを怒って問い詰めたら先輩は浮気相手の方を本気で好きになってしまった、と言ったらしい。

だから昨日の放課後は「ムカつく」だの「一生恋しない」だの散々言っていた歩美だったのに、

昨日の今日でどーなって彼氏が出来たのか、あたしにはそれが不思議で仕方ない。


「な、何で。っつーか次は誰なの」


コーヒー牛乳のストローを加えたままあたしがそう聞くと、歩美は昨日失恋したとは思えない嬉しそうな顔で言った。


「あのね、隣のクラスの水野くん!

昨日あれから真希と別れたあと、近所のコンビニで偶然水野くんに会っちゃって。

あたしは別にどうでもよかったんだけど、水野くんに引き留められて何かと思ったらいきなり告られちゃったわけ!

水野くんってさ、ちょっと地味なイメージあったけど顔がカッコイイから即OKした、」


「あ…そう、」


あたしはそんな歩美の話に相槌を打つと、残りのコーヒー牛乳をズズズ…と飲み干す。

…ほんと、モテるって良いよね。

っていうか、歩美のその心の切り替えが異常に早いのが羨ましい。

あたしが飲み終わった紙パックを折り畳んでいると、歩美が言葉を続けて言う。


「でね、今日水野くんと一緒に帰る約束してるから、その前に真希に水野くん紹介してあげる、」

「えっ」

「だって真希、水野くんのことよく知らないでしょ?」


歩美はそう言ってニッコリ笑うと、その可愛らしい顔を傾けてあたしを見た。


「そ、そう…だね」

「うん。じゃあ約束!」

「や、約束…」


……なんというか、歩美が男子にモテるのがわかる。…気がする。

っていうか、同性にまでブリッ子しないでよね、歩美チャン。


…………


そして、水野くんを紹介してもらう約束をしたその日の昼休み。

(といっても顔は既に知ってるんだけど)

あたしは幼なじみの鈴宮公希(通称、公ちゃん)と一緒にお弁当を食べに裏庭に来ていた。

公ちゃんとは幼稚園に通っていた頃からの仲で、高校生になった今でも仲が良い。

公ちゃんは、あたしが作って来たお弁当をおいしそうに食べながら、言った。


「ん、美味い!この卵焼きサイコー!」


そう言って、幸せそうな笑顔を浮かべる。


「やっぱ、真希が作ったのって何でも美味いな」


公ちゃんはそう言ってあたしにニッコリ笑顔を浮かべてくれるから、こっちまで幸せな気分になってしまう。

…でもあたし達、別に付き合っているわけじゃない。

というか、むしろ…


「じゃあ、いい加減あたしと付き合ってよ。

あたし公ちゃんと付き合ったら、公ちゃんのためにもっといろんなの作ってあげるよ」

「…、」


あたしだけが、公ちゃんに昔から片思いをしている。

あたしがそう言うと、公ちゃんは一旦箸を止めて言った。


「あのなぁ真希。俺はいつも言ってるだろ、俺は今彼女なんて欲しくないの、」

「でもそれは、あくまで今現在の話でしょ?だったらあたし待つよ!公ちゃんのこと大好きだから!」


そう言ってニッコリ笑ったら、公ちゃんは何も言わずに再び箸を進めた。


あたしが公ちゃんに恋をしたのは、幼稚園に通っていた頃だった。

当時まだ5才だったあたしが一人で砂遊びをしていると、その時同じクラスの男の子にそれを邪魔されて、あたしが泣いていたら公ちゃんが助けてくれた。

それをキッカケにあたしは公ちゃんに恋をし始めて、一生懸命アプローチしているけれど、今まで振り向いてくれたためしが一度もない。


公ちゃんは今もそうだけど、昔から超マイペースで勉強が大の苦手、おまけに寝るのが大好きで授業中はいつも寝ているような男子高校生。

それに断然色気より食い気な性格だし、特にイケメン!ってわけでもないから、彼女だって今まで一人もいたことがない。それが公ちゃん。

歩美はあたしが公ちゃんのことで相談をするたびに「新しい恋をしなよ」と勧めてくるけど、今は他の人に目を向けるような余裕もない。

だけど、あたしが困っていると必ず助けてくれるし、何だかんだでこうやってあたしとの時間もちゃんと作ってくれる。

それにバスケ部に所属している公ちゃんは、部活の時になるとマジでカッコイイんだよなぁこれがまた。

そう思いながらニヤニヤと公ちゃんを見つめていたら、その時ふいに目が合って言われた。


「…何だよ、」

「え?」

「顔、ニヤけてんぞ」


公ちゃんはそう言うと、あたしが作ったナポリタンを口に含む。


「…美味しい?」


たまらずにそう聞いたら、公ちゃんはすぐに頷いてくれた。


「すんごい美味い」


しかし……

…そんなあたし達の様子を、“ある人物”が双眼鏡で見ているとは知らずに…。


………

………


そして、約束の放課後。

終礼が終わると、あたしは歩美に三階にある生物室に連れて来られた。


「…何で生物室?」


あたしが首を傾げてそう聞くと、歩美がドアノブに手を掛けながら言う。


「水野くん、生物部だから」

「…あぁ、」


って、地味!

よりによって文化部かよ、水野くん。

そう思いながら歩美の後ろにいたら、歩美がそのドアを開けるなり嬉しそうに水野くんを呼んだ。


「水野くん!」


歩美がそう呼ぶと、中から水野くんらしき声が聞こえて来た。

水野くんって、名前と顔は一致しているけど、あたしはその人とは一度も話したことがない。

なんせ一緒になったのは高校からだし、だけど一年の時もクラスが別だったからどんな人なのかも知らない状態。

あたしがそう思いながら生物室に顔だけを覗かせようとしたら、その直前に歩美が言った。


「真希。今日生物部部活ないから、ここで紹介出来るって」


歩美はそう言うと、可愛らしくニッコリ笑って右手でピースサインを作る。

あたしはその言葉に頷いて中に入ると、さっそく水野くんに目を遣った。


「!」


すると…目を遣った直後、水野くんとバッチリ目が合った。

水野くんは生物部が飼っているらしい亀にエサをやっている最中で、あたしと目が合うなり軽く頭を下げて言う。


「…ども、」

「ど、どーも…」

「……」

「……」


でもそれ以上は全く何も口にせず、水野くんはまた亀に視線を戻した。

な、なな何アレ!気まずい!

もしかして怒ってる!?なんか態度悪くない!?

あたしがそんな水野くんにそう思っていると、歩美が水野くんをフォローするように言った。


「あ、真希!この人が、あたしの新しい彼氏の水野くん。

でも水野くんね、なんだか緊張してるみたい!ほら、真希とは全然話したことなかったからさ~」

「そ、そうなんだ…」

「ね?水野くん、そうだよね?」


そして歩美が同意を求めるけれど、水野くんはそんなフォローを潰すように言う。


「別に」

「……」

「……」


呟くようにそう言って、今度は隣にいるハムスターにエサをやり始めた。


……は?何あれ何アレ!!

最っ悪じゃない!?

あんなのが彼氏で本当に良いわけ!?歩美!!

そう思って訴えるようにして歩美を見遣るけれど、当の歩美は甘えるようにして水野くんの腕に自身の腕を絡ませた。


「ねぇーえー、水野くん」

「?」

「亀とかハムスターもいいけどさ、あたしにも構って?」


歩美はそう言うと、上目遣いで水野くんを見上げる。

だけど水野くんはハムスターに目を遣ったまま、ため息交じりに答えた。


「…後でな」


その言葉に、少しだけ口を膨らませる歩美。

しかも水野くんはその後ハムスターをそこから取り出して、その小さな小動物にだけ優しい笑みを向けた。

…ああいう笑顔作れるなら、最初から人間にも作ればいいのに。

なんでこの人はそんな簡単なことが出来ないんだろうか。

でも歩美はそんな水野くんの横顔をうっとりした表情で見つめているし、特に気にしていないみたいだから良しとする。

そんな水野くんを横目にあたしはため息を吐くと、なんとなく生物室をキョロキョロと見渡した。

…ここには初めて入ったけど、やっぱり「生物部」なだけあっていろんな生き物がいる。

そう思って、窓際の少し大きめの亀に目を遣ると…

あたしはその時、あるものを見つけた。


「…?」


……双眼鏡だ。

生物部って、双眼鏡とか使うことあるの?

…顕微鏡とかなら使うイメージはあるけど。

そう思いながら、その双眼鏡を手に取ろうとした…


……その時。


「何してんの?」

「!?」


ふいにすぐ後ろから、水野くんの声がした。

その声にあたしは慌てて手を引っ込めると、水野くんの方を振り向く。

すると水野くんはいつのまにかあたしの真後ろにいたようで、あまりの近さにあたしは思わずびっくりして目を見開いた。


「…!」


わ、近いっ…!

そのことに独りドキドキしてしまっていたら、水野くんが無愛想のまま言う。


「勝手に触らないで。…これ、大事な物だから」


そう言って、その双眼鏡を手に取った。


……まだ触ってないけど。

そう思いながらも、あたしはとりあえず「ごめん」と呟く。

すると水野くんは双眼鏡を手に持ったまま、ハムスターを手に乗せている歩美に近づきながら言った。


「そいつ、そろそろ戻して」

「あ、そだね」


水野くんのその言葉に、歩美がハムスターをケージに戻す。

あたしはというと、そんな水野くんの背中を眺めながら独り小さくため息を吐いた。


「はぁ…」


…なんていうか、ほんとに近寄りがたい人。水野くんって。

地味なイメージはもともと少しはあったものの、ここまでヒドイとは思わなかった。

それに、水野くんって確か女子の間ではカッコイイって密かに人気があったりするのに、

あたしにはそんな女子達の気持ちが全然わからない。(ただ、この性格なだけに好き嫌いがはっきり分かれるけど)

あたしはそんなことを考えると、やがて歩美に言った。


「じゃあ歩美、あたしそろそろ帰るね」

「え、もう?」

「うん。だって二人の邪魔しちゃ悪いし。ばいばい、」


あたしがそう言って悪戯に笑ったら、歩美が照れたような笑顔で「ばいばい」と手を振り返す。

そして一応、あたしは水野くんにも手を振って言った。


「水野くんも、ばいばい」

「…ん」


だけどやっぱり水野くんは素っ気ないままで、頷くだけで何も言わない。

あたしはそんな二人に背を向けると、先に生物室を後にした。

……そんなあたしの背中を、水野くんがじっと見つめていたことに気付かずに。


…………


「ただいまぁ」


その後は真っ直ぐ家に帰って、キッチンで晩ごはんを作っているお母さんにそう声をかけた。

お母さんが「おかえり」と言いながら冷蔵庫を開けている間、あたしはリビングのソファーに倒れるようにして寝転ぶ。


「あー、疲れた」


特に疲れたわけじゃないけどあたしが口癖のようにそう言えば、お母さんが呆れたように言った。


「ちょっと真希、行儀悪いわよ。制服のままなんだから」

「んー…」


…そう返事をしつつも、ソファーがあまりにも心地が良すぎて寝そうになってしまう。

あたしの部屋は二階にあるから、今は着替えに行くのがめんどくさい。

しばらくあたしがそのままの状態でいると、お母さんが言った。


「そう言えば、今日お父さんが帰ってきたらまた話すけど、お父さんの仕事の都合で東北に引っ越さなきゃいけなくなったのよ」

「…は、」

「急な話なんだけどね、お母さんも一緒に行くことになって…。

でも学校がある真希まで一緒に行くわけにいかないから、あなたは幼なじみの公希くんのところに預けることにしたけど、それでいいわよね?」


お母さんはそう言うと、チラリ、とあたしに目を遣る。

突然の話に一瞬ビックリして何も言えなかったけれど、「公ちゃんと一緒に暮らせる」と聞いたあたしは思わずソファーから飛び起きた。


「っ…マジで!?」

「…何だか嬉しそうね」

「いや、寂しい!超寂しいから!」


口ではそう言いつつも、内心嬉しすぎて思わず顔がニヤけてしまう。

嘘、公ちゃんと一緒に暮らせるの!?それって超ハッピーじゃない!?


しかし……


「は…水野?」


その夜。

お父さんが仕事から帰ってきて、皆で晩ごはんを食べている時にお父さんに言われた。

お前がお世話になるのは、公希くんの家ではなく水野さんの家だ、と。

あたしがその言葉に思わず箸を止めると、お母さんが言う。


「え、水野さんって確か、お父さんの親友の方だったわよね?」

「そうそう。まぁ今は親子一緒に住んでないんだけどな、ちょうどそいつの息子も真希と同い年で、独り暮らしをしているらしい。

なんせアイツは金には縁があってな、その息子を一軒家で独り暮らしをさせているから、すぐに部屋を用意出来るそうだ」

「ふーん…お金持ちなの?なら安心よね」


お母さんは呑気にそう言うと、晩ごはんのシュウマイを口に含む。

だけど、その話を聞いた一方のあたしは、そのめちゃくちゃ聞き覚えのある「水野」という苗字に、目を見開いてお父さんを見た。


水野って、もしかして…!

そう思って一気に嫌な予感を覚えたあたしは、椅子から立ち上がってお父さんに言った。


「その息子、下の名前は何て言うの!?」

「えー…何つったかな?ゆう…ゆう…」

「…ゆうた?」

「そうだ、優大くんだ!」


あたしはそのお父さんの言葉を聞くと、サーっと血の気が引いていくのを感じた。

「水野優大」っていったら、完全にあの地味で無愛想な生物部員の名前じゃん。

あたしがそんなことを思っていると、お父さんが明るい声で言う。


「あ、何だ真希、優大くんを知っているのか?なら話が早っ…」

「早くない!」

「!」


あたしがそう言って言葉を遮ると、お父さんは少しびっくりしたような顔をした。

…でも、それでもいい。


「それってつまり、あたしがその息子と二人暮らしをするってことだよね!?」

「…そ、そういうことになるな」

「イヤ!お父さん、あたしそんなの絶対に嫌だからね!」


あたしはそう言って、必死にお父さんに訴える。

何としてでも、水野くんと一緒に暮らすのは嫌だ。

歩美との友情を壊したくない。

しかし、そう思っていたらお母さんが言った。


「真希、ワガママ言うんじゃないの。これは全部あなたの為なんだからね」


そんなお母さんの言葉に、お父さんも頷いて言う。


「そうだぞ。それに、俺の友達がせっかくお前の金銭面の面倒も見てくれてやると言ってるんだ。

こんな良い話、なかなかないだろ?

それとも、真希も一緒に引っ越して向こうに暮らすか?」

「………それも嫌。そんなことしたら公ちゃんと離れちゃう!」

「そうだろ。優大くんもOKしてるんだから、お前も言うことを聞きなさい」


お父さんはそう言うと、空になった食器を前にして「ごちそうさま」と呟いた。


「!」


……嘘。

水野くんがOKしてる?

いやいや…でも、今日水野くんに会ったけど、そんなこと一言も言ってなかったよ。

もしかしたら、水野くんも無理矢理頷かされたんじゃ…。

あたしはそう思うと、目の前の残りのご飯を急いで食べた。

………後で公ちゃんに電話しよう。


………


そしてその後、あたしは寝る前に公ちゃんに電話した。

…今の時間、22時過ぎ。

公ちゃんだったら寝てるかな…。

そう思っていたら…


「…何だよ、」


眠たそうな声をした公ちゃんが、電話に出てくれた。


「あ、公ちゃん!…もしかして、寝てた?」

「ガッツリ寝てた。何の用だよ、」


公ちゃんはあたしの声に不機嫌そうにそう言うと、電話の向こうであくびをする。

そんな公ちゃんにあたしは顔がニヤけながらも、言った。


「あのね、公ちゃんに大事な話があって…」

「話?」

「うん。実はあたしね…東北に引っ越すんだ」

「は…」


あたしが悪戯心でそう言うと、その時何故か公ちゃんの声が聞こえなくなった。


「?…ちょっと、公ちゃん?」

「…」

「公ちゃんってば、」


…あれ、もしかしてコレ、信じちゃった?

あまりにもシーンと静まり返るから、あたしは黙ったままの公ちゃんに言った。


「…嘘だよ!」

「……はぁ!?」

「東北に引っ越すなんて嘘!ね、ビックリした?ビックリした??」


あたしが笑ってそう言うと、公ちゃんがため息交じりに言う。


「おまっ…あのなぁ、嘘でもそんなと言うなよ、」

「だって、最近公ちゃん冷たいんだもん!ねぇーえー、ビックリした?」


あたしは公ちゃんにそう聞くと、尚も電話越しに気持ち悪いくらいにニヤける。

やばい…今、独りで良かった。

そう思っていたら、公ちゃんが言った。


「ビックリするに決まってんだろ。東北とか、遠すぎ」

「じゃあ、焦った?」

「焦ってねぇよ、ばーか」

「もー、素直じゃないー!」


あたしはそう言うと、そんな公ちゃんに対してケタケタ笑う。

本当、この時間が物凄く幸せ。

でも…


「…引っ越すのは、ほんとだよ」


笑いが落ち着いてきた頃、あたしは声を少し小さくして公ちゃんにそう言った。

あたしがそう言うと、公ちゃんは…


「マジで?何処に、」


そう問いかけてくる。

その問いかけに、あたしは今度は正直に言う。


「…水野くんの家」

「!…は?」

「実はね、さっき…」


あたしはそう言うと、さっきお父さんから言われたことを全て公ちゃんに話した。

そして全て話し終えると、公ちゃんが落ち着いた口調で言う。


「…そっか、そりゃ大変だな」

「ちょっと、それだけ?他に何か言うことないの?」

「だってお前…俺が何か言ったところでどうにかなるわけじゃないだろ」

「…そりゃあ…そうだけど…」


…でも、もっと何か言ってほしかったな。

『じゃあ俺んとこ来いよ』とか、『俺んとこ来いよ』とか、『俺んとこ来いよ』とか…。

…じゃなくて!


「もういい!公ちゃんに言ったあたしが間違いだった!」

「は!?おいっ…」

「サヨーナラ!」

「ちょっ、待っ…」


「…」


はい、電話終了。

…公ちゃんのあほ。


******


翌朝。

あたしは夕べあれから、なんとか水野くんと一緒に住まない方法を独り考えていた。

だって歩美との友情を壊したくないし、それに何より校内で変な噂が立つと困る。

そして良い方法を思いついて教室に到着すると、あたしはそのまま水野くんの教室に向かった。


…水野くん、いるかな?

そう思って教室を覗くと…


「!」


…居た。

一番隅の窓際の席で、独り本を読んでいる水野くんの姿が…。

…話しかけづらっ!

その姿を見ると話しかけたくなくなったけど、でもこれは大事なことだから仕方ない。

あたしは独り深呼吸をすると、入り口で水野くんを呼んだ。


「水野くん!」


そしてそう呼ぶと、あたしの声に気が付いた水野くんが、ふと顔を上げてあたしを見る。

一瞬、目をぱちくりさせていたけれど、水野くんはため息交じりに「…何」と言って本に視線を戻した。


「話があるの。ちょっと来て、」

「…今本読んでるから」

「そんなの後ででもいいでしょ!」

「!」


あたしはそう言うと教室に足を踏み入れ、半ば強引に水野くんを廊下に連れ出した。

そのまま走ってきて、人気のない場所に来ると歩く足を少しずつ止めていく。

ちょっとしか走っていないのに、運動不足のせいか息切れをしていると、後ろで水野くんが呟くように言った。


「…手」

「?」


…て?


「手、離して」

「!!…あ、ご、ごめんっ」

「…」


水野くんのその言葉に、あたしは握っていた手を慌てて離す。

すると水野くんは、ここまで持ってきたらしい本を再び開いた。

…っていうか、何でわざわざ本まで持ってくんの。

あたしはそう思いながらも、水野くんに言う。


「…あ、あのさ、」

「…」

「あ、あたしが、その…水野くんの家で一緒に住むことになったのって、もちろん知ってる…よね?」


そう聞くと、水野くんは本に視線を遣ったまま「うん」とだけ返事をする。


「でもそれ、ちゃんと断ろうよ。水野くんのお父さんとかにも言っ…」

「何で?」

「え、」


あたしが途切れ途切れにそう言っていると、ふいにその話を水野くんが遮ってそう聞いてきた。

その問いかけにあたしがちょっとびっくりして水野くんを見ると、水野くんはいつのまにかあたしの方を向いていて、もう一度問いかける。


「何で断るの?」


まさかそんなふうに聞かれるとは思ってもみなかったあたしは、少し戸惑いながらも言った。


「や、だ、だってほら、あたしと水野くんって、今までほとんど話したことなかったし…。

っていうか、初めて喋ったのって昨日じゃん。それに、水野くんだって嫌でしょ?同級生と暮らすの」

「…別に」


水野くんはあたしの問いかけに呟くようにそう答えると、また本に視線を戻す。

べ、別にって…。


「嫌じゃないの?歩美にだって悪いし…」

「ちゃんと話せばわかってくれる、」

「や、でもっ…そうだとしても、いきなり二人暮らしだよ!?ましてや、性別も違うのに二人っきりとか…!」


あたしがそう言うと、水野くんがまた言葉を遮って言った。


「二人きりじゃない!」

「!」


…え、

違うの?

しかし、そう思っていたら水野くんが言葉を続けて言う。


「……ウサギ、飼ってるし」

「は…」


う、うさぎ!?


「ウサギって…」

「ウサギだって大事な家族だよ」

「そりゃあ……そうかもしれないけど」


…なんだ、今、物凄い期待しちゃったじゃん。

あたしはその思わぬ返答に、独りため息を吐いた。

あーあ…水野くんもてっきりあたしと暮らすのが嫌だと思い込んでたのに、違うなんて。

これじゃあ、二人でお父さん達に断りに行く作戦が台無しだわ。

そう思って落ち込んでいたら、水野くんが読んでいた本をパタン、と閉じて言った。


「…瀬川さん(真希)は、」

「?」

「親二人と離れなきゃいけないんでしょ?」


水野くんはそう言うと、あたしを見遣る。

一方のあたしは、水野くんからそんな言葉をかけてくれるとは思ってもみなくて、だけど「…うん」とぎこちなく頷いた。


「そ、そうだよ。親が二人とも仕事の都合で東北に行っちゃうし…」


そう言ってうつむきかけたら、水野くんがそれを遮るように言う。


「だったら、来ればいい」

「!…え、」

「そうやって変な意地張ってないで、俺ん家来れば?

……別にそんな心配しなくたって、誰も取って食ったりしない、」

「!!」


水野くんはそう言って微かに微笑むと、あたしに背を向けて先にその場を後にした。

…なんだろう。滅多に笑わない人だからか、今思わずキュンってなったよ。

普段無口で無愛想のくせに、そんな優しいこと言うの、意外すぎ。

あたしは水野くんのその背中を見送りながらそう思うと、心の中でやっと素直に決めた。


……水野くんの家に行こう。






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