第16話

「ご教示どうも」

 クラウディアは出された右手に触れて、ロープをくぐる。


 ……しかし、そんな作られた雰囲気もどこ吹く風。


「さあさあさあっ!」

 対角線上のキューティーレインボーが喚く。「雨雲仮面んんんーっ! あっ、いざじんじょうに、いよっ、あ、しょぉぉぉぶだぁぁぁぁっ!」


《おっと、青コーナーのキューティーレインボー。トップコーナーから歌舞伎のような見得を切りましたね》


 会場に笑いが起こる。

 これまでの張り詰めたものが、ぜんぶ吹き飛んだ。

 おまえなぁ、そういうところやぞ。


「うち、コミカル路線は控えめの団体なのに……」

 と、手で顔を覆うガブリエラ。

 見ればむこうのダニエラもおなじ仕草。

「いろいろと強敵だから、アレ。戦うときは気をつけて」


 雨雲仮面ことクラウディアは、リングの中で、キューティーレインボーにおりてこいと手を動かす。それに応じて、

「ゆくぞっ、とう!」

 と、コーナーから飛ぶキューティーレインボー。

 その高い跳躍力を、予想していたクラウディア。

 無言でスッと距離を詰め、小さく沈む予備動作から真上に飛んで、


「関係者各位に謝んなさいキィィィック!」


 対空型の打ち上げ式ドロップキックで撃ち落とす。

 食らったキューティーレインボーは、べしゃっと首から落下する。

 よし、計算通り!

 小さくガッツポーズをすると、


《雨雲仮面、あいかわらずの冷酷非道っ! 少女相手に大人気ない攻撃だぁ!》


 なんでやねん。


 リングアナウンサーの声に釣られるように、会場全体でクラウディアへの大ブーイングが巻き起こる。


 ……ぇー。

 いやいや、アレはこれくらいじゃ死なないって。


「いちちち。んもう、痛いなあ」


 ムクリと起きてキューティーレインボーが頭をさする。

 ほら。

 すると、今度は会場全体でキューティーコールが発生した。

 それに機嫌を良くしたのか、きょろきょろ会場を見回してからぴょんと起きあがると、リングを駆けて手まねきで観客をあおる。それからトップコーナーにのぼって手を回し、「「「「おおおぉぉぉぉ」」」」という観客の声を混ぜる。


「せぇーのぉっ、ブぅぅぅぅぅぅっ!」

「「「「ブぅぅぅぅーーーーーーーっっっっ!!!!」」」」

 雨雲仮面へのブーイングを先導した。

「気っっっっ持ちいいぃぃぃぃぃ!」

「「「「ひゅぅぅぅぅーーーーーーーっっっっ!!!!」」」」


 ……#


「あの……雨雲仮面」

 ガブリエラが声をかけた。「落ち着いて……ね? 相手が小さい子だと、こういうのはしょうがないから。私たちは善玉ベビーフェイスの試合をしましょう」

 その声に雨雲仮面ことクラウディアは振り返り、


「……大丈夫よ。分かってるから」

 マスクからみえる口元に笑みを浮かべ、ちいさく親指を立てた。

「そうですか、よかっ──」


 ──が、その立てた親指は、即座に首を掻っ切るポーズへと切り替わる。


「お望み通り、その童顔ベビーフェイスを会場の皆様の前に晒したらぁっ!」

「だからなんで悪役ヒールに振り切っちゃうんですか。善玉ベビーフェイス聖鬼軍わたしたちなんですよーっ!」

 キューティーレインボーに向かって駆け出した雨雲仮面に、ガブリエラの声が届くことはなかった。


「待ちなさいこらぁっ!」

「うきゃぁぁぁぁっ!」


 ふたりの戦いは、鬼ごっこのようなスピード感あるプロレスを繰り広げた。

 場外で反則行為をしたい雨雲仮面。さすがにマジギレのクラウディアはヤバいと、逃げるキューティーレインボー。掴み、かわし、飛び込み、飛び退き、反撃にはためらわず迎撃。投げ技は離脱のための首投げ程度だったが、噛み合う攻防がおこなわれていた。このままじゃきりがないと感じていたときに、自軍のガブリエラからタッチの要請があり、交代する。

 クラウディアは払うように手を当てた。


「……ちっくしょうめ、こんどこそ場外戦に持ち込んでやるわ」

「だから私達のほうが善玉ベビーフェイス……」


 キューティーレインボーのほうも肩で息をしていたが、体力的にはわずかに余裕がありそうだった。そのぶん精神面ではまだキレさせたクラウディアを警戒しているのか、チラチラと雨雲仮面ばかり気にしている。キューティーレインボーもダニエラにタッチ。こんどはまっとうなプロレスが再開する。

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