オリハルコンの秘密

 教皇を見送った後は応接室の片づけの指揮を執りました。コトリ専務の話を聞きたいのですが、子どもを置いて飲みに行くわけにもいきません。シノブ常務も同じなので、週末にミサキの家にお招きしました。マルコの料理の脅威はあったのですが、かなり自制してくれるようになってくれているからです。


「エエ家やんか」


 そう言いながらコトリ専務はビールを抱えて来られました。まだ昼なんですけど、飲む気マンマンです。子どもの相手はマルコと佐竹本部長に任せて、三人で教皇のお話を。


「コトリ専務、教皇はやはりオリハルコンを」

「ホントしつこいったら、ありゃしないよ、まったく。オリハルコンのおかげで古代エレギオンは滅んだようなものだからね」

「でもオリハルコンは真鍮だったんじゃ」

「あははは、オレイカルコスは真鍮だけどオリハルコンは違うよ」

「二つは同じものでは」

「そういう事にしてた」

「じゃあ、オリハルコンとは何なのです」

「もう秘密も時効だから教えておくわ」


 オリハルコンとはずばりプラチナであったそうです。本当にそうなら金以上の価値がありますが、


「でもプラチナを精錬するには・・・」

「そうよ、千八百度ぐらいの高温が必要なの」

「そんな高温が得られるようになったのは十五世紀に高炉が作られてからのはずですが」

「西洋ではね。でも中国では春秋時代末期、今から二千三百年ぐらい前には出来るようになってたの。エレギオンでもその頃に可能になってた」

「それでも古代中国でも西洋の十五世紀の高炉でも千五百度ぐらいが限界だったはずです」

「さすがはミサキちゃん、良く知ってるね。でもね、エレギオンでは磁器が作れたの。そこから坩堝の技術を編み出したのよ」


 古代エレギオンの冶金技術が極めて高度のものであったのは六四黄銅の生産が可能であった事からもわかりますが、磁器が作られプラチナの精錬まで出来ていたとは。


「でもどこからプラチナ鉱石を手に入れたのですか」

「アトランティスよ。もっとも当時はエレボールと呼んでたけど。島だったんだけど、島中がプラチナ鉱石だらけみたいな感じだったの」

「そんな島があったのですか」

「あれねぇ、最初は銀だと思ってたのよ。だから採掘部隊が派遣されたのだけど、溶けないのよね。だから、偽銀と判断されて長い間放置されたの。でもコトリは利用価値がありそうと思って研究を続けたの。とにかく時間はあるからね。溶かすには高温が必要だろうってやってるうちに磁器が焼けるようになり、磁器から坩堝を思いつき、ついにって感じかな。二百年ぐらいかかった」

「に、二百年・・・じゃあ、それで大儲け」

「したけど、ずっと変わった銀だと思ってたのよ。でも銀みたいに変色しないから、白い金みたいな扱いになり、珍重されたのよ」


 当時はオリハルコンと呼ばれずモリア銀とかミスリルとも呼ばれていたそうです。モリアはエレボールに作られたエレギオンの植民都市の名前で、当初はプラチナ鉱石をエレギオンまで運んで精錬していたそうですが、エレボールで精錬まで行うようになり、その中心都市がモリアであったそうです。


「その島は?」

「火山島でね、大爆発を起こして跡形もなく沈んじゃった。たぶんプラトンはこの話をベースにアトランティスの話を書いたと思ってる」

「どれぐらい採掘を続けていたのですか」

「五十年ぐらい」

「そんなに短いのですか」


 エレボール島は沈んでしまいますが、エレギオンには相当量のプラチナが延べ棒の形であったそうです。ただ新たな供給はなくなったので、女神の神殿の奥深くに秘蔵されていたそうです。


「ああいうものって、出回る量が減れば減るほど価値が上がるじゃない。エレギオンがオリハルコンを出荷しなくなってから、幻の銀と言われて誰もが探し回るものになり。エレギオンにはそれが大量に秘蔵されているの評判が定着しちゃったの」

「だからポンペイウスにも、カエサルにも狙われた」

「そういうこと。ついでに言えばデイオタルスにもね。エレギオン王国滅亡の真相は、ポンペイウスとカエサルにオリハルコンを献上させられて、カラッポになった時にデイオタルスにも要求されたためなの」

「そっか、だからデイオタルスはオリハルコンの隠し場所を探すために、エレギオン王国を結果として破壊してしまったんだ」

「そういうこと。少しはオリハルコンで儲けたけど、その代償が亡国じゃ割が合わなかったってところかな」


 ここで前から疑問に思っていたことです。デイオタルスはエレギオンを脅迫に来ましたが、それでも一個軍団ですからフルで六千人ぐらいです。これもポントス王ファルケナス二世に大敗を喫した後ですから、もっと少なくて半分ぐらいだった可能性もあります。それなのにひたすら恭順姿勢になったのは不思議と言えば不思議です。


「あれねぇ、エレポール島を我が手に収めようとするのが多くてさ、エレギオンの精鋭部隊をゴッソリ送り込んでたの。それが火山の爆発でほぼ全滅しちゃって、もともとあんまり強くなかったエレギオン王国軍の力は、そうねぇ、四分の一以下に落ちちゃったの」


 その後、エレギオンのプラチナは歴史の中で忘れ去られて行きましたが、オリハルコン伝説はプラトンのティマイオス、クリティアスにも書き残されたこともあって、様々な尾鰭を付けながら残る事になります。さらにこれに聖ルチア伝説も融合して、ベネデッティ神父からクレメンス十五世に至るまで追い求められることになります。


「シラクサで魔女狩りにあった理由もオリハルコン。ありもしないオリハルコンを出せって要求されて断ったら、魔女にされて火炙りってこと。その頃には五人の女神がオリハルコンの隠し場所か、製法を知っていると思われてからね」

「だったら教皇にもオリハルコンの真実を教えてあげれば」

「それで済むのなら、とっくに話は終ってるよ。なにしろ相手は絶対に知っていると思い込んでるから、なに言ってもウソついているとしか思ってくれないのよ」


 そうかもしれない。


「オレイカルコスとオリハルコンを混同させて真鍮にしたのも、相手を納得させるための工作の一つだったの。でもサッパリだったわ」


 たしかに、未だにオリハルコンのロマンを追いかけてる人がいるぐらいだもの。


「ところで、どうやってデイオタルスから聞きだしたのですか」

「それはね・・・」


 ああ、しまった。つい話の流れで聞いてしまった。聞きだした場所はラブホ以外にありえないから、アレの最中に聞きだしたしかないじゃないの。でも今は真昼間、小さな子どももいますから、いくらコトリ専務でもモロの話を詳細にはしないと期待してたんですが、


「とにかく燃え上がってたからさぁ、色んなプレイをやったのよ」


 拙い。コトリ専務はこの手の話題に情け容赦がなくなる時があるんだ。


「デイオタルスも好きだったみたいでさぁ・・・」


 できるだけマイルドに表現しますが、コトリ専務はスタンダードというオーソドックスなアレだけ熱中していた訳じゃなく、かなりどころでないアブなプレイもやりまくっていたみたいです。まあ、クスリも使ってたぐらいですから、それぐらいやってると言えば、それまでなんですが、


「・・・でね、休みの日やんか。お昼食べてから夕方まで延々と責めたってん。そしたらね、ほら聞いてくれる」


 なんとコトリ専務は全部ボイスレコーダーに録音してたみたいで、


「あれ、この辺やと思うねんけど、もうちょっと先だっかな、えっと、えっと・・・」


 真昼間に小さいとはいえ子どもがいるところで聞くような代物ではありませんでしたが、


『ううわぁ、わかった、も、もうなんでも話すからお願いだ』

『やっとガイウスも素直になれたね。じゃあ、頼まれたのは誰?』

『ヴァチカンだ。これで許してくれ、お願いだ、もう耐えられん』


 ここだけでもその生々しすぎる声に耳を塞ぎたいぐらいでしたが、コトリ専務は該当場所を探し当てるまでに延々とその前後を流し続けられたのでまさに閉口状態です。


「ガイウスも口が堅くて大変やってん。でもコトリの手にかかればこんなもの」


 このアブなプレイはコトリ専務がデイオタルスを延々と、それこそ白状するまでギリギリ状態で刺激し続けるもののようです。


「でもそこまでしたら、暴れて手に負えなくなるんじゃ」


 しまった、また余計な事を聞いてしまった。


「そりゃあ、暴れたわよ。だからギッチリと縛ってやったの。あれもコツがあってね・・・」


 コトリ専務のプレイ説明の口を塞ぐのに大わらわになりました。素敵な、素敵なコトリ専務のイメージが壊れないようにするのは大変です。


「でも証拠はここだけじゃないのよ」


 止める間もなくボイスレコーダーが、


『コトリ、もう許してくれ。これ以上は、あ、だから、うぅ、ああぁ』

『さっきなんて言ったかしら。ガイウスはちゃんとお話してくれたから、これはご褒美よ』

『うぉぉぉ、死ぬ、もう死ぬ・・・』

『じゃあ、名前は』

『クレメンス十五世』

『ガイウス大好き、もっとお礼してあげる』

『助けてくれ、ちゃんと話したのに、コトリは鬼だ・・・』


 とにかく声だけですから、コトリ専務が具体的に何をされているか・・・わかるけど声に出せるようなものではありません。とにかくデイオタルスの声は断末魔状態ですから、これがどれだけ辛い状態なのかは生々しいぐらいわかります。

 前にデイオタルス相手に一週間連泊して『絞り尽くしてやる』と仰ってましたが、こんな状態を一週間も続けられたらまさしく拷問です。こうやって聞かされるのも拷問でしたけど。やっと拷問じゃなくて、デイオタルスの証言が確認されましたが、


「ここからなんだけど・・・」


 やっと、ここから教皇の狙いの話になるかと思ったら、


「ここからタッチ交代でね」


 あぁっと思ったら、ボイスレコーダーがスイッチオン。必死になって止めました。


「あれ聞きたくないの?」


 聞きたくありません。


「だろうね」


 当然です。


「声だけじゃ、つまんないものね。さすがにビデオは撮れなかったのよ」


 そうじゃなくて、真昼間に子どもがいるところで聞くようなものじゃありません。真昼間じゃなくても聞くようなものではありません。どうして、どうして、この手の話題なると妙に詳細に話したがるのか不思議です。女同士の猥談は時に過激になるのはわかりますが、今は猥談する場所でも時間でもないでしょうが。

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