第2話 そんな予感はしていた
入学式は講堂で行われるらしい。
それが終わると、合格発表の日のように、外の掲示板にクラス分けの紙が張り出されていた。
今回は急いで確認したから、前回のように困る事はあまり無く、早めに済ませる事が出来た。
一学年は五クラスまであり、私は一組に振り分けられていた。私の他にも見知った名前が並んでいて、安心したような不安なような気持ちにさせられる。
一人で教室へ入ると、既に十人程が集まっていた。
セイガフは騎士やギルドメンバーを目指す者や、故郷の発展の為に魔法や武術を学びに来る生徒が一般的だ。
私の場合は、学院で学べなかった分野を追求していきたいというのと、新たな出会いを求めての入学志願だった。
ここでは攻撃魔法、回復魔法、結界魔法、召喚魔法──他にも豊富な種類の魔法を選択制の授業で学べる。
私はこれから回復と召喚について学んでいこうかと思うのだけれど、一年生はまだ選択授業が無い。最初の年はそれぞれの基礎的な魔法から勉強していき、来年度から好きな授業を選んでいくシステムになっているのだ。
そして、もう一つが武術──肉体を使った戦闘技術についての授業もある。
こちらも今年は基礎から始めていくらしいけれど、ケントさんの場合は、二年生から魔物討伐授業を選択していた。
魔物は人々の生活を脅かす、危険な存在だ。人間を相手にするのとはまた違った技術と経験が要求される。
これ以外にも、来年から選択出来る弓や槍といった武器それぞれの技の精度や技術を追求していく、対人戦を主とした授業もあるそうだ。
私は武器を扱った経験が無いから、この一年で自分に合ったものを探していくつもりだ。
好きな席に座っても良いようだったので、私は眺めの良い窓際の席に着く。
しばらく外を眺めながら他の生徒が来るのを待っていると、後ろから元気な少女の声が聴こえてくる。
「おはよう、レティシア! あー、同じクラスになれて良かったよー!」
「おはようございます、ミーチャ。私も、貴女と同じクラスで嬉しいですわ」
ミーチャもこのクラスに決まっていたのが、私が安心した理由だった。
彼女とは寮の部屋まで同じだったものだから、あの時は本当に驚いた。
寮に荷物を送るよう入学案内に書かれていて、そこに同室となる生徒の名前も記載されていたのだ。
入学前にそれは知っていたけれど、今日までミーチャとクラスまで同じになるとは思っていなかったから、とても嬉しいサプライズである。
そして彼女に続き、今度は少し学校生活が不安になる原因の二人がやって来た。
「レティシア、おはよう! 今日から一年、同じクラスで嬉しいよ! こいつまで一緒なのは気に食わないけど……」
「それはこっちのセリフだ。まぁ、そっちの子もこれから一年宜しく頼むぜ」
そう。リアンさんとウィリアムさんまで見事にこのクラスに配属されていたのだ。
もしかしたら私の未来の旦那様になるかもしれない二人だけれど、この二人は顔を合わせればすぐ喧嘩を始めてしまう。それが不安の理由だった。
賑やかな一年になるのは間違い無いのだけれど、何か問題を引き起こしてしまうのではないかと心配なのだ。
「俺はウィリアムだ。ウィルって呼んでくれ」
「オレはリアン。背はちっこいけど、素早さなら誰にも負けない自信があるぜ!」
「あたしはミーチャです! 模擬戦の時は色々凄かったね」
「まあ……な。色々やりすぎちまったとは思ってるよ」
「オレは未だに根に持ってるからな!」
二人はミーチャと握手を交わし、自然な流れでそれぞれ私の近くの席に座った。
私の左側は窓だから、右にはミーチャ。前の席はリアンさんが座り、私の後ろにウィリアムさんが来た。
完全に三方向を知り合いで固めた状態になった。席替えが無ければ、この配置のまま一年間を過ごす事になるのだろう。
何だか胃が痛くなるような、心強いような……。
それからしばらく他愛もない会話をしていると、またしても見覚えのある男性がやって来た。
「どこでも構わん。ひとまず着席しろ」
流れるような美しく滑らかな銀髪を腰の辺りで纏め、華やかさの中に確かな重みのある黒の上着を羽織ったその人──アレク先生は、教室を見渡しながらそう言った。
有無を言わさないピリッとした空気の中、談笑していた生徒達は急いで空いた場所に着席していく。
すると、一瞬だけ先生と目が合った。
一瞬だけのはずなのだろうけれど、彼のアイスブルーの瞳から何秒も視線を注がれたような……そんな錯覚に陥った気がした。
私から目を離したアレク先生は、凛とした態度で口を開く。
「今日から一年、この一組の担任を受け持つ事になったアレク・グリーンウッドだ。既に私の顔を覚えている者も多いだろう。私は主に魔物に関する授業を受け持っている。何か気になる事があれば、いつでも質問をするように」
まさか、彼までこのクラスに関わる事になるとは……。
よく見れば端の席に、ウィリアムさんのパートナーだった大人しい少年──ロビンさんまで居るではないか。
試験で知り合った人が全員集合しているとは……意図的に仕組んだものとしか思えない。これが偶然だったら、驚くなんてものでは済まされない。
模擬戦で騒ぎを起こした問題児として、目を付けられているのだろうか。私やミーチャ、そしてロビンさんまでもを巻き添えに。
……いや、考えても仕方が無い事は止めよう。
「今日はただの顔合わせだけが目的だ。授業は明日から始まる。授業の予定表を配るが、これに沿った教科書や必要な持ち物を持参する事を忘れるな。私は忘れ物には厳しいからな」
何故だか初めてアレク先生と顔を合わせた時より、冷たい印象を受ける。
これだけ冷静な人が緊張しているとは思えない。理由は気になるけれど、私の単なる勘違いかもしれない。
配られた予定表には、曜日ごとの時間割が記されていた。
「食堂で出される朝食は、午前七時から八時までの一時間のみ提供される。それより早い時間帯を望む生徒は、寮の部屋に備え付けられている台所での自炊を推奨する。昼食は昼休み、夕食は午後六時から八時までとなっている。食材の買い出しは自由だが、購買で注文票に記入し、後日宅配するサービスも利用可能だ」
食堂は毎月決められた金額を支払えば、毎日利用する事が出来るらしい。
自炊で食費を浮かせる生徒も居るようで、学校終わりに市場で買い物をする人も珍しくないそうだ。
私は料理が出来ないけれど、ミーチャは一通りのものは作れるそうなので、食費がピンチになったら二人で自炊をして乗り切ろうと約束した。
他にも、アレク先生は学校の色々な施設を説明して下さった。
様々な分野の本を取り揃えた図書館や、模擬戦を行った訓練棟。
薬草や珍しい果物を育てている植物園に、飛竜を飼育している竜舎があるなど、ルディエルの学院にも負けない設備を紹介された。
そして最後に男子と女子の寮の場所を説明され、今日はこれで解散した。
先生はすぐに職員室に戻ってしまったようで、彼の重圧から解き放たれた他の生徒達は、一斉に帰りの支度を始めている。
「ビックリしたなー! あの人がオレ達の担任だなんて、何か本当にビックリしたよ!」
「言いたい事は一応伝わりますけれど、びっくりを二回も言ってますわよ?」
「だって本当にビックリしたんだよ! みんなは驚かなかったの?」
リアンさんは椅子の背もたれに片腕を乗せ、横座りになって顔を向ける。
「あたしも驚きはしたけど……」
「やっぱ驚くよなー!」
「だがまあ、目を付けられてるのは確かだろうなぁ」
そう言ったウィリアムさんに、私達の視線が集中した。
「試験で呼び出されたのは俺達ぐらいだ。面倒事を起こしそうな生徒をこのクラスに纏めたって考えるのが自然じゃねぇか?」
「……貴方と意見が合うとは思いませんでしたわ」
「そんな嫌そうな顔して言わないでくれよ……」
普段のウィリアムさんがアレだから、こうしてまともな事を言われると違和感がある。ちょっと反応が悪くても許してほしい。
「ウィルの言う事が本当なら、あんたとレティシアとリアンが目を付けられたって事になるのかな?」
「下手したら失血死だったからな。逆に何で合格させたのか不思議だが……。あのアレクって教師が、俺達の監視役って事なんじゃねぇのか」
「タダモノじゃないってふいんきだもんなー」
「ふいんきじゃなくて、雰囲気ですわよ」
「ふんいき……? え、もしかしてオレ、今までずっと勘違いして言ってたのか!?」
「うわぁ、恥ずかしいヤツだなアンタ」
「んおおおおお……!」
リアンさんの勘違いはまあ良いとして、やはりこのクラス分けにはそういった意味があると考えて良いだろう。
自分で言うもの気が引けるけれど、私達三人はそれぞれ才能があるのは間違いない。だからこそアレク先生という厳しい監視の目を置き、私達を集めたのだろうから。
「普通にやってりゃあ問題ねぇだろうから、そこまで気にしなくて良いとは思うけどな。とりあえず昼飯まで色々見て回ろうぜ? 勿論、レティシアと二人きりで……」
「はいはい、皆で行きましょうねー」
学校側の思惑を感じつつ、私達の学校生活一日目はこうして始まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます