第3話 自分だけの武器
「何なの、これは。何でこんな地味なデザインが混じってるのぉ?」
二週間後、頼んでいたデザイン画が届いた。
私とマルコさんは、それを持ってアルシャント邸に行き、客間でマリアンヌにその完成予想図を見てもらっている。
「五枚ある中でも、とびきり地味なデザインね。こんなのあたしが着るとでも思ってるのぉ? これだけは無しよ、ナシ!」
全部で五種類のドレスのデザイン画は、海のように青く海藻のような物が巻き付いたドレスや、何色も使った奇抜なものまで様々だ。
その中で彼女が散々批判しているのが、白をベースに赤いリボンを所々にあしらった、少女らしく可憐な印象を受けるデザインだった。
これは、私がデザイナーにお願いしたものである。
マリアンヌには刺々しい派手さのあるようなものは似合わないと思ったから、黙っていれば愛らしい彼女を引き立てるデザインを描いてもらったのだ。
「お言葉ですが……アルシャント様。貴女に似合うドレスは、今正に否定されたそのデザインであると思います」
「何ですってぇ……?」
目に見えて不機嫌な様子のマリアンヌに構わず、私は自分の意見をはっきりと告げる。
「まずは、貴女のスタイルです。成長途中ですから仕方ありませんけれど、こういった大人の女性ですら着こなすのが難しいデザインは、ハッキリ言って似合いません」
「……っ、うるさいわよバカ!」
「もっと身長があれば映えるかもしれませんが、こういった派手なデザインは、アルシャント様の持つ雰囲気に相応しくありませんわ。せっかく小柄で愛らしいお顔付きですのに、その魅力を自ら台無しにしてしまうのは、あまりにももったいないです」
小柄で愛らしい、と口にした瞬間にマリアンヌの顔が真っ赤に染まった。
彼女の暴言が止まったのを良いことに、私は言葉を畳み掛ける。
「こちらの白のドレスは、勝手ながら私がアルシャント様に一番お似合いなるものを──と提案し、描いて頂いたものです。この色でしたらアルシャント様の髪色にも反発しませんし、貴女の持つ魅力を充分引き出してくれると思いますわ」
「……でも、こんな子供っぽいドレスじゃ嫌よ。あたしはただでさえ若く見られるっていうのに、こんなの着たらお子ちゃまにしか見えないじゃない……」
拳を握り締め、彼女は俯いて言う。
「知ってる? この前、セグウェール王子が三人目の花乙女を選んだの。あたしは王子の花乙女になりたいの。その為にはもっと女を磨いて、もっと大人っぽいレディにならなくちゃいけないのに……!」
もう三人も決まっていたのね。どうでも良いから全然気にしていなかったわ。
私を抜いて三人だから、私が花乙女だった頃の第四位までが選ばれたのね。
最大七人までが選ばれる、王子の婚約者──花乙女。
前の人生では私が第一位、マリアンヌが第六位、そしてエリミヤが第七位としてセグに迎え入れられていた。
この順番通りなら、マリアンヌが選ばれるまで、まだ時間が掛かる。彼女はその日が来るまで、ずっと焦り続けてしまうのだろう。
「これまで花乙女に選ばれた子達は、みんなあたしより大人っぽくて……だから絶対王子は、そういう女の子が好みに決まってるわ。だから私も、そんな女の子になれないとダメなのよ!」
そう怒鳴り散らしたかと思うと、彼女の両目からぼろぼろと涙が零れ落ちた。
この子がセグの隣を望む理由は、全て彼の地位と権力によるものだ。彼自身の人柄なんて、ほんのおまけ程度にしか思っていない。
それを私は知っているけれど、私が任された仕事は、彼女に満足してもらえるドレスを提供する事。
そして──ミンクレール商会に貢献する事だ。
「まだたったの三人しか選ばれていないというのに、そんなに追い詰められていては、他の子達に勝てませんわよ?」
「……!」
「王子の隣にある事を望むのでしたら、貴女の持つ一番の武器を磨くべきです。それが貴女に出来る、最初の努力ですわ」
「あたしの……武器……」
「ええ。貴女だからこそ持つ魅力、とも言えますわね。私はそれを引き立てられるデザインをお持ちしたのです。セグの……いえ、セグウェール王子の妻となる事を望む少女は、数え切れぬ程居るのですよ? 貴族や財閥の娘のみならず、花乙女には平民だって選ばれる事もあるのですから」
現に彼は、何の変哲もないエリミヤを選んでいたのだもの。
「花乙女に選ばれれば、離宮や学院での生活の中で、他の娘達と争う事になるでしょう。貴女はその戦いの場に身を置き、勝ち抜く覚悟はおありですか?」
「あ、あるわよ! あるに決まってるじゃない! あたしを誰だと思ってるのぉ!? 高潔なるアルシャント侯爵家の娘、このマリアンヌが正妃の座を勝ち取るに決まってるじゃないのよぉ!!」
「それなら、貴女のその覚悟を信じ、助言致します。そのドレスを選んで下さい。きっと本心では気付いているのでしょう? 自分に本当に似合うのは、その白のドレスなのだと」
「……そんなの言われなくても分かってたわよ! はいはい、あたしのガキンチョみたいなワガママでしたよ! そこまであたしにそれを着てもらいたいなら、着てあげるわよ!」
ごしごしと涙を拭い、マリアンヌは私に向けてビシッと人差し指を突き出す。
「これを着て今度のパーティーに行った時、もしも評判が悪かったら許さないんだからね!?」
「そんな事はありえませんわね。あまりにも評判が良すぎて、感謝の手紙をしたためたくなりますわよ?」
「はーん、言ったわね! その言葉、しっかり覚えておきなさいよ!」
こうして私が提案したデザインでドレスを作る事になり、私の言葉通りマリアンヌから手紙が届く事になるのだけれど……。
彼女の仕事が済んだ後、商会には普段よりも多くドレスの注文が舞い込んで来た。
他の婦人服担当の従業員達と手分けして仕事を裁き続け、みるみる商会の評判は回復していった。
風の噂によれば、マリアンヌがパーティーで散々うちの商会で買ったのだと自慢していたらしいのだけれど……それが大きな宣伝効果に繋がったのだろう。
これでもしも、他のデザインで作っていたのなら……彼女にとんでもない悪評を広められていたのかもしれない。
そう思うと、意地でもあのドレスを押し通して良かったと、私は心から安堵した。
──────────────
それから、一年の月日が流れた。
「必要事項は全て記入してありますわ。後は、これを学校に送れば良いのですわよね?」
「うん。アルドゴール様のサインもあるし、不備は無いようだね。お疲れ様、レティシア」
遂に来年度、私はセイガフ魔法武術学校に入学出来る年齢を迎えられる。
入学試験の申し込みに必要な書類に記入を済ませ、学校に送るだけである。
後は、試験の日程が知らされるのを待てば良いだけだ。
学院でも入学試験があったけれど、そんなに難しい内容ではなかった。きっと今回も似たようなものだろう。
そんな事を考えていると、書類を確認して下さったケントさんの口からとんでもない発言が飛び出した。
「後はそうだねぇ……。試験の日に、良いパートナーに巡り会えると良いね」
「え? パートナーって……試験を受けるのにパートナーが必要なんですの?」
「あれ、知らなかったかい? セイガフの入学試験は筆記と面接の他に、模擬戦もあるのだけれど……」
じ、実力主義の校風をこんな形で実感する事になるだなんて……!
お兄様ったら、そんな話一度もしてくれませんでしたわよ!
「パートナーと組むのは模擬戦の時だけなのだけれど、その試合結果も考慮されるんだ。組む相手は学校側が勝手に決めてしまうから、運に任せるしかないんだよねぇ」
「で、でも、勝てば良いだけですものね!」
「そうだね。例えパートナーがどれだけ足手まといであったとしても、君なら例え一人でもどうにかなると思うよ。それぐらい君は優秀だからね」
彼はそう言ってくれるけれど、私は授業以外で人に向けて魔法を使った事はほとんど無い。
それも、相手は試験に受かる為に全力で挑んで来るに決まっている。全員が全員魔法で戦う訳ではない。武器を使う人も居るのだ。
私のパートナーとなる人が武術系の方ならバランスが良いのだけれど……武器の扱いはよく分かりませんもの。
「そんな不安そうな顔をしないでおくれよ。万が一試合結果が悪くても、君なら他で充分取り返せる。心に余裕を持って試験に臨む事をお勧めするよ」
「ええ……」
そうですわよね。何も試合に負けたら全てが終わりではありませんわよね。
何といっても、私はあの鬼のように強いレオンハルトお兄様の妹なのだから。
いけます、いけますわよ絶対!
頑張れば何だって出来ますわ!
そうすれば私もケントさんと同じ学校で、同じ敷地内で過ごせるのですから!
「願書の締め切りが再来週だから、その二週間後には連絡が来るはずだよ。まだ時間はあるのだから、今から緊張していては身が持たないよ?」
「そ、それはそうなのですけれど……もう大丈夫ですわ! 私ならやれます! ケントさんに稽古を付けて頂きましたし、何の心配もいりませんわ!」
「そう、その意気だよレティシア! 攻撃魔法の扱いだって見違える程上手くなったし、君の防御魔法だって立派な武器になる。一般的な入学希望者とは比べ物にならないさ」
そう、そうですわよね!
ああ、私は本当に良い先輩に巡り会えましたわ……!
模擬戦に向けて、魔法の完成度をもっと上げるべきだ。そうすれば評価ももっと良くなるはずだもの。
私はもっと自分の努力を信じるべきなのだ。後悔しない道を選んだというのなら、その道をただひたすら突き進むのみですわっ!
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