作戦会議みたいなもの

 ミサキの方が先に退院になりましたが、コトリ部長も復帰され、久しぶりにクレイエールに三女神がそろいました。敵もわかったし、これからの戦いに身が引き締まる思いです。なんと言っても相手はアングマールの魔王です。ただなんですが、コトリ部長の決闘シーンの話から、どうしても魔王というか痴漢とか変質者をイメージしてしまうのが難点です。

 ラ・ボーテの夏商戦はこれまでのキレがありませんでした。クレイエール事業部、営業部の奮闘もあって、久しぶりに優勢になり、綾瀬副社長の眉間の皺も少し浅くなった気がします。これについてコトリ部長は、


「あれだけ食らわしたんやから、クソ魔王も夏には立ち直れるもんかいな。問題は秋商戦やろな」


 それでも会社全体を覆っていた沈滞観は払拭され、綾瀬副社長の気合の入った大号令の下、秋商戦に一丸となって取り組んでいます。そうそう首座の女神がコトリ部長と話したがってることを伝えたのですが、


「気が乗らへんな。またお説教するつもりやろ。こういう時はユッキーの怒りが静まるまで時間を置いた方がイイんよ」

「時間って、どれぐらいですか」

「とりあえず十年ぐらい」

「十年って、どれだけ!」

「今回はそうもいかへんけど」


 とにかく首座の女神と会うのは色々と厄介なんですが、今回は首座の女神の方から言い出しているので、たぶん山本先生を呼び出したら出てきてくれると思います。名目も問題なのですが、コトリ部長とミサキの快気祝いでなんとかなりそうです。

 これも加納さんが出席出来ない状況を確認してから、個室を取って山本先生に来ていただきました。これも何度もやると宜しくないのですが、今は目を瞑る事にしています。でも今度は早かった。山本先生が部屋に入るや否や、


「知恵の女神、なにがあった」


 威厳に怒りを含ませた首座の女神の声です。ミサキはこの声を聞いただけで震え上がりそうな思いでしたが、コトリ部長は明後日の方向を見ながらビールを片手に、


「とりあえず礼言うとくは」

「それはわかったが、何があったのじゃ」

「そんな怖い声ださんでもイイやんか。エレギオンの時じゃあるまいに」

「知恵の女神!」


 威厳に満ち、それに怒りを含んでいる首座の女神の声なだけに、コトリ部長の応対は聞いてる方がヒヤヒヤするようなやり取りです。


「今は知恵の女神よりコトリって呼んでほしいかな」

「ではコトリ、なにがあった」

「クソ魔王とやりあった」

「コトリ一人でか・・・どうしてそんな無茶をやるのじゃ。助かったから良いようなものの、下手すれば死んでおったぞ」

「生き残ったからイイやんか。だいたいやでユッキー、コトリ一人でやらなしゃ~あらへんやんか。偉そうな声でお出まししてるけど、今のユッキーはカズ君ところで隠居中みたいなもんで、役立たずやんか」


 そこまで言うかと思いましたが、これも理屈と言えば理屈です。


「それでも無茶な」

「無茶、無茶言うけど、何年ぶりやと思てるのよ。今のクソ魔王がどうなってかを知るには戦うのが一番やろ。どうせ今のユッキーじゃクソ魔王に会いもできへんし」

「コトリはいっつも、いっつも、こんな無茶ばっかり、あの時も、あの時も・・・・」

「ユッキーは口癖のように慎重にっていうけど、待ってたってラチ開かへんかったもあったやんか、あの時も、あの時も・・・」


 そのあと声をそろえるように


「ホンマに相性が悪い」


 聞きながら感じたのは最高のコンビじゃなかろうかです。慎重な首座の女神と積極的なコトリ部長が組み合わされる事によって、両方の弱点がカバーされるぐらいの感じです。意見が合わないことが多いから『相性が悪い』と言い合っていますが、意見が合わないことがコンビとしての本当のメリットのはずです。


「ちょっとよろしいでしょうか」


 これに対して、


「なに?」


 二人同時に突っ込まれてビビりあがりましたが、


「いくつか教えて頂きたいのですかアングマールの魔王の存在について、お二人の見解は」


 これまた声をそろえられて、


「不倶戴天の仇敵」


 その後が大変でコトリ部長が、舞子公園の時に魔王に服の上からオッパイを鷲掴みにされた話をしたら首座の女神は、


「なんですって、ま、魔王がコトリのオッパイを。それも服の上からとはいえ鷲掴だって! ゆ、ゆ、許せない。あのエロ親父め、調子に乗って付けあがりやがって、あんなエロ親父に・・・コトリ、それで、おめおめ生きて帰って来たと言うの」

「おめおめは言い過ぎよ。渾身の一撃をキンタマに直撃で食らわしたんだから」

「それでこそ知恵の女神」


 そこから魔王の悪口と言うか、どれだけエロ・ジジイでエロ親父なのかの悪口を散々叩かれてました。これで前に魔王との会話をミサキに聞かせたくなかった理由がよくわかりました。そりゃ、あの懇親会場で口に出来るようなお話じゃありません。やっと悪口が一段落したので、


「不倶戴天の仇敵の理由はよくわかりましたが、具体的にはどうするおつもりですか」


 お二人はまた声をそろえて、


「今度会ったら宇宙の塵に変えてやる」


 やっぱりお二人は仲がイイんですよね。ここから作戦会議になると思ったのですが、


「そろそろ時間だわ」

「そうね、これ以上やるとカズ君を誤魔化せなくなるし」

「わたしが出る必要ある?」

「あったら呼ぶ」

「じゃあ、任せたわよ」

「ほんじゃね」


 意識が戻った山本先生をシノブ部長と三人がかりで誤魔化しての帰り道。


「コトリ部長、首座の女神とは魔王対策の作戦会議になりませんでしたね」

「あら、そう。珍しく実りある会議だったわよ」


 えっ、あれのどこが、


「だって、魔王対策はコトリに一任って決まったし、方針は魔王の抹殺だし、必要があればユッキーも駆けつけてくれるってなったじゃないの。とくに最後のは重要で、カズ君から出てでも魔王退治にユッキーは協力するってなったんだよ。これ以上、なにか必要?」


 お二人の会話ってそういう風に受け取るのか。


「でもコトリ部長だけで勝てるのですか?」

「前にやった感じなら、まともに行っても勝てへんな」

「では首座の女神の援軍を」

「いらんやろ、たぶんやけど。あんなクソ魔王のエロ・ジジイ程度を退治するのにユッキーまで必要とは思えへん、ただ・・・」

「ただどうされたのですが」

「どうにもクソ魔王のエロ・ジジイは呼ぶには長すぎるから、エロ魔王のクソ・ジジイにしたろかと思て」


 長さは一緒だと言いかけたけどやめました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る