武神と女神
ミサキもだいぶ動けるようになって入院中にコトリ部長からあれこれ話を聞かせてもらいました。
「この辺はユッキーの方が詳しいんだけど、人に宿る神ってかつては結構いたみたい」
人に宿る神は人には殺せません。宿った人は殺すことが出来ても、宿っている神自体には傷一つ付けることは出来ないそうです。
「でもコトリ部長は」
「そうなの、人には殺せないけど、神には殺せるの」
神もタイプがあったようですが、大きく分けると武神と恵みの神に別れるようです。これも男は武神、女は恵みの神ぐらいです。
「女の武神もおってんけど、神同士って仲があんまり良くなくて、とくに武神同士はすっごく悪かったの」
女の武神では男の武神に対抗しきれず滅び去り、男の恵みの神もまた武神に対抗できずに早くに滅んでしまったようです。
「武神はなぜそうなっていたかはわからないけど、とにかく地上の覇者になることのみが目的になってた。男ってさぁ、自分が世界一強いってことに憧れが強いのが多いやん。それが極端に増幅してたぐらいかな」
武神たちは互いに争い殺し合い、長い年月の間に数を減らしていったとのことです。
「武神と女神の関係は?」
「とにかく微妙。人間の男と女の関係みたいな部分もあったみたいだけど、武神と女神が結ばれても人間の子どもしか出来なかったみたい」
「じゃあ、数は増えないのですか」
「たぶん。しょせんは宿ってるだけだから、出来た子供は人間ぐらいじゃないかな。わかんないけど、寄生虫型の地球外生物みたいな気もしてる」
武神と女神は見ようによっては補完関係ですが、
「とにかく武神の覇権欲は強かったみたいで、女神でも自分の地位を脅かしそうと思うと情け容赦なく殺してたみたい。何度か大規模な女神狩りもあったみたいで女神の数もドンドン減ったみたいよ」
コトリ先輩の記憶が始まる五千年前のシュメールのアラッタの時代には、神は殆どいなくなってたようです。
「アラッタの時の主女神は、そういう恵みの女神の生き残りだったの。生き残っただけあって力は強大だったけど、そこにウルクのエンメルカル王が挑んで来たのよね」
「アラッタ陥落を予見した主女神は脱出して古代エレギオン王国を作るんですよね」
「そうなんだけど、エンメルカル王が武神の生き残りだったのよ。それもあって争いを避けるために逃げたところもある。あの時の主女神でもガチでやれば勝つ自信がなかったんじゃないのかな」
武神と女神と言っても、争えばパワー勝負だそうですが、パワーは神の持つパワーと宿った人間の複合というか合成みたいな感じだそうです。男に宿る方がパワーはより強化されますし、武神は長年戦い慣れているところがあり、女神は正面切って争うとかなり不利みたいな感じに受け取れました。
「エレギオンの地に逃げたのは武神であるエンメルカル王と争わない意味と、やはり神はシュメールの地を基本的に好んだところがあるの。もう武神の脅威はコリゴリってところかな」
古代エレギオン王国の始まりは紀元前三千年頃。紀元前二千年頃から扱いに厄介な主女神には眠ってもらい、首座の女神と次座の女神による統治体制が取られ安定し繁栄の時を迎えます。
古代エレギオン王国といっても都市国家ですが、徐々に周辺に出来上がっていった他の都市国家とは基本的に争わなかったそうです。もちろん古代の事ですから、隙あらば攻め寄せてきますが、当時的には先進国家であり、その地域としては規模も大きかったので余裕で撃退は可能であったようです。やがてエレギオンを中心に平和同盟的なものが結ばれ、平穏の時を過ごせるようになったそうですが、
「北の方に軍事国家アングマールが出現したのよね。それがエレギオン同盟国に侵攻を繰り返すようになったの。最初はたいしたことはなくて、同盟軍が相手の首都まで攻め寄せて降伏させたこともあったのよ。ところがある時期から妙に強くなって、同盟軍が負けちゃったの。あの報告を聞いた時はビックリした」
アングマールはエレギオン同盟の北部地域の都市を次々に占領します。エレギオン同盟は何度か討伐軍を送りますが、どうしてもこれに勝つことが出来ません。
「軍事はずっと人間の王に任せていたんだけど、ある時にコトリも一緒に行ったんだ。そしたらね、武神がいたのよ。あれ見てビックリした、ビックリした。こりゃ、勝てんと思ったら、やっぱり負けた」
負け続きのエレギオン同盟は討伐軍を送る余裕もなくなり、さらに同盟国もアングマールに寝返っていきます。武神はかつてのエンメルケル王ほどではないのが幸いとはいえ、このままではエレギオンの街が包囲されるのも時間の問題の状況に追い込まれます。
「いや包囲されちゃったのよ。都市の防壁自体はしっかりしてたけど、相手はとにかく武神。都市内部に自壊の心理攻撃をかけてくるのよね。国民の心が弱気と猜疑心に蝕まれていくの。これへの対応はホント大変だった。コトリとユッキーが交代で頑張ったけど、最初の包囲戦だけでも三年ぐらいやってたかなぁ」
「どんな感じの心理攻撃ですか」
「とにかく心の希望が消えていく感じ。ひたすら重苦しい空気が包み込んでる感じって言えば良いかな。ただでも籠城戦は息苦しいのに、あれはかなわんかった」
「どうやって勝ったのですか」
「我慢比べ。攻撃する方もパワーがいるねん。武神の方が先に音を上げたぐらいかな」
何回も包囲戦が行われたものの守り切ったそうです。ただ野外決戦の劣勢は否めず、他の同盟国もアングマールに次々と攻め落とされ状況はさらに悪化したそうです。籠城戦も都市こそ守り切ったものの近郊に広がる農作物への被害は大きく、籠城のための食糧の備蓄も心許なくなっていきました。
「そこでな和平交渉を持ちだしたんや。つうてもそんな状況やから事実上の降伏交渉みたいなものやねん。ただ、コトリには一発逆転の秘策があったんよ。ユッキーはリスクが高すぎると反対したけど、交渉の場に出て来た武神をその場で仕留めてしまおうって作戦」
「でも女神は戦いに弱いのじゃ」
「正々堂々と正面からやったら持久戦の消耗戦になるから、不意打ちの一発勝負にかけようって。当時の神々の戦いって、ガッチリ組み合って相手のパワーを消耗させて、弱った方がトドメを刺されるって感じ」
「前に首座の女神と対決された時の感じですね」
「そうなの。それをね、パワーを一点に集中して外に押し出す方法をコトリは編み出したの。これなら組み合う必要はないし、相手の知らない戦術だから不意を衝いて勝てる計算だったの」
コトリ部長の戦術は二段で、外に押し出すパワーを輝く女神にも伝授し、まず輝く女神に撃たせ、弱ったところをコトリ部長がトドメを刺す作戦でした。武神との会見場に使者として乗り込んだコトリ部長は、武神が出て来て玉座に座った瞬間に輝く女神に撃たせたそうです。
「それがね、外れちゃったの。使い慣れていなくてコントロールが悪かったってところかな。ところがね、外れた一撃は後ろの壁に当たって大爆発。ありゃ、ビックリした。輝く女神が本気で撃つとああなるって初めてわかった」
おいおい、練習してなかったというか、そんなぶっつけ本番でイイのかよ、
「これに吹き飛ばされて武神が玉座から転げ落ちて来たの。ちょうどコトリの前に来たから、ドスンと一発。至近距離だから見事命中ってところ」
「じゃあ、それでケリがついたのですね」
「そうはいかなかったのよ。外にパワーを押し出すのは、基本的に無理があって、すっごく体力使うし、なおかつロスがムチャクチャ多いのよ。最初に一撃を放った輝く女神なんて、撃っただけで気絶してバッタリ倒れたぐらい。コトリは逃げる算段があるからセーブしながら撃ったのだけど、深手こそ負わしたものの致命傷にはならなかったの」
深手を負った相手の武神はしばらくは活動が鈍り、エレギオンは占領された都市国家を次々に奪還し、アングマールの首都を逆に包囲するところまで追い込みます。ところが首都は頑として落ちてくれません。
「どうも、その頃にはかなり回復していたみたいなの。都市から打って出る敵に逆に追い回されるぐらいになっちゃったの。相手も必死だから武神を先頭に出撃して来るんだけど、これが強いんだよね。そこで一策を案じたの。武神が出てくるのなら、もう一撃かまそうって」
巧妙な誘導戦術を取って武神を誘い込み、まずは輝く女神が一撃を放ちます。
「武神も前の時に懲りたみたいで、ラクラクと交わしちゃったのよ。こりゃ、拙いと思ってコトリも一撃を放とうと思ったのだけど、相手の武神が笑いながらいうのよね、
『知恵の女神、この距離じゃあたらんよ。お前が放った後にゆっくり料理してやる』
余裕綽々で憎たらしいったらありゃしない」
「でも絶体絶命」
「そうなのよ、まともに組み合っても、そもそも勝機はないし、一撃が外れた後なら話にならないぐらい。でも悔しいから言い返してやった、
『知恵の女神を舐めたらアカンで、前と同じと思ったら大間違い。お前がどんなに素早くかわそうと交わそうとしても必ず当たるのよ。お前が交わそうとするなんて、とっくの昔にお見通しよ』
そしたら、ちょっとだけ顔がマジになった」
「そんな戦術を編み出したのですか」
「イイや、全部ハッタリ。すべてはコトリに注意を引きつけるための作戦。この直後に武神はぶっ倒れた」
「当たったんですか」
「うんにゃ、エレギオン本国から密かにユッキーに来てもらってたのよ。ユッキーの存在を察知できなかった武神は直撃を喰らってぶっ倒れ、そこにコトリがトドメの一撃」
「武神は死んだのですか」
「死んだと思ってた。でも生きてた。やっぱり離れた一撃ではトドメを刺すには弱すぎたんだろうなぁ」
女神が武神に勝てない理由はパワー差、戦術差、人間としての戦闘力の差がありますが、それだけでなく、
「ホンマはあの時にコトリが組み合って消耗戦を仕掛ければトドメは刺せたと思ってるの。でもね、あんな男に組み合うのはどうしても嫌だったのよ。だから離れてドカン」
生きるか死ぬかの瀬戸際ですから、男の好みを言ってられないとい一瞬思いましたが、よほど嫌なタイプだったと想像するぐらいです。
「ホンマに趣味悪いんやから。神が次の宿主を選ぶときには前の宿主と似たようなタイプを選ぶことが多いのよね。だからいつの時代のコトリもどことなく似てるのよ。あのアングマールのクソ魔王の好みは最低。見たやろラ・ボーテの原口社長。いっつもあんな感じなのよ」
「いっつもって」
「ああ、今の話だけ聞いたらそんなに長い期間の話と思わへんかもしれんけど、だいぶ端折ってるのよ。だいたい二百五十年ぐらい延々とやってるの。あのクソ魔王が出て来てからも二百年ぐらい」
そりゃ顔馴染みなると思った次第です。
「とにかくクソ魔王のやり方は陰険でイヤやった。真綿で首絞めるみたいなやり方が好きなのよねぇ。あんな暗い性格やったら友達出来へんと思う」
あのぉ、武神は覇者を目指すのですから、陰険なのはまだ批判としてわかりますが、友達が出来るかどうかはあんまり関係ないような。
「あんな奴の顔なんて二度と見たくなかったのに、こんなところで出くわすとはねぇ」
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