第106話 エントランスで(アルフォンス視点)
最後にルイーゼと会ってからというもの、アルフォンスはジークベルトと話す機会を見計らっていた。
内容を護衛騎士に聞かれたくはない。どこかの部屋を借りきって部屋の安全を確保できれば部屋の外に護衛騎士が待機するという形でもいいはずだ。騎士に話の内容まで聞く権利はないのだから。場所が決まれば予めルイーゼに待機してもらって遮音の魔道具を使えばいい。
一刻も早くジークベルトとの約束を取り付けなくては。だがあの王子はなんだかんだでなかなか捕まらない。一体どこを飛び回っているんだか。
そもそも学園であまり見かけないのだ。聞いた話では、授業をさぼって護衛と一緒に街を散策しているらしい。社会勉強だと言っているそうだが、転生者の思考や行動は全く予測がつかなくて困る。
それにしてもルイーゼは最近ますます可愛くなっている気がする。会いたいときにすぐに会える状況ではないのに、あれでは余計なものをいろいろ惹きつけてしまうのではないだろうか。大っぴらに虫よけもできないのにどうしてくれようか。
以前はあまり好きではなかったあのボリュームのある髪型も、今見ると可愛くて仕方がない。ルイーゼに会えないのがつらくて、心の癒しにフロールウサギを飼おうかと思ったくらいだ。
ときどき学園でルイーゼが歩いているのを見かける。すぐに駆け寄って抱き締めたいのを我慢するのがつらすぎる。
ルイーゼと会えない愚痴を言える相手などオスカーしかいない。いっそこのフラストレーションをオスカーにぶつけてしまおうかと本気で悩んでいる。
――待てよ。オスカーはルイーゼに似ている。もしも女装をさせたとしたら、フロールウサギを飼うよりも……
(ちょっと待て、落ち着け、俺)
それだけはやってはいけない気がする。そもそもそんなことをすればオスカーは二度とアルフォンスに近付いてこなくなるだろう。一時の慰めのために親友をなくしたくはない。
(だけど一回くらいは……)
――駄目だ。頭が腐りかけてきている。道を踏み外す前に、早くなんとかしないと。
いつものように煩悶しながら廊下を歩いていると、向こう側からテレージアが歩いてきた。すでに視界に入っているだろうから今から避けても無駄だろう。
(なるべく一緒にいるところをルイーゼに見られないように避けていたんだが……)
いくら避けても同じ学園にいるのだから限界がある。テレージアに好意を寄せられている認識はある。アルフォンスを見つけたら迷いなく一直線に嬉々としながら話しかけてくるだろう。
正直なところテレージアのことは嫌いではない。テレージアは王族にありがちな高慢な気質が見受けられない珍しい王女だ。ルイーゼのことがなければいい友人としてつきあっていけるだろう。
だが二人で話しているところをルイーゼに見られたら傷つけてしまうのではないかと思って、テレージアと二人で話すのはなるべく避けたいと思っていたのだ。思っていたのに……
「アルフォンス殿下。ご機嫌よう。今お時間よろしいかしら」
国賓の王女殿下に時間はあるかと尋ねられて否とは言えない。ここはエントランスホールだ。こんな目立つ所で鉢合わせるとは、ついていない。
「ええ、少しなら。テレージア殿下もご機嫌麗しく何よりです」
どうしても気になるのがいつもテレージアの後ろについている護衛騎士だ。ニクラウス・ノイマイヤーといったか。王宮に軟禁されるまでのことだが、アルフォンスがルイーゼと話そうとすると殺気を放っていたのを思い出す。
(もしかしてこの男、ルイーゼに懸想しているのではないだろうな……。もしそうなら排除してやる)
テレージア当人は暢気なもので護衛騎士の不穏な空気も全く意に介していないようだ。今日もニコニコ笑いながら話しかけてくる。
「アルフォンス殿下はこの間のお茶会で甘いものが好きだと仰ったでしょう? この王都なら、どの店のお菓子がお好きなんですの?」
どんな店の菓子よりもルイーゼの作った菓子が世界一美味しい……そう言ったらテレージアはどんな顔をするだろうか。
あのとき食べたルイーゼのアップルパイは美味しかった。以前食べたクッキーも美味しかった。いっそアルフォンス専属菓子職人として王宮に住んでほしいくらいだ。もしそれが叶うならアルフォンスの私室の隣に専用調理場を作って繋げよう。
もしかしてかなりいい計画じゃないか? 夢が広がる……。
「アルフォンス様?」
「ああ、申しわけありません。基本的には城の菓子職人が作ったお菓子しか食べないですね」
「そうなんですの……」
前にオスカーが買ってきてくれたガトーショコラは美味しかったが、あれもルイーゼのクッキーには劣っていたしな。あのときはまだルイーゼが作ったものだと知らなかったが。
「また今度、王妃様がお茶会を開いてくださらないかしら。私それまでに美味しいお菓子のお店を開拓しようかと思ってますの」
「そうなのですか」
「お菓子と言えば私と同じクラスのルイーゼはとてもお菓子作りが得意なのですって」
ルイーゼの名前を聞いて肩が揺れそうになる。後ろの護衛騎士に動揺を悟られないようにするのも大変だ。
「そうなんですか。それは凄いですね」
「私今度ルイーゼの所属する製菓クラブを見学させていただこうかと思ってますの」
「ほお……」
騎士ニクラウスの表情が僅かに強張る。この男は何を考えているのだろうか。何が狙いだ?
そのときだった。廊下の向こうからルイーゼが歩いてくるのが見えた。あろうことかギルベルトと一緒だ。魔道具会議でもしていたのだろうか。あれほど二人きりにならないようにと言っておいたのに。
外面を取り繕えないほどに気分が降下していく。
(ルイーゼ、なぜギルベルトと一緒にいるんだ……!)
見つけた一瞬だけルイーゼと目が合った。ルイーゼも恐らくこちらに気付いただろう。アルフォンスはすぐに視線を戻し、感情を表情から消した。
だがあろうことかテレージアの背後に控えるニクラウスがルイーゼのほうを見てニヤリと笑っているではないか。
(二人は面識がある……? だがルイーゼは何も言っていなかったよな?)
一体どういうことだ。頭が混乱してくる。ニクラウスはルイーゼと接点があるのか? オスカーならば何か知っているかもしれない。今度聞き出さなくては。
気を取り直してテレージアと話を続けようとすると、テレージアの視線がルイーゼを向いている。しかも嬉しそうな表情を浮かべている。嫌な予感がする。
「ルイーゼだわ。丁度よかった」
ああ、これはルイーゼを合流させようとしている。間違いない。最悪じゃないか……。
テレージアはルイーゼに手を振ったあと近付いていって、あろうことかギルベルト付きでルイーゼを連れてきてしまった。
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