第48話 ヒーロー登場


 ルイーゼが後ろを振り返ると、燃えるような赤い髪を心なしか逆立てた、背の高い騎士が剣を手にして立っていた。


「ローレンツ様?」

「兄様!」

「「兄様!?」」


 ローレンツを見たニーナの言葉に、ルイーゼとオスカーは驚きのあまり思わず聞き返してしまった。するとニーナがにこりと笑って答える。


「従兄なんです」

「そ、そうだったのね」


 従兄……なんとも意外な繋がりだ。意外なんだけど、なんとなく納得する部分もある。


「おい、どういうことだ。これは」

「ひぃッ!」


 上背のあるローレンツの怒気を孕んだ声に、男たち二人が悲鳴とともに後ずさる。倒れ込んでいる二人を置いて今にも逃げ出しそうだ。

 ニーナはというと足払いで転倒させた男の背中に乗り上げて、男の腕を後ろ手に掴み、後頭部付近まで捩じ上げている。見るからに痛そうだ。

 ローレンツが前へ出て剣の切っ先を男たちに向けながら告げる。


「お前たちを逃がすわけにはいかない。ここで大人しく捕まるか俺に斬られるか、どっちがいい?」

「ひ……! くそぉッ!」


 二人の男のうちの一人が剣を振りかざしニーナのほうへ斬りかかる。どう見てもやけくそだ。

 ローレンツは男の動きを見てすかさずニーナの前に立ちはだかり男の剣を下から剣で跳ね上げた。するとガキンという金属音とともに男の持つ剣が弾かれ、5メートルほど離れた地面に突き刺さった。

 そのままローレンツは振り上げていた剣を男の正面に向かって真っ直ぐ下方向へと斬りつける。すると男のベルトとズボンの一部が分断されずるずるとずり下がった。

 ズボンが膝まで下がり下履きだけになった男がそのままへなへなと地面に座り込む。どうやら腰が抜けているようだ。そしてローレンツに向かって哀れみを乞うように顔の前で両手を組んで、ガタガタと震えながら降参の意志を示す。


「ひいッ……命だけは、助けてくれェ……頼むゥ」

「お、俺は何もしない! 降参だ……!」


 様子を見守っていたもう一人の男も、両手を挙げて降参の意志を示した。そんな男たちの様子を見てようやく怒気を収めたローレンツが捕縛用の縄を取り出し、そのうちの二束をニーナに渡す。


「ニーナ、そっちの二人を縛り上げてくれ」

「分かりましたわ、兄様」


 ニーナは縄を受け取り、転倒していた二人を縛り上げる。

 ほどなくして路地裏へ街の警備兵たちが駆けつけ、縛り上げたごろつきたちを連行していった。あとで騎士団へ引き渡され、事情聴取が行われるそうだ。

 男たちが連行されたあと、眉尻を下げたローレンツがルイーゼとオスカーのほうを向いて気遣わしげに尋ねる。


「ルイーゼ嬢、オスカー殿、ご無事ですか? お怪我はありませんか?」

「ええ、大丈夫ですわ。ありがとうございます、ローレンツ様」

「ありがとうございます。お陰で助かりました」

「ほっ……無事でよかったです。私は騎士としての務めを果たしただけですので礼には及びません」


 ローレンツが安堵の息を吐いて応える。先ほどの捕り物にも全く動揺を見せなかった。あの威風堂々たる様は流石騎士といった感じだ。かなり格好よくて思わず見惚れてドキドキしてしまった。

 そのままルイーゼはニーナのほうを向いて言葉を重ねる。そしてオスカーも続けざまに礼を述べた。


「ニーナさん、ありがとう。貴女がいなかったら私もオスカーも怪我をしていたかもしれないわ」

「僕からもお礼を言わせてください。ニーナ嬢、ありがとうございます」

「いえ……私はそんな……騎士として当たり前のことをしただけですわ……」

「……騎士だったのね。知らなかったわ」


 ニーナは頬を染めながら謙遜する。そんなニーナはどうやら騎士だったようだ。全く知らなかった。華奢な体格と纏う雰囲気からは全く結びつかない『騎士』という職業に驚きを隠せない。


「ニーナとは幼いころから手合わせをしていたのですが、なかなか手応えのある相手だったのですよ」

「結局兄様には一度も勝てなかったんですよね。ふふ」


 思い出を懐かしむように笑いながら話すローレンツの言葉に、ニーナが両手を添えた頬をぽっと赤らめて恥じらい、微笑みながら応える。とりあえずローレンツとニーナに同じ血が流れていることだけはよく分かった。

 ニーナも勿論強かったが、ローレンツが敵と対峙したときの気迫には凄まじいものがあった。普段温厚なローレンツもひとたび戦闘モードに入ると並々ならぬ空気を纏うようだ。そして、敵に傷を付けずに服のみを分断する剣技が素晴らしいのは、あまり詳しくないルイーゼでも分かった。


「お二人ともとてもお強くていらっしゃるのですね。ローレンツ様にもニーナさんにも今度改めて何かお礼をさせていただきますわ」

「……またお会いできるのですね。楽しみにしています。それと手首の怪我はまだ……?」

「え、ええ。なかなか治りにくかったのですが痛みはもうだいぶ引きましたわ。ご心配をおかけしました」

「いえ、そんな……そうですか。よかった」


 ルイーゼが深く頭を下げると、気遣わしげな眼差しでルイーゼを見ていたローレンツがほっと安堵したように翡翠の瞳を細めた。ローレンツの優しげな眼差しを受け、先ほどの出来事で波だっていた心が次第に凪いでいく。癒しヒーロー様々である。

 突然オスカーがルイーゼに声をかける。


「姉上、そろそろ買い物を済ませないと屋敷へ戻るのが遅くなってしまいますよ」

「あっ、そうね!」


 思い出したように四人で歩いて食料品店へ戻る。辺りはだいぶ薄暗くなっていた。

 食料品店で小麦粉二十キログラム入りの袋を買い、オスカーが持とうとしたところで横からひょいっとニーナが抱えてくれる。二十キロを軽々と……凄い。

 そしてニーナがついてきた理由について告げる。


「護衛の目的もありましたけれど、荷物持ちのお役にも立てるかと思ってついてきましたの」

「そうだったの。ありがとう」


 ルイーゼが礼を告げるとニーナがにこりと微笑んだ。そしてニーナは小麦粉の大袋を抱えて馬車にひょいっと載せ、自分はローレンツとともに帰るからと食料品店を出たところで別れた。

 なんだかいろいろありすぎて未だに信じられないといった心持ちのまま馬車に乗り込み、家路を急いだ。




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