1979
Karasumaru
第1話 母
父は街で自動車修理工場を営んでいる。
所謂、経営者というやつだ。
しかし、経営者といっても所謂勝ち組ではない。
働いているのは父一人。
僕を養うのがやっとだ。
母はいない。
5年前に亡くなった。
そして、母の遺体を見つけたのは、僕だった。
当時8歳だった僕は、母が僕と父を置いてこの世を去ってしまった事実よりも、その変わり果てた姿にショックを受け、思わず失禁してしまった。
正直にいうと、僕は母のことをよく知らない。
思い返せば、幼稚園の送り迎えも、料理も、洗濯も、掃除もすべて父がやっていた。
朝起きると、母はいなかった。
父は、母が科学者として大学で働いていると言っていた。
僕は半信半疑であった。
母は僕の就寝後に帰宅した。
僕が夜遅くに起きると、いつも母が同じふとんで寝ていた、僕の手を握って。
僕の手を握る母の手の感触。
僕にとっては、母の愛だった。
週末も母は大学に行き、研究に励んでいた。
シャイな人だったのだろうか、それとも、僕が喋り過ぎたのだろうか、母はいつも僕の話を聞いていた。母が話をすることは滅多になかった。
母が亡くなる日の前夜、怖い夢にうなされた僕を母は抱きしめた。
赤ちゃんの頃は覚えていないが、恐らく、物心ついてからは母に抱きしめられたのは、あの時が最初で最後であったのではないだろうか。
そして、母は僕の耳元でこう呟いた。
「大丈夫。みんな生きているのが怖いのよ。明日の朝、目が覚めたら勇気を持って、一生懸命生きなさい」
翌日、小学校から帰宅した僕は、ドアのノブにロープをかけ、首を吊った母を見つけた。
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