第12話 リスカ人斬りvs酒カス放火魔

「なになに、ナンパですかー? 奇遇じゃん、あたしもおじさんに用があったんだよね」


八岐に声をかけられ、冴は路地裏からゴミ捨て場へ歩いていく。ベルトのバックルから取り出したナイフは左手首にあてて、いつでも戦闘を行える態勢だ。それに対して八岐は、ワンカップ焼酎片手に壁に寄りかかっている。


「オイオイオイオイ物騒じゃねーか。ナイフ持ち歩くのが今のトレンドってわけ? 若いコがそんなじゃ、おじさん日本の将来憂いじゃうなァ〜」


そう言いつつ、八岐は戦闘態勢の人間を目前にしながら、一息に酒を飲み干した。普通に考えればひどく隙だらけの動作だが、相手が触れるだけで食屍鬼を消し炭にできるほどの火力である以上、簡単には手を出せない。


冴はレインコートのフードをかぶると、炎を警戒し、一定の距離を保ったまま話しかける。

「おじさん、地域課でしょ。ちょっと聞きたいことがあってさ」

「おいおいそりゃ困るなぁ。ねーちゃん、公務員には機密保持の義務があんの。なんでもかんでもペラペラ喋っちゃあいけねーのよ」

「あはは、もちろんタダで教えろとは言わないよ。あたしも大人だもの。だから––––」


ナイフで手首を掻っ切れば、溢れるは紅い鮮血。左手に血濡れの刃を携え、地面に血溜まりを作ることも厭わず、走り出す。


「––––命と引き換えね」


足裏の血溜まりに滑らかな純鉄を生成することによって、地面との摩擦を小さくし、高速で滑るように八岐へと向かっていく。


「オイオイオイオイオイ、おじさん、許可なく燃やすと始末書なんだぜ? どうしてくれんだよ左遷されたらよォ」


八岐は歪な笑顔で右手を伸ばし、冴の体をつ掴もうとする。一度掴まれれば灰と化す、炎熱の右手。


––––触られたら死ぬ。ぜったい避けないと。


冴は血溜まりを踏み込み、足場の形状を変化、ローラースケートのジャンプ台のような急勾配の坂道を作成する。そこを滑り抜けることによって跳躍、右腕をかわしつつ、宙空から肩口に向かって刃を振り下ろす。


「おじさん、いっちょがんばっちゃうぞ〜」


八岐の腕がアッパーするように上がってきて、刃に触れる。その瞬間、炎熱により手に触れたところから鉄刃は黒錆びを生じ、鋭利さを失ったところを拳で叩き割られる。食屍鬼が骨すら遺さず灰となったことが納得できる、とてつもない超高温。それに加えて錆びているとはいえ鉄の塊を叩き折る、八岐のとんでもない腕力。


想定外の無茶苦茶さ加減に、冴の額に冷や汗が浮かんだ。


––––まだだ。右手さえ掻い潜れば。


左手の切り口から有刺鉄線を生成し、しなる動きで手を回避、八岐の体に腕ごと巻きつける。この有刺鉄線には反しがついているため、一度刺されば抜くことは難しく、八岐の動きが止まり、スーツに血が滲んだ。


––––今だ。腕をぶった斬る。


「こうやって力込めてさあ、叫んだら服が破けるの、ガキのとき憧れてたんだわ」


八岐が「うおー」と言うとともに、鎖が一瞬にして赤熱し、黒く錆び、そして砕けた。

八岐は自由になった腕をぶらぶらと動かし、軽く伸びをする。


「ま、このスーツ耐熱製だからできねえんだけど。そのあたり地域課は浪漫がわかってねえっつーかなんつーか––––」

「それな。許せないよそれは!」

「かーっ、ねーちゃんわかってんねえ。仲良くなれそうだし休戦にしない? おじさん時間外勤務したくねーの」

「や、吐かないと殺す」


バックステップで一度八岐から距離をとり、思考を巡らせる。

––––右手を燃やす血統じゃなかったの? 血出てたし血が熱くなる的な? まあいいや、いっきにめっちゃ殺せばすごい死ぬでしょ。


色々考えた末、冴は情報を引き出すという当初の目的も忘れ、槍の雨による高密度物量攻撃で殺すことにした。手で防ぎようもない上、錆びる前に串刺しにすれば関係ないという理屈である。


冴が血溜まりを踏み込むと、鉄の樹の根が広がり、天へ向かい急成長を遂げる。いっきに地下道天井まで到達した冴はそこから血液をばらこうとして––––。


「あらま残念。対策済みだ、濡羽烏レイヴン


八岐が指を鳴らすと、天井付近で赤い爆発が起こった。皮膚は熱で焼け爛れ、体は爆風により地面に叩き落とされる。コンクリートに体を打ち付けられ、鈍痛に歯を食いしばる。


––––なんなのこの血統……。ガス爆発? 危なくない?


近接戦は通じず、空中戦を仕掛けようとすると爆破される。どの手段も防がれるうえに、相手一撃こちらに与えれば即死。さらに血統の正体すら見えない。あまりにも力が違い過ぎる。


起き上がって見ると、八岐は少し離れた場所で焼酎を呑んでいた。左手のビニール袋は持ったままだ。


––––余裕じゃんか。くっそー、こっちは貧血になりながら戦ってこれなのに……いや、待てよ、? 本当に、なんの負担もなくあれだけの火力が出せるものなの?


「……わかっちゃった、殺し方」

汗をにじませ、にやりと笑う。見えた、かもしれなかった。勝ち筋が。八岐が晒し続けている、その弱点が。




「その程度かよねーちゃん。花市場の濡羽烏レイヴンってのはとんでもねー人斬りだって聞いてたのによォ。こんなアラフォーの公務員にやられんなよなァ。こちとら係長にもなれねえ主任だぞ? 主任ごときに殺し屋が燃やされるのはストーリー的にどうなんだよ? 居酒屋の話のタネにもなんねーだろ。なあオイ?」


八岐は饒舌に喋りながらゆっくりと歩いてくる。冴は路地裏に血溜まりがいくつもできていることを視認し、そして、足下の血溜まりに左手の切り口をつけた。


そして、生成。


切り口から歪な鉄の槍が発生、いくつもの血溜まりを経由して蔦のように成長し、高速で八岐の真下へ到達した。それはまるで鉄でできた大蛇のように、八岐の首へと向かっていく。しかし、八岐はつまらなそうに吐き捨てる。


「防御するまでもねえ。食らったそばから炎で融かしてやるよ」


が、鉄槍の先端が方向転換し、左腕……否、買い物袋を貫いた。そのまま鉄槍は袋の中で暴れ回り、内側の酒瓶やらスチール缶が破壊され、酒は地面に零れ落ちた。そして、酒を破壊し切ると、槍は分解され血液に戻った。


すると八岐は苦笑して両手を上げた。諦めたような、安堵したような、奇妙な笑顔だった。

「降参だ、ぜんぶ吐くよ。……なんで気付いたんだ? 

冴は傷だらけの体で立ち上がると、懐から鉄分ドリンクを取り出し飲み干してから、説明する。

「お酒を後生大事に持ってるし、戦闘中なのにがぶがぶ呑んでるし。それにあれだけ火力使ってエネルギー消費した感じがないの、ヘンじゃん」

そう。いくらアルコール依存だからといって、いくら強力な血統を持つからといって、酒の入った袋を携えたまま戦闘し、戦闘中に飲用するというのは明らかに妙。さらに言えば、冴の血統が血液中の鉄分を使用するため、鉄分ドリンクを常用しているということもヒントとなって答えが出た。冴にとっての鉄分ドリンクが、八岐にとってのアルコールなのだと。


八岐の血統、それは『血液中のアルコールを操作する』というものである。血中アルコールを濃縮、化学変化を加えて燃料として強化し、そして超高温で燃焼させる。揮発性を強化することでアルコールをガスとしてばらまいたり、逆に弱体化させ地面に液体としてばらまいたりして、後からトラップとして起動、燃焼させることもできる。

汎用性、火力とともに最強クラスである一方、常時アルコールを摂取して燃料としなければならないという弱点を持つ。


「……まだ最後に呑んだアルコール残ってるくせに」

冴がバツが悪そうに呟くと、八岐は呆れ顔を見せる。

「お前、聞き出したいのか殺し合いがしたいのかどっちなのよ?」

先ほどまでとは打って変わって、冷静で落ち着いた口調だった。八岐は頭をぽりぽり掻きつつ、続ける。

「酒が切れた時点で逃げに徹されたら負けだ。だいたい、命かけてまで無給で残業するわけねーだろ。俺の将来の夢は長生きなんだよ」

八岐は地べたにあぐらを掻くと、こぼれた酒を指で弄び、「もったいねえ」と呟いた。




「んで、聞きたいことってなによ? おじさん命が惜しいからなんでも答えちゃうぞー」

すると冴はレコーダーを起動し、訊く。

「やったーありがとーおじさーん。しつもんでーす。食屍鬼の血痕が街中に残される事件起きてんじゃん。あれって地域課の仕業なんですかー?」

「はーいちがいまーす。大槌市の評判下げないというその一点の目的のみで働いてんのが地域課だってのに、なんで血痕なんざ残さなきゃいけないっての」

「そかそか。以上でーす。ばいばいおじさん」


これで容疑者が絞られ、さらに女王に地域課が犯人ではないと伝えることができる。花市から命じられた用事が終わったので、冴はその場から立ち去ろうとしたところで、八岐に呼び止められた。


「そういや、十枚舌はどうした?」

「? ……ああ、憂里のこと? 知り合いだったんだ。憂里はね––––」

冴はぴたりと足を止める。八岐からは見えなかったが、その表情は穴が空いたように虚無に満ちていた。

「死んじゃった」

「……そうかい」

八岐はそれ以上、なにも言うことはなかった。


八岐と別れてから、ふと携帯電話を取り出すと桃香からメッセージがきていた。

「憂里さんってアーモンドアレルギーでした?」


昨日、今日と、どうしてこうあの子のことを思い出さなければいけないのだろう。そのせいで、後付けで貼り付けている笑顔だって、何度もすぐに外れてしまう。


「そうだけど……なんでそんなこと聞くの?」

送信して、携帯電話をポケットにしまう。普段ならこんな返信しないのにな、と自嘲する。


––––あの子のいない人生なんて、消化試合だ。

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