第29話 悪役令嬢 婚約破棄される

 屋敷では1週間近く前から準備が始められており、コーネリアスを始めとするボディガードたちも借り出して動いてもらっていた。


「しっかしまぁずいぶんと大掛かりなことになってんな」

「まぁ仕方ないだろ。エレアノール様の15歳の誕生日なんだから」


 作業をしていたボディガードたちがぼやくように、来週には私が15歳、つまりは成人の仲間入りになる誕生日を迎えるのだ。その誕生日パーティは各地の王侯貴族を招き例年以上に華やかなものになるそうだ。

 12歳のころに知った運命によると15歳の誕生日に私は魅了スキルでマルゲリータに骨抜きにされたラピスから婚約を破棄されるそうだ。

 それを防ぐためにいろいろやったが彼女はどう出るつもりだろう? もちろん思い通りにはさせないけど。




(畜生! もう時間がねえ! エレアノールが明日には15歳になっちまう! タイムリミットは今日だ! 今日中になんとかしないと! こうなったら強硬手段だ!)


 マルゲリータはあせっていた。「シナリオ通り」に事を進めるのなら今日中にラピス王子の洗脳を完了させなくてはならない。しかしトラブル続きで一向に進んではいなかった。

 彼女はイラーリオ家の馬車に乗り、王都の城を目指す。


「これはマルゲリータ様、一体どのようなご用件で……」

「ラピス王子と会わせて! 時間が無いの! お願い!」

「!? わ、分かりました。しばらくお待ちください」


 あせって必死になっている様子に戸惑いながらも衛兵は王子に話を通す。しばらくして……


「マルゲリータ様、王子からの許可が下りたのでご案内いたします」


 衛兵に連れられ、ラピス王子の部屋へと入る。

 部屋に入るなり、結界を張って音を外界から遮断する。


「マルゲリータ!? 結界なんか張って何をするつもりだ!?」

「こうするつもりだよ!」


 剣を抜き構えるラピスに向かってマルゲリータは左手を思いっきり握る。すると「バコン!」という音とともにラピスが身に着けていたアミュレットが砕け散る。

 直後、右手から普段は全身から周囲に発している魅了スキルの魔力を1点に集中して吹きかけ、彼を洗脳する。

 ぶっつけ本番だが上手くいった。カラン、という剣が手から滑り落ちる音が響いた。


「これからはオレのいう事だけを聞け。良いな?」

「はい……わかりました……マルゲリータ様……」

「忠誠の証として、靴をなめろ」

「……仰せのままに」


 彼はひざまずくと言われた通り靴をなめ始めた。


(ぶっつけ本番にしちゃ上手くいったか。あとは明日まで続くか、だな)




 翌日、エレアノール15歳の誕生日を祝うパーティでそれは起こった。貴族たちが順番にお祝いの言葉をかける中、ラピス王子の番になった時だ。


「本日集まってくれたみんなに、そしてエレにどうしても伝えたいことがあるんだ。聞いてほしい」


 彼は一呼吸置き、それを発した。


「私は、本日をもってエレアノール=ドートリッシュとの婚約を破棄し、マルゲリータ=イラーリオを我が妻として迎え入れる事にする」


 !?

 会場がざわめく。

 婚約破棄……と言ったのか?


 どよめく中、表情こそ普段と変わらないが顔面にピクピクと青筋の浮かんだ辺境伯がラピスの目の前にやってくる。


「……ラピス王子、お気は確かですかな? 私の耳が間違っていなければ『エレとの婚約を破棄してマルゲリータと結婚する』と聞こえたのですが?」

「ドートリッシュ辺境伯殿、言葉通りです。エレアノールとの婚約を破棄すると言ったのです。あなたの娘と結婚するつもりはありません」


 それを聞いて辺境伯は少しだまり、直後猛獣のような顔で剣を抜き斬りかかる!

 ラピス王子はそれを自分の剣で涼しい顔をしたまま受け止めた。


「ふざけるなよ!! エレとの婚約を破棄するなどと、どの口がほざくんだ! ええ!?」

「ドートリッシュ様! オイお前ら! ドートリッシュ様を止めるんだ! 押さえつけろ!」


 あまりにも急なことに戸惑いながらもコーネリアスをはじめとするエレアノールのボディガード達、それに衛兵たちが辺境伯を押さえつける。


「離せ! 許さん! 許さんぞ貴様!」

「ドートリッシュ様! お気を確かに! 落ち着いてください!」


 これが原因で結局パーティーは空中分解してしまった。



◇◇◇



 ……とんでもないことになった。まさかラピス王子が自らの口でエレアノールとの婚約を破棄するなんて言いだすとは。

 貴族に自由恋愛などはほぼ無く、結婚とはすなわち親が決める政略結婚。それを覆す事は両家の顔に泥、いや馬糞を塗るような行為でメンツ丸つぶれどころじゃない。

 貴族社会では発言したら最後、その場で実の親や婚約相手の親から斬り殺されてもおかしくない行為で到底認められるものではないし、実際辺境伯は斬りかかった。

 そんな一大事だというのに、エレアノールは冷静だった。あまりにも冷静すぎて不気味なほどに。


「お嬢様! どうしてそこまで冷静なんですか!? 口頭とはいえ婚約破棄をされたんですよ!?」

「うん。コーネリアスだったらいいかな。教えてあげる。実を言うと私、このことを知ってたのよ」

「??? し、知っていた……ですと?」


 エレアノールはそう切りだすと、長々と語りだした。


 それをまとめると……良く分からんがこの世界は『魅了スキルでイージーモードな玉の輿に乗っちゃいます!』とかいう

 聞いてるだけで脳みそにウジが湧きそうなタイトルの小説の筋書きシナリオそのままである……らしい。

 それによると彼女は15歳の誕生日にマルゲリータの魅了スキルで骨抜きにされたラピス王子との婚約を破棄され、16歳の誕生日に無実の罪を着せられて火あぶりにされることになっている……らしい。


 それを変えようとして筋書きシナリオには出てこない俺やアンドリューを雇ったり、本の内容とは違ってイラーリオ家との関係を良好にしたりして未来を変えようとしている……らしい。

 話の内容があまりにもぶっ飛んだ超展開過ぎて俺の頭でもついていくのがやっとだ。




「えーと、お嬢様。おっしゃる意味が良く分からないのですが。

 お嬢様のお言葉を俺が分かるような形で解釈するのでしたら『これから先何が起こるのかを分かってて、その未来を変えようとしている』という意味になるんですがよろしいでしょうか?」

「ええ。そんな感じで良いわよ」

「……こいつはたまげた。未来をすでに知っているとは。それなら競馬の結果でも教えてほしいですね」

「まぁ、とてもじゃないけど信じられる話ではないのは分かってるわ。それでもこれは本当のこと。

 実際、シナリオ通りマルゲリータは王家を乗っ取って私とラピスの婚約を破棄させたしね。それを何とかしたくてあなたを雇ったわけ。本当はこうなる前に止めたかったんだけどね。

 あと小説にはギャンブルの予想結果なんて載ってなかったから私にはわからないわ」


 それが当然。と言わんばかりの表情、態度で彼女は言う。これが辺境伯の娘でなければ「気がふれた」と即行で病院にブチ込まれる羽目になっただろう。


「正直、自分の未来を知っているだなんて常識はずれにもほどがありすぎるだろって話ですが、態度からして言い当てたとしか思えないので信じざるを得ませんね」

「コーネリアス、私の話を信じてくれるのね。嬉しいわ。お父様やグスタフにも話したけこれっぽちも信じてくれなかったからね」

「お嬢様の態度からして信じざるを得ない、と言いますかね。婚約破棄なんていうとんでもない事をされてそんなにも平然としていられるなんて普通じゃないですよ」

「……確かにそうかもね。もっと慌てるものかしら?」

「……お嬢様、これからどうします? 最悪内乱になりますよ。というか辺境伯殿の性格や持ってる権限からすればなるでしょうね」

「コーネリアスには迷惑かけるけど、もしそうなったら死なないで無事に帰ってきてね。マルゲリータはチート能力持ちでものすごく強いけど負けないでね」

「……努力はしますね。それと何なんですかい? その『ちーとのうりょく』とやらは。彼女はまだ何か隠し持ってるんですかい?」

「うんわかった。教えてあげるね。チートっていうのは……」


 彼女からの説明を俺は半分上の空の状態で聞いていた。

 未来に何が起きるか知っている。そう真顔で言うエレアノールはどこまで本気なのかはわからない。ただ少なくとも俺をだまそうとしたり、悪い方向へと引っ張ろうとしているわけではないだろう。

 そんなことしても彼女に何か得することがあるわけでもなさそうだし、する理由が見つからない。となると、本当に「未来を知っている」という事になってしまう。

 はいそうですか。と到底信じられる話ではないが、彼女の態度からして本当の事だと思わざるを得ないというのが聡明な頭を持つ俺が下した結論だ。


 これからどうなることやら……少なくとも今までみたいに何も起こらないであろう、と呑気にボディガードをやるわけにはいかない。ほぼ確実に内乱に巻き込まれるはずだ。急にきな臭くなってきたな。




【次回予告】

ラピス王子に続いて、国王も洗脳するマルゲリータ。だが……


第30話 「王族、辺境伯に身を寄せる」

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