試験準備
試験の練習は、はじめて二人が逢った裏庭で行うことにした。講義で使う訓練場は試験に備える学生たちのために開かれているのだが、そこはなにぶん雑音が多すぎて練習に支障が出る。その点この楠一本の手狭な庭は、わざわざ作られたのが不思議なほどに利用者がいない。静かに落ち着いて練習をするにはうってつけである。
練習初日。放課後に入ってすぐやってきたユーフェミアに、レイラは炎でできた小さなドラゴンを作って見せた。
「すごい……」
手のひらに乗るサイズの、凶悪さのかけらもない竜を覗き込んで、うっとりとユーフェミアは呟く。この表情を見てレイラは得意げになった。
実は、ここまで行くのにレイラ自身もちょっと苦労している。
生き物の形を作るというのはやはり見栄えがあることもあり、祭りなどでもよく見られたりするので、参考書そのものを見つけるのは簡単だった。しかし、生き物の構造というのは複雑で、実際に形作るのは難しく、コツをつかむのに時間が掛かった。さらに動かすとなると、なお難しい。要領が良いという自負があるレイラでさえ、空き時間をみっちり活用しても、この手のひらサイズのドラゴンを何度も再現できるようになるまでに三日要した。
こうしてみると、聖魔女セラフィーナは凄い人物であったことを実感する。百年ほど前は、この国オルコットでは、魔法というものはしっかり確立されておらず、むしろ忌避されている傾向にあった。その中で彼女は、この魔法を使いこなし、戦場で多くの敵を倒していたのだ。それは伝説にもなるわなぁ、としみじみ思ったものだ。
「これをだんだん大きくしていって、最終的には、そうだなぁ……大体アタシたちの二倍くらいの大きさにしようかと考えてる。で、ユフィは、水で同じくらいの生き物を作ってほしいな」
「そんな大きなもの作ったら……」
「水だよ、水。水ならちょっとミスっても大惨事にはならないだろ?」
またも不安をあらわにするユーフェミアに最後まで言わせず、畳みかけるように言った。何を言っても彼女の不安は拭いさることはできないので、ここはもう強引にやらせてしまうのが一番いい。
それにこちらも、万が一のことに備えて考えてあるのだ。土塊だと人の上に落ちたら圧死などの事態もあり得る。空気はそもそも見えないのでどのみち却下だが、刃となることもあるので恐ろしい。しかし水なら、ずぶ濡れになることがあっても、人をうっかり害することはなかなか起こり得ない。炎みたいに広がらないし、溺れさせるほどの水量も使わない。ものを壊すようなことだって、余程の力をかけない限りは早々起こり得ない。失敗しても起こる惨事は大したことにならないので、ユーフェミアも安心してできるはずだ。
「で、アタシの炎のドラゴンと、ユフィの水の生物で戦わせるんだ。もちろん本気でぶつかり合うわけじゃなくてそうみせるだけだから、ちょっと動かせるだけで良い」
まだ不安そうにしているが、ユーフェミアはもう泣き言を言わなかった。強引に説得されたにしても、一度やると言ってしまったからには後には退けないのだろう。
「生き物か……。何が良いかな」
「好きなのにすれば良いさ。ただ、ある程度見映えが欲しいな」
せっかくの見世物に、ドラゴンとウサギがぶつかり合っても凄みがないし。
ユーフェミアは俯いて考え込んだ。徐々に視線が上へと移っていき、空へ向かっていく。残念ながら、芝生が敷き詰められた地面にも雲の少ない空にも参考になる生き物はいなかったが、それでも周囲を観察して閃くものがあったらしい。
「白鳥、はどうかな」
「良いんじゃない? ユフィらしいな」
虎とか、狼とか、そういう強そうな動物を選ばない辺りが、とても。
呪文とコツを教えて、それから練習をはじめる。魔法文字というものはこういうときにも便利であるらしく、発動させるまでの苦労は大したことはなかった。文字を消さなければ反復するのも簡単だ。
ただ、そこから先の制御が難しい。小さすぎるとかえって造形が難しくなるので、両手に抱えるくらいの大きさからはじめた。はじめのうちはアヒルのような形にもならなかったが、それでも回数を重ねていくうちに立派になっていき、数日もすれば優雅な白鳥になった。
日に日に立派になり、大きさもそれなりになってきた水鳥を見て、レイラはやはり疑問に思った。まだ黒板によるフィルターに頼っているとはいえ、ユーフェミアの魔法制御は上達してきている。出逢った頃のレイラのアドバイスをしっかりと聴きいれて、魔力量を調節する感覚をしっかりと自分に覚えさせているらしい。きっとそのうち、道具に頼らなくても他のみんなと同じように魔法を使うことができるだろう。
出だしこそ
「なあ、ユフィ。ユフィの家族は、ユフィの魔法をどう見てたんだ?」
何気ない雑談から窺うところによると、ユーフェミアとその家族の仲は良好であるらしい。なのにどうして、その家族はユーフェミアの悩みに手を貸さなかったのだろう。自分たちでどうにかできなくても、家庭教師を雇うなど手はあっただろうに。
「学院に入ればどうにかなると思っていたみたい。お母様は魔力はないし、お父様もそんなにあるほうではなかったから」
彼女には弟もいるが、弟は両親に似て魔力はあまりないらしい。
「両親とも、小さい頃に魔力で苦しむようなことがなかったのか。それじゃあ、仕方ない気も……ん?」
少し、違和感を覚えた。家族に魔法に優れた者がいないというのであれば、ユーフェミアが大きな魔力を持ちながらもそれを扱えない事の重大さが理解できなくても仕方はない。だが、それ以前に――。
「どうかした?」
「ああ、いや、何も。……因みに、ユフィは養子だったりとかそういうのじゃないよな?」
なんて訊けば、ユーフェミアは不審そうな眼差しを向けてきた。
「違うわよ」
「ふーん。そっか……」
そうなんだ、と会話を終わらせたレイラは、頭の中で情報を整理した。
多少変化はあるとはいえ、魔力の大きさというものは、基本的遺伝によって決まると言われている。レイラの魔力も忌々しいことに実父から受け継いだものであるし、母もまた魔力持ちであった。グレイスも、レイラを選んだ理由の一つとして魔力持ちであることを挙げていた。魔力に優れた後継者が欲しいのだという。
そんな風に気にする程度には、魔力量と遺伝の関係は常識として知られている。
しかし、ユーフェミアの両親は魔力がないほうだという。そうなると、ユーフェミアの魔力はけた違いに大きいのは、〝常識〟から照らし合わせると不自然だったが。
「まあ、そういうこともあるか……」
実際こうしてユーフェミアがいるわけだし、隔世遺伝とかそういうものかもしれないと結論づけた。興味だけで友人家族の内情を荒らすほど、レイラも悪趣味ではないし。
◆ ◇ ◆
「面白いこと、考えてるんだ」
分厚い扉の向こうから、少女の声が届く。いつものように頼みごとをする風でも、苛立ちを含んでいる様子もなく、言葉の通り面白がっている風であった。
「だったら、わたしもちょっと遊ばせてもらおうかな」
くすくすと笑う彼女は、普段と違って珍しく上機嫌で。
「そろそろ時機だし、ね」
何時まで経っても開く様子を見せなかった白い扉を見つめる赤い瞳が不穏に輝いていることに気付く者は、誰もいない。
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