思う壺(花金)
参りました。
僕の言葉に、盤の向こうの彼女が、「うっしゃぁ!」と力強くガッツポーズをした。
今まで勝ったことのない彼女が、今回のチェス戦で勝ったのだ。
『敗者は勝者の言うことを聞く』。試合を始める前、彼女が突然そんなことを言い出した。今まで勝ったことがないのに何を言っているのだろう、なんてなめてかかっていたのがいけなかった。
この一戦のために、彼女が彼女なりに勉強して来たことがわかる。盤面よりも彼女の謎の気迫に圧倒され、気づいたら負けていた。
そんなに僕に何かして欲しいことがあったのか。これから何を命令されるのか、戦々恐々していると。
「じゃあ、また明日にお願いするわね!」
どうやら、命令は明日に持ち越されるようだった。
……一体なんだろう。
日を改めて、彼女は何を僕に「命令」しようとしているのか。
何か買って欲しい? いや、それはない。だったら昨日の時点で告げているはずだ。
だとしたら、何か時間をかけてして欲しいことがあるのだろうか。丁度、明日はお互い休みなわけで。
けどそれにしたって、その時に言わない理由ってなんだ……。あの話たがりやな彼女が、もったいぶるなんて。余程大変なことか。
……ハロウィンみたいなコスプレだかイタズラが待ってたりしないよな?
うーん、と唸りながら、今日の一日の仕事が終わる。
家に帰ると、先に彼女が戻っていた。
食事をしても、風呂から上がっても、一向に彼女が「命令」の内容を言わない。
……もしかして、忘れたのか?
一日中考えていた僕がアホらしくなって、とうとう自分から切り出した。
それで一体、どんなことを命令するつもりなんだ、と尋ねる。
彼女は一呼吸おいて、ニンマリと笑った。
「実験は成功しました」
何のことだ、と思った僕が尋ねる。
小悪魔な笑みを浮かべながら、彼女はこう言った。
「ーー一日中、私の事を考えてたでしょう?」
今日一日の自分の心情が、すごい勢いで頭の中で再生される。
ぶわっと顔が熱くなった。
「そこで忘れたフリしないで、わざわざ私に聞いてくれるの、優しいわよね」
「うるさい……」
目の前の悪女は、それはとても愛らしく、満足した笑みを浮かべていた。
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