老婆(New花金Day)

家蔵屋かぐらやには、幸せになって欲しいんだ』


 留守電電話に入っていた、最後の南津木なつきの言葉。

 僕は激昂した。


「なんでそんなこと言うんだよ!」

 

 お前を危険にさらすから一緒に居られないとか、お前の幸せにできないからとか、お前を汚すからとか。

 危険なんてそんなのどうでもいい、一緒にいたら幸せなんだってどうしてわかってくれないんだ。汚れるってなんなんだ!


 僕の絶叫は、雨の中に吸い込まれて言った。


     ▪


 パタン、と私は大きな本を閉じる。


「うっ…………切なすぎ……やっぱり相留あいる先生の作品は最高だわ……」


 私はあまりの切なさに一度深呼吸するためにーーついでに六十年酷使し続けた目を一旦休ませるためにーー遠い風景を見ることにする。

 膝が痛まなかった若い頃は、あまりの切なさ爆発に、その場で飛び跳ねていたことだろう。

 歳を取ればこの腐った趣味も変わるかと思ったのに、想い発酵具合は深まるばかり。最近じゃ本名を知らない半世紀以来の戦友たちだけじゃなく、若い人との交流、まりこさん息子の妻アメちゃん孫娘ともふかーい考察二次創作活動が出来るもの。楽しすぎるったらありゃしない。

 ……いいえ。勿論、この人生、大変なこともあったわ。

 別に推しカプが違っていてもいいの。掛け算が逆でも構わない。でもね、好きな作家さんが二つも三つも別カプを描いているのは辛かった。だって私、ワンスティック・ワンホール派なんですもの。三分の一と言わずに純情な感情の持ち主。でも好きな作家さんは追いかけて応援したいじゃない。

 そんな葛藤を抱いた結果、たどり着いたのは「これはパラレルワールドだから。浮気じゃないから」って自分に言い聞かせる行為だったわ。ちなみに令和に入って標語が『努力・友情・勝利』から『地獄・裏切り・推死』に変わって辛すぎた時期も「大丈夫支部パラレルワールドでは救済された世界が人の数だけあるから……」と言い聞かせてどんな残酷な展開でも耐えまくったわ。

 そんな複雑な時代を乗り越えて、私は、老婆になった今でもこの活動を続けている。


「ふふ。今のあなたが見たら、『まだそんな趣味やってるのか』と呆れそうね」


 私はふと、仏壇に置かれた夫の遺影を見る。

 気難しい顔をした彼は、けれど私の趣味の理解者だった。自分は興味ないと言っていたけど、私の話は最後まで聞いてくれたわね。

 結婚三年目にして、あなたが言った言葉、今でも覚えているわ。






『ーー結局それ、本編に関係ない顔カプなんだろ?』



 その一瞬で、完全犯罪の仕方、いくつか浮かんだのよね。

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