第九章 懺悔(4)自分への約束

 リサは黄泉よみの国の向こうから帰って来た。


 目の前にいるのは黒いディンスロヴァ。


 リサは口元を歪め、笑みを浮かべる。これは『時の神』の計らいか、それともいたずらか。


 いずれにせよ、この黒いディンスロヴァは『わたしミオヴォーナ』が倒さなければならなかった敵なのだ。エグアリシアにすべて押しつけてしまったことが、すべての罪の始まり。


 黒いディンスロヴァはリサがそこにいることに気づくと、言葉を放つ。


「なんだ、人の子よ。決戦の時期はまだ——」


 リサは、ここがヴェイルーガやミオヴォーナが見せてくれた『払暁の戦争』の戦場のひとつ、天を衝く塔マトライアの屋上であることに気がついた。


 だが、場所などどうでもいい。


 リサは星芒具をはめた左手で空を切り、光の槍を出現させ、それを握る。


「悪いけど、ここで倒れてもらうよ、黒いディンスロヴァ」


「き、貴様は、ミオヴォーナに似ているが……何者だ?」


 リサは光の槍を構える。


「何者とかどうでもいい話じゃない? これはどうせ、結果の変えられない。わたしはそれを清算するためにここに来ただけ。わたしは、わたしが果たすべきだった仕事をここでやりきるだけ」


「面白い小娘だ。どういう殺しかたがお似合いだろうな。八つ裂きにして、人間の里に——」


 瞬間、リサの光の槍の突きが黒いディンスロヴァの心臓を穿つ。


「がっ——!?」


「このくらいじゃ死なないよね。知ってる」


「貴様!」


 黒いディンスロヴァは反撃とばかりに手に『破壊剣』を召喚すると、それをリサに叩きつけようとする。


 しかし、リサは軽々と、それを『神護の盾』で防ぐ。そして光の槍を横に薙ぎ、黒いディンスロヴァの心臓を引き剥がす。


 だが、やはり黒いディンスロヴァはこれでもまだ死なない。見る間に身体が再生していく。


「こちらも時間がない身だから、さっさとケリをつけないとね」


「この『われのほかに絶対者なしディンスロヴァ』に向かって——!」


 黒いディンスロヴァが叫んだ瞬間、ありとあらゆる禁忌の魔獣を召喚する。


 まず塔の周囲に現れたのは、大獣人ハゾナムと怪物ナルヴィレだ。だが、リサは光の槍をハゾナムの心臓に投げ込み、一撃で仕留める。そして、土中から襲いかかってくるナルヴィレに対しては、武器を光の弓に持ち替えて、地面ごと焼き殺した。


 そして次に、リサは左右の手に一本ずつの光の槍を出現させ、それぞれを塔の上から投げ放つ。もちろん、『遠見』と『未来視』を使って直撃コースを狙った。ひとつは山の向こうの白雨の悪魔マディリブムに直撃して消滅させた。そして、もうひとつは海から陸に上がったばかりの大海竜サルディラーナの額を撃ち抜いた。


 山を破壊しながら飛んできた黒風の悪魔アドゥラリードに対しては、一度『神護の盾』でいなしてから、体勢を崩したところに光の槍を三本投げつけて大地に墜とした。


 そして、またしてもリサは『神護の盾』を展開する。視界のずっと外から魔竜カルディアヴァニアスが熱線を吐いてきたのだ。だが、これはリサにとって、敵の位置が正確に掴めただけだ。再び武器を光の弓に持ち替え、大出力で撃ち返す。相手が山を崩すならこちらもそれをするまでだ。


 山どころか大地までえぐり、海まで両断する威力で、惑星を半周するほどの距離にいる魔竜カルディアヴァニアスを焼き殺したのだ。


 そんな攻撃を次々に打ち出すリサを見て、黒いディンスロヴァは戦慄していた。


 リサは黒いディンスロヴァのほうに向き直ると、再び光の槍を手に持つ。黒いディンスロヴァは明確にその武器に恐怖しているようだった。だが、リサはその槍を後ろ向きに投げただけだった。


 遥か上空で弧を描いた光の槍は、海中に潜んでいた海王タレアの脳天を串刺しにした。


 禁忌の魔獣はこれで全部だ。


 リサはもう一度、手に光の槍を召喚すると、黒いディンスロヴァに近づく。


 黒いディンスロヴァは悟ったのだろう。だと。だからといって、戦って勝てる相手でもないことは明白だ。一時代の最高神としては哀れなまでの焦燥を『破壊剣』に載せてリサに振るう。


 リサはそれを防御するまでもなく回避する。『未来視』能力があれば容易いことだった。縦一閃、横一閃、袈裟斬り、いずれにしても、リサには当たらない。


「この、お前、本当に人間か——!?」


「それは、わたしが知りたい」


 リサは答えるやいなや、光の槍で黒いディンスロヴァの脳天を突いた。そして、そこへ空冥力を叩き込む。


「この余が、人間ごときに——!」


「悪いね。過去を変えられないとしても、これはわたしがすべきだった仕事なんだ」


 黒いディンスロヴァは断末魔の叫びをあげながら発光し、爆散した。


+ +


 リサが次に現れたのは、四ツ葉市の廃墟ビルの屋上だった。


 夜、天上には満月が輝いている。


 ——それはつまり、ヴェイルーガが見守っているということだ。


 リサの前に現れたのは、マフラーを口元まで巻いた、高校生の姿のリサだった。彼女ひとりだけだ。だが、リサにはわかる。この高校生のリサは『』だ。

 

 戦闘能力が現在に至るすべてだというだけではない。過去の被害者性のすべてだということでもある。


 リサによる嘘、欺瞞ぎまん、虚栄、そんなものの被害に遭ったリサ自身の象徴。それが高校生のリサの姿を取っている。


 だからなのだろう、高校生のリサは初手から光の弓で矢を放ってきた。本当なら、高校生のリサは光の矢を容易には使えないはずだ。


 リサは光の矢を回避する。背後のビルが吹き飛ぶ。


 高校生のリサは目に涙を溜め、怒りでリサを睨み付けている。そして、リサに向けて矢を連射してくる。


 リサは『神護の盾』を展開して、高校生のリサの周囲を回りながら攻撃の機会を窺う。だが、相手も『未来視』を持っている。それがわかってしまうだけに、攻撃が仕掛けづらい。


 高校生のリサの光の弓の一射一射で街が吹き飛んでいく。この破壊衝動は、リサのうちに秘められた潜在能力をずっと抑圧していたことに対する怒りだ。


 リサは絶えず、いい子であろうとした。正しくあろうとした。そして、自分を抑圧した。


 なにも、反社会的なことがしたかったわけじゃない。ただ、自分の好きなように生きたかっただけだ。昔は、本を書く人になりたかったはずだ。もっと自由に生きたかったはずだ。でも、そんなものはダメだと抑圧した。


 いつしか、「正しいこと」が世界のすべてになり、そのうちに「自分の願望」がわからなくなった。そして最後には、「何が正しいか」さえわからなくなるという体たらく。これでは笑えない。


 リサは高校生のリサに向かって言う。


「ごめんね、リサ」


 この条件で勝敗を決するのは、真っ向からぶつかることだけ。ぶつかれば勝てるというわけではない。ぶつかればどちらかが勝ち、どちらかが負ける。ただ、それだけだ。しかし、ぶつからない限りは、絶対に負けるのだ。


 高校生のリサによる光の弓矢の連射の中をリサが突っ込んでいく。矢はすべて、『未来視』を使って回避しながら、光の槍で落としていく。


 次に、『神護の盾』同士の衝突。ヴェイルーガの不死身の身体を模して形成されたこの権能は、いわば無敵の盾と盾の衝突だ。天上の月で見ているヴェイルーガがどちらの味方をするか——。


 リサの思ったとおり、『神護の盾』の耐久力は互角だった。砕け散るのは同時。そのときには、高校生のリサは武器を光の槍に持ち替えていた。さすがの判断だと、リサは舌を巻く。


 光の槍同士の打ち合いが始まる。


「わたしは間違いなくあなたわたしを騙していた。だけど、あなたわたしもわたしを騙していた」


 月の夜に閃く二本の槍。打ち合わさるたびに、世界に亀裂が入る。


あなたわたしも悪いからって、わたしが無罪放免なんて思ってないよ。だけど、過去にはここで消えてもらう」


 気づけば、リサの光の槍が高校生のリサの胸を貫いていた。


「わたしがするべきなのは、過去の過ちを乗り越えてこと。大丈夫。あなたわたしのことは死ぬまで連れて行ってあげるから」


 そう宣言するリサに、高校生のリサは微笑み、うなずく。口から大量の血を吹き出しながら。


 リサは光の槍を引き抜く。高校生のリサが倒れる。


 じぶんはこれまでで一番手強かった。だが、これは一区切りを付けたにすぎない。本当に苦しい戦いはこれから始まるのだ。


 自分の意思で未来をつくっていくということが。


 だが、約束したのだ。自分自身に。だから、やり遂げなければならない。

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