第八章 宴は誰とするものか

第八章 宴は誰とするものか(1)ひとつの世界

 ヴェーラ惑星世界『天上』。


 リサはアパートの自室にいて、テーブル椅子に座り、窓から見える景色を眺めていた。


 昼のような青空を模しているが、それは天井に映し出された映像なのだという。この都市はすべてのものが人工物で、空までもがそうだ。


 本当は『天上』区画そのものが惑星ヴェーラの大気圏外にあり、上空に見えるのは常に星々のはずだ。


 だが、人の心はそれでは満足しないのだろう。昼間は青空が見えて欲しい、たまには雨が降って欲しいと願うのだろう。それが原因なのか、この区画では、まるで美しい地上の世界のような天候の変化が人工的に存在する。



 ピピピン。と来訪者を示すチャイムが鳴る。すでに来客の連絡を受けていたリサは、ドアに向かって言う。


「どうぞー」


 ドアが開き、入ってきたのは、三人の男たちだった。うち、ふたりはよく知っているフィズナーとベルディグロウ。だが、もうひとりには始めて会う。


 ヴェーラ軍の赤い軍装を着て、腰からは空冥術の増幅器エンハンサーである剣を提げた、白い髪の若者だ。


「はじめまして。私はベルリス・リド・バルノン。軍では中佐。私生活では公爵です。お会いできる機会がここまで延びてしまい、申し訳ありません」


 ベルリスはそう言って、軽くお辞儀をした。だが、リサは彼がフィズナーたちアーケモス出身者を支援してくれていたことは知っている。


「いえ。きっと、ここまで姿を見せなかったのは計画のうちなんでしょう。おそらく、当初のわたしはラミザでないと導けなかった」


「……それもそうですがね。ここ最近に関しては立て込んでいたのも事実なんですよ。最近はもありましたし」


 ベルリスは爽やかに笑った。


「ありがとうございます。わたしたちに手を貸してくださって。でも、大丈夫なんですか? 聞いた話だと、ヴェーラ軍は惑星アーケモスや日本、それから魔界ヨルドミスと戦争状態にあるとか」


「おっしゃるとおりです」


「知っての通り、ラミザやフィズ、グロウは、惑星アーケモスや魔界ヨルドミスの関係者です。そして、わたしは日本人です」


「そうですね。そういう意味では、私はとんだ裏切り者です。なにせ、敵をかくまっている。しかも、『哲人委員会』が暗殺されているのを看過している」


「じゃあ、なぜ……」


「これは、あなたがたには理解しづらいでしょう。ヴェーラ人は他の陣営と常に戦争していますが、民族的憎しみを抱くのが下手なんですよ。なにせ、常に強者でしたので」


「はあ」


 たしかに、リサにはわかりづらい話だ。戦争とは、怒りや憎しみで行われる側面があると思っていたのも事実だ。だが、ヴェーラ人は憎しみの感情なく、単に仕事として他民族を滅ぼしてしまえるらしい。


「それに、『哲人委員会』が現在のヴェーラ、いや、この星辰界うちゅうで最強の権力者だということは間違いないでしょう。ですが、彼らを愛している陣営などいないんですよ。だから、彼らが一人ひとり殺されようと誰も興味がない」


「かなり、常識が異なるんですね」


「情緒的には随分乾いた世界ですよ。そういう意味では割合つまらない」


 そこで、フィズナーが口を挟みながら、リサの向かいの席に座る。


「このベルリスには、魔界ヨルドミスで出会ったんだが、そのお父上のゾーガンにも世話になったんだ。俺をオーリア帝国時代に鍛えてくれた戦略家だった」


 つまり、フィズナーにとっては、ゾーガンとベルリスという親子二世代に亘って世話になっていることになる。なんという縁だろう。


 ベルリスは乾いた笑いをする。


「父、ゾーガンはふざけた男でしてね。ヴェーラ星辰軍の将軍でありながら、それを退任して、バルノン家の公爵位を私に譲った。さまざまな惑星世界を旅して回ったフーテン者ですよ」


 リサは心の中で密かに思う。このベルリスだって似たようなものではないだろうか。軍に属しながら、好き勝手に敵国人を支援し、自国の中心勢力である『哲人委員会』が崩壊していくのを眺めている。……父親よりもタチが悪いかもしれない。


「ベルリスさん、その、ゾーガンさんは……」


 おずおずと訊くリサに、ベルリスは包み隠さず答える。


「亡くなりましたよ。オーリア帝国とイルオール連邦の戦争で。あの戦いにはリサさんもいたのでしょう? 父はイルオール連邦側の将軍としてし、敗れました」


「ラミザが……」


 リサは衝撃を受けた。ラミザは確かに強い。陸戦でも尋常ではないうえに、飛翔艦まで動員して大規模な空爆を行っていた。戦闘において、ラミザは敵の撃破に躊躇がない。


 そんな彼女のことだから、戦場で奪った命は数知れないだろう。それはわかっていたつもりだ。だが、こうして遺族が出てくると、やはり気まずい。


 だが、ベルリスのほうは至って平常心を保っている。


「いえ、軍人が戦場で命を落とすのは誉れです。しかも、父はかの地で、フィズナーさんに稽古を付け、さらに自分のを三人も発掘した。驚くべき成果です」


「後進……?」


「ええ、後進です。彼はきちんと、自分の意志を継ぐ若者を見つけたんですよ。それに、私がラミザさんに恨み節がないのは、ホラ、ご覧の通りです。私はみなさん四人がどう世界を変えるか見てみたい」



 そうこうしているうちに、再びチャイムが鳴る。入ってきたのは、ラミザだった。彼女は星辰政塔での戦い以降も潜伏を続けていて、さらに服が汚れていた。


「『哲人委員会』を六人殺したわ。一時的に、公安も、薬物取引も止まっているはず」


「おや、あの『委員会』メンバーを六人もとは。残るひとりは、私設武装組織『ゴルマーン』のルバーノ・ガウ・シューグルですね」


 ベルリスはそう答えた。父親の仇を前にして、このさっぱりした感じだ。リサにはやはり不可解ではある。


 だが、どうやらベルリスという男は、優男に見えながらも、心の底から合理的な軍人であるらしい。打倒する標的が同じであれば味方なのだ。過去の遺恨など、なにほどのこともないのだろう。


 そういう話をしているところで、ベルディグロウが全員分のコーヒーを淹れ、盆に載せて台所から現れる。


「さあ、みんな座ったらどうだ。一息つこう」


 テーブルにコーヒーカップを並べていくベルディグロウや、リサの隣の椅子に座るラミザを見つつ、ベルリスは感心する。


「やはり、テーブルと椅子があれば、そこはひとつの世界だ。世界を変える何かを生み出しうる」

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