番外編 いつかの思い出に(2)星座になったオリオン

 次にリサが提案したのは、プラネタリウムだ。


 さすがにそれは最寄りの駅近くにはなかったので、三駅隣の四ツ葉東駅ヘと向かう。手段はもちろん、電車だ。


 ラミザは電車の乗車券の買い方を知らなかった。なので、リサが路線図を見せながら、ここからここへ行くから一六〇円、などと説明する。


 小銭を券売機に投入して、一六〇円のボタンを押すと、切符がさっと出てくる。ラミザはそれを見て大いに驚いた。切符の取り忘れを教えるブザーが鳴っているというのに、「すごいすごい」と大喜びだ。


「ラミザさん、切符を取って」


「うん。でも、これ、この壁の向こうに人がいるのかしら」


 ラミザが切符を取り、ブザー音が鳴り止んだ。


「人力じゃないよ。これは自動だから」


 リサは彼女の想像を否定する。しかし――。


「どうかしましたか?」


 残念なことに、券売機の横手の窓から、駅員さんが顔を出してしまった。とても親切なのはありがたいが、なんと間の悪い。


「あら、やっぱり人がいたのね。ご苦労様です」


 ラミザがお辞儀をすると、駅員さんは不思議そうな顔をする。


++++++++++


 四ツ葉東駅直結の天文科学館へ、リサはラミザを案内した。


「星が見える」


 リサはそう説明したが、ラミザはあまりわかっていなかったようだ。星など、夜になれば見えるものだからだ。


 だが、座席に座り、あたりが暗くなって星空が映し出されると、ラミザの表情はまるで新しい玩具をもらった子供のように明るくなった。


『冬の夜空に輝く三つの星。オリオン座を見つけるのにはこれらが目印になります。オリオンの型にあたる一等星がベテルギウス。膝の一等星がリゲルと名付けられています』


 天文科学館で上演している星空は、まだ九五年以前の日本から見えたもののままだ。いま現在のアーケモスから見える星空は、わかっていないことも多く、このようなプログラムにはまだできていない。


 それでも、ラミザはときおり、リサの隣で「すごい」「すごい」と言っている。まるで、感動のあまり、つい言葉がまろび出るような感じだ。


 ここまで喜んでもらえると、ここへ連れてきた甲斐があるというものだ。リサはまた、嬉しくなる。


『オリオンは狩猟の女神アルテミスに恋されたものの、事故によってアルテミスの矢に撃たれ、命を落とします。女神のこの悲しみのため、オリオンは天に昇り、星座になったと言われています――』


++++++++++


 夕焼けだ。時間は十六時になろうとしている。だが、ラミザはここで解散とは言わず、こんどはリサの学校――都立四ツ葉高校へ行きたいと言いだした。


 自然、また電車に乗ることになる。


 ラミザは電車の窓から、街の地平線の彼方へ沈もうとする夕日を眺めている。この路線は高架上にある。だから、ずっと向こうまで見える。飽きないのか、四ツ葉東駅で乗ってから、彼女はずっと眺めている。


「すごいわ。塔の上から哨戒をすることはあるけれど、この速さで動く乗り物から、遠くまで見えるなんて」


「まあ、わかるよ」


「これが、あなたの街なのね」


 しみじみと、ラミザは景色に見入っている。

 

 街としては、都心のほうが高い建物が多くて面白いだろうに、とリサは思う。何がそこまで琴線に触れたのだろう。


 ……そういえば、シデルーン総司令の補佐の仕事はどうなったんだっけ。ラミザは、こんなに長い時間、わたしと一緒にいて大丈夫なのかな。


++++++++++


 日曜日の学校だから、誰もいないだろうとは思っていた。しかし、どうやら教職員のための講習会があるとのことで、門も昇降口も開いていた。


 昇降口付近の様子をこっそり身を隠しながら、リサは周囲を探る。


「ちょうどいいタイミングだったね。入れるよ」


「本当は入っちゃダメなの?」


「日曜日はね。あと、わたしたち両方とも制服も着ていないし。ラミザさんは見つかると怒られちゃうかも」


「じゃあ見つからないようにしないとね」


 じゃあ帰ろう、という発想にはならないらしい。そこはさすがだ。ラミザは前進しか考えていない。


「じゃあどこ行く? 生徒会室?」


「そこは前に行ったことがあるから、リサが普段勉強している教室が見てみたいわ」


「それこそ、なにもないと思うけど」


 リサは笑った。だが、そんなものを見たいと言う、ラミザの要望は叶えてやろうと思った。


 新校舎西館を三階まで上がる。そこが三年生の教室のフロアだからだ。


「これが、日本の学校なのよね。面白い作りをしているわね」


 四ツ葉高校は由緒正しい学校建築ではない。ドラマのロケ地として「私立高校」のていで使われたりもするくらいの、お洒落な建物だ。


 昇降口はアーチ型のホールになっているし、二階の廊下がホールの上部を貫通しており、渡り廊下のようになっていて、そこから一階を見下ろすことができる。


 廊下の電球も蛍光灯ではなく、丸形の光るボールが天井から吊り下げられている。廊下の天井だって、延々といくつものアーチが続く凝りようだ。


「まー、この学校はちょっと特殊かな。建築家の卒業生が気合いを入れて設計をしたというものだそうだし」


 げんに、いま上っている階段も、普通の階段ではなく、螺旋階段だ。しかも、その壁に、採光のために円い窓がついている。


「あら、卒業生の結びつきの強い学校なのね。心強いわね」


「まだ在学生だと、そういう実感はないけどね。ところで、ラミザさんは学校に通ったりしたの?」


「オーリア帝国・首都デルンにある、帝立士官学校を卒業したわ」


 それもそうかと、リサは思う。ラミザは軍人としてエリートだ。しかも、若くして参謀部に所属する、知のエリートだ。


「士官学校じゃ人気あったんじゃない? ラミザさん、頭も良いし、運動もできるし。とても綺麗だし。きっと男子もほっとかなかったんじゃない?」


 リサのそんな質問に対しては、数秒のタイムラグがあった。ややあって、ラミザは答える。


「……みんな、この肌の色をよく思っていなかったから」


「あ……。ごめんなさい」


 リサはすっかり忘れていた。ラミザの褐色の肌は、敵国イルオール連邦の人種の肌の色と同じなのだ。参謀部にいるのは皇帝が取り立てたからだと、以前、言っていたではないか


「いえ、いいの。みんながわたしを避けていた理由は、肌の色や頬の傷だけではないもの」

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